「えっ!? いきなりですか!?」
「そうだ。こういうのは勢いがある内にいった方がいい。鉄は熱いうちに打て、だ」
話は昨日に遡る。
米原と豊橋さんがひと悶着終えた直後だ。
俺と豊橋さんは、駅前のカフェで今後の方針について話し合った。
米原のあの様子を見る限り、豊橋さんに対しての警戒心はだいぶ緩和されたと言っていい。
というより、もはやゼロだろう。
何なら向こうから誘ってきた上で、そのまま賃料3万5000円の小汚い安アパートにテイクアウトされそうな勢いだ。
そうなってしまえば、俺の中に僅かながらに生まれてしまった豊橋さんへの親心のようなものが疼き、ヤツのヘラヘラとしたあの不快な顔面に一、二発お見舞いしかねない。
無益な刑事事件など、起こすべきではない。
だが、しかし。
だからこそ、今この時を逃す手はない。
豊橋さんが米原に向けて放った特別感が冷めやらぬ内に、今夜の電話で文字通りデートの約束を取り付けるべきである。
場所は……、無論ショールームではない。
「でも、緊張します。男の人と二人きりなんて」
確かに自他ともに認める超人見知りの彼女が、出会って間もない男性と二人きりで出掛けるなど酷な話かもしれない。
つーか、俺は男にカウントされてないんですかねぇ。
「まぁ、良くも悪くも女慣れはしてる奴だから、そこら辺は向こうに任せて平気だと思うぞ」
俺はそうフォローするが、彼女の表情はなおも不安の色に覆われている。
……それはそれとして、一つ根本的に気になる問題がある。
「……なぁ。こんなこと聞いていいのか分からんけど、話の流れだからな。豊橋さん、あんた恋愛経験ってあんのか?」
「っ!?」
はい。大方予想通りです。
しかし、こちらも決して他人のことを言えた立場ではない。
「すまん……。余計なこと聞いちまって」
「いえ……。お気になさらず」
「……まぁ、兎に角だ。そんな過剰に心配しなくていい。俺の好きな映画にこんな作品がある。アクション映画なんだが、主人公がゲーセンで働いてるフリーターで、でも実は元凄腕のエージェントで、って話なんだが……」
「は、はい」
俺の与太話が始まると、彼女は姿勢を整え、真っ直ぐな視線で見つめて来る。
こういった反応は年配者として嬉しいと思う反面、不要不急の先輩風を吹かせてしまったことに対して、一抹の罪悪感が生まれてしまう。
「……まぁ詳しい内容は興味があったら観てくれ。で、その中でこんな一幕がある。主人公とその元部下が敵の組織に乗り込むシーンなんだが、途中でその元部下が恐怖で尻込みするんだよ。その時、主人公がそいつを奮い立たせるために言うんだ」
「何と……、言ったのでしょう?」
「『人生は小さなバンジージャンプの積み重ねだ。地上1mからスタートして、2m、3mと続けていけば、いつの間にかクリアした高さの恐怖心の記憶なんて失くしちまっている。人生なんてそんなモンだ』ってな」
初めてこのセリフを聞いた時は、B級映画の決め文句もここまでチープだと逆に見事だとしか思えなかった。
だが、まさかこうして自分自身が誰かに向けて送り付けるとは、人生は分からないものだ。
改めて自分自身の引き出しの少なさ、浅はかさに幻滅し、自然と顔が熱くなる。
俺はそんな形容し難い居心地の悪さを誤魔化すため、咳払いを交えながら彼女に向けて言葉を放つ。
「高そうに見える壁でも越えて見りゃ大したことねぇってことなんだろうよ。俺自身はあんま好きな言葉じゃねぇが、一般論として送っておくよ」
「は、はいっ! あの……、勇気付けてくれてありがとうございます!」
「…………」
我ながら勝手な男だ。
自分自身では一切しっくりと来ていない言葉を、一般論などとして相手に押し付けるなど無責任極まりない。
今更ながらこんな身勝手な男のエゴに、これ以上彼女を付き合わせていいものだろうか。
「でも……、具体的にどうやって誘い出せば良いんでしょうか?」
「文脈は何でもいい。アイツの趣味とか適当に聞いて、その流れで『あなたのことをもっと知りたい』だとか言っときゃ、向こうはホイホイ乗って来るはずだ。……まぁ要するに、俺を嵌めようとしたあのレベルのやりとりで十分だ。断言してもいい。アイツは、チョロい!」
「は、はいっ! 不安ですけど、何とか頑張ります!」
「あぁ。間違っても、会社のショールームに来いだとか口走るなよ」
初回に米原を選んだのは、やはり正解かもしれない。
人の悪意を知るというのはもちろんだが、そもそも彼女はこういった人間の奥底にある邪な部分に嫌と言うほど触れてしまったせいで、人付き合いそのものに疲れ切ってしまっているフシがある。
人間関係のリハビリも兼ねてと思えば、米原はうってつけの相手と言えるだろう。
