「俺決めたわ! 次、()()()()と会ったら、コクる!」

 じめじめとした梅雨を吹き飛ばすような爽やかな声で、米原は宣言する。
 非喫煙者の俺をわざわざ喫煙ブースに連行してまで何を言い出すのかと思いきや、さすがにそれは横着が過ぎる。
 それにしてもナンだ、この初々しさは……。
 大凡、間もなくアラサーに差し掛かる中堅社員が纏うオーラとは思えない。
 某紳士服量販店、フレッシャーズキャンペーンのイメージキャラクターの座でも狙っているのだろうか。
 などと目の前のお目出度い男に辟易しつつも、『まぁ言うて米原だし……』と、一端の理解者ヅラで彼の決意を適当に聞き流す。

「いや……。さすがに早すぎねぇか?」

 俺は、等身大の率直な感想を米原に述べる。
 コイツの性質を理解しているとは言え、さすがにここまでの急展開は予想していなかった。
 先日のお茶会で、一体どれほどの手応えを感じたというのか。
 いや、まぁ……。
 確かにチョットだけ格好良かったよ?
 だが、決め手が分からない。
 やはりその辺り、コイツとの住む世界の違いを実感する。

「こういうのは早いに越したことはないっしょ! いいか、羽島。鉄は熱い内に打て、だ!」
 
 いや、熱いのはアンタだけだ。
 米原は、ともすれば殺意が湧き起こりかねない不快なドヤ顔で、偉そうに講釈を垂れてくるが、はっきり言って呆れよりも驚愕が勝る。
 豊橋さんのどこをどう見て、()()()()()()()と判断したのだろうか。
 これは恋愛経験の少ない中学生が陥りがちな、いわゆる『この娘、俺のこと好きなんじゃね? と勘違いした挙げ句、後々イケメンの先輩の彼氏の存在が発覚して2日寝込む症候群』とは、少し違う気がする。
 米原はそういったタイプではないし、シンプルに頭が幸せなだけだろう。

「ん? 羽島? どうしたん?」

 米原の態度に言葉を失っていると、俺の顔を覗き込むように呼びかけて来る。

「……いや、スマン! なんつうか、スゲェよ。お前」
「だろ? お前も少しは見習え!」

 俺の言葉の意図を100%理解していない米原は、更にそのドヤ顔度合いを高める。
 確かにこの男を見習えば、幸せにはなれそうだ。

「そうだな……。そうするかな」
「おぉ! 羽島さん、珍しく素直じゃねぇか!」
「まぁな。時には流された方が物事うまく行くんだよ、世の中ってモンは」

 俺は米原の皮肉に精一杯すっとぼけて応える。
 すると突如、米原の顔つきは神妙になり、それに合わせ声のトーンも落としてくる。

「だよな……。その、何かごめんな」
「はぁ? 何がだよ?」
「いやっ! やっぱりお前、まだ後悔してるんだなって思ってさ……」

 米原の話に胸の内がざわつく。
 決して、()()()()()が欲しくて言ったわけではない。
 だが、米原の中で要らぬ忖度が働いたようだ。

「掛川さんがさ……、頼ってくれたんだよ。こんな俺に。だから絶対何とかしてあげたいし、掛川さんが()()()みたいになっちまったら、俺たぶんスゲェ後悔する気がするんだよ。だからさ……」

「……もういいだろっ! 昼休み終わるぞ。早く出ろよ」

 八つ当たりと分かりつつも、思わず声を荒げてしまう。

「わ、悪いっ! 羽島っ! そんなつもりじゃなかったんだっ!」

「……米原。お前が俺を気にかけてくれていることは知っている。だが、頼む。もういい加減忘れさせてくれ」

「…………」

 米原は何も応えず、喫煙ブースの出口へ向けて足を進めた。
 すると、俺の前で立ち止まり、ボソリと言葉を漏らす。

「お前は否定するかもしれないけどさ……、別に羽島が悪いわけじゃないだろ? 自分を守るためなのか、自分を攻めるためなのか分からないけどさ。どっちにしても欺瞞だろ? そんなの」

 それだけ言うと、米原はそそくさと喫煙ブースを後にした。