リビングに入ると、まず目についたのは色鮮やかな食事が並んだテーブル。サラダやスープ、種類豊富なサンドイッチは、どれも美味しそう。こんな素敵な料理を見て食欲が湧かないわけない。
 でも食べて大丈夫だろうか。どこか分からない場所で出された料理……いや、残す方が申し訳ないし、死んだら死んだでいいか。
 どうやら頭が考えることをやめてしまうほど、お腹が空いていたらしい。

 「いただきます」

 私は近くにあった、たまごサンドを手に取った。

 「ん、美味しい」

  ふわふわの卵焼きは甘めで好きな味つけ。シャキシャキのレタスは新鮮なものだとすぐに分かった。

 「それはよかった」

 向かい側に座る男性は優しい笑みを浮かべていた。

 「これ、全部あなたが作ったんですか?」

 「あぁ。こう見えてこいつは料理が上手いからな」

 「あなたに聞いてません」

 彼の隣に座っていた誘拐犯が自慢気に話す。
 この二人はどういう関係なんだろう。そもそもここは何なのか。本当に私は帰れるのか。聞きたいことはいくらでもある。

 「病み上がりに重たいものを食べると胃に負担がかかるからな」

 「どうして私が病み上がりだと?」

 「それはここへ運ぶ前から知っていた。前日に体調を崩していただろ?」

 またしても誘拐犯が答える。
 なぜそんなことを知っているのだろう。そもそも一緒に暮らしているわけでもないのに把握されている、怖い。普通に怖い。

 「なんで知ってるんですか。ストーカー?」

 考えていることを思わず口に出してしまった。

 「おいおい、こいつとの扱いの差が違い過ぎやしないか?ちなみにお前の誕生日も通っていた学校も、好きなものも、その他諸々知っている」

 怖い怖い怖い怖い……。急に寒気がしてきた。
 俯いた視線が泳ぐ。

 その様子を見ていた彼が、誘拐犯の頭をコツンと叩いた。

 「クラネス、そこまでにしとけ。お嬢さんの体調が良くないから優しいものを作ってくれって、こいつに頼まれたんだよ」

 待って、今聞き覚えのない単語が聞こえた。

 「名前……」

 私は誘拐犯に訊ねた。
 すると彼は食事の手を止めてこちらを見た。

 「自己紹介がまだだったな。俺はクラネス・レインだ」

 「俺はシュベルト・ガイド。よろしくな」

 クラネス……シュベルト……日本では聞かない名だ。
 日本人離れの顔立ちで、着ている服も見かけたことがないもの。

 「え、外国の方?」

 「先程説明しただろう。この世界は、灯のいた世界と違うんだ。名前だって違うに決まっているだろ」

 シュベルトさんも同じことを言っていたから嘘ではないと思うけれど、にわかには信じ難い。


 「あ、もしかしてあの有名な異世界転生ってやつですか?」

 つまり私は死……。

 「異世界ではあるが、転生はしていない。灯は死んでいないからな」

 一瞬よからぬことが脳裏を(よぎ)った。
 
 要するに私は、鏡を通ってこの世界に来たということだろうか。
 自分で歩いた記憶はないから、このクラネスという人が運んできたとしか考えられない。

 「というか、何さっきから名前で呼んでるんですか。気持ち悪いです」

 「ここへ連れてきた理由を話すから、そんな冷たい目で俺を見るのはやめてくれないか?」

 正直それは内容によるけれど、とりあえず頷いた。