「そうだ。こういうのは勢いがある内にいった方がいい。鉄は熱いうちに打て、だ」
話は昨日に遡る。
米原と豊橋さんがひと悶着終えた直後だ。
俺と豊橋さんは、駅前のカフェで今後の方針について話し合った。
米原のあの様子を見る限り、豊橋さんに対しての警戒心はだいぶ緩和されたと言っていい。
というより、もはやゼロだろう。
何なら向こうから誘ってきた上で、そのまま賃料3万5000円の小汚い安アパートにテイクアウトされそうな勢いだ。
そうなってしまえば、俺の中に僅かながらに生まれてしまった豊橋さんへの親心のようなものが疼き、ヤツのヘラヘラとしたあの不快な顔面に一、二発お見舞いしかねない。
無益な刑事事件など、起こすべきではない。
だが、しかし。
だからこそ、今この時を逃す手はない。
豊橋さんが米原に向けて放った特別感が冷めやらぬ内に、今夜の電話で文字通りデートの約束を取り付けるべきである。
場所は……、無論ショールームではない。
「でも、緊張します。男の人と二人きりなんて」
確かに自他ともに認める超人見知りの彼女が、出会って間もない男性と二人きりで出掛けるなど酷な話かもしれない。
つーか、俺は男にカウントされてないんですかねぇ。
「まぁ、良くも悪くも女慣れはしてる奴だから、そこら辺は向こうに任せて平気だと思うぞ」
俺はそうフォローするが、彼女の表情はなおも不安の色に覆われている。
……それはそれとして、一つ根本的に気になる問題がある。
「……なぁ。こんなこと聞いていいのか分からんけど、話の流れだからな。豊橋さん、あんた恋愛経験ってあんのか?」
「っ!?」
はい。大方予想通りです。
しかし、こちらも決して他人のことを言えた立場ではない。
「すまん……。余計なこと聞いちまって」
「いえ……。お気になさらず」
「……まぁ、兎に角だ。そんな過剰に心配しなくていい。俺の好きな映画にこんな作品がある。アクション映画なんだが、主人公がゲーセンで働いてるフリーターで、でも実は元凄腕のエージェントで、って話なんだが……」
「は、はい」
俺の与太話が始まると、彼女は姿勢を整え、真っ直ぐな視線で見つめて来る。
こういった反応は年配者として嬉しいと思う反面、不要不急の先輩風を吹かせてしまったことに対して、一抹の罪悪感が生まれてしまう。
「……まぁ詳しい内容は興味があったら観てくれ。で、その中でこんな一幕がある。主人公とその元部下が敵の組織に乗り込むシーンなんだが、途中でその元部下が恐怖で尻込みするんだよ。その時、主人公がそいつを奮い立たせるために言うんだ」
「何と……、言ったのでしょう?」
「『人生は小さなバンジージャンプの積み重ねだ。地上1mからスタートして、2m、3mと続けていけば、いつの間にかクリアした高さの恐怖心の記憶なんて失くしちまっている。人生なんてそんなモンだ』ってな」
初めてこのセリフを聞いた時は、B級映画の決め文句もここまでチープだと逆に見事だとしか思えなかった。
だが、まさかこうして自分自身が誰かに向けて送り付けるとは、人生は分からないものだ。
改めて自分自身の引き出しの少なさ、浅はかさに幻滅し、自然と顔が熱くなる。
俺はそんな形容し難い居心地の悪さを誤魔化すため、咳払いを交えながら彼女に向けて言葉を放つ。
「高そうに見える壁でも越えて見りゃ大したことねぇってことなんだろうよ。俺自身はあんま好きな言葉じゃねぇが、一般論として送っておくよ」
「は、はいっ! あの……、勇気付けてくれてありがとうございます!」
「…………」
我ながら勝手な男だ。
自分自身では一切しっくりと来ていない言葉を、一般論などとして相手に押し付けるなど無責任極まりない。
今更ながらこんな身勝手な男のエゴに、これ以上彼女を付き合わせていいものだろうか。
「でも……、具体的にどうやって誘い出せば良いんでしょうか?」
「文脈は何でもいい。アイツの趣味とか適当に聞いて、その流れで『あなたのことをもっと知りたい』だとか言っときゃ、向こうはホイホイ乗って来るはずだ。……まぁ要するに、俺を嵌めようとしたあのレベルのやりとりで十分だ。断言してもいい。アイツは、チョロい!」
「は、はいっ! 不安ですけど、何とか頑張ります!」
「あぁ。間違っても、会社のショールームに来いだとか口走るなよ」
初回に米原を選んだのは、やはり正解かもしれない。
人の悪意を知るというのはもちろんだが、そもそも彼女はこういった人間の奥底にある邪な部分に嫌と言うほど触れてしまったせいで、人付き合いそのものに疲れ切ってしまっているフシがある。
人間関係のリハビリも兼ねてと思えば、米原はうってつけの相手と言えるだろう。