「クソッ! やっぱりそういうことかよっ!」
男たちを追いかけ、辿り着いた場所を見るなり、ひと目も憚らず声をあげてしまう。
ここへ来るまでに例の国際会議場を通ったこともあり、確信に近いものを感じてしまった。
内心勘付いていたとは言え、いざこうして良いように振り回されたと思うと、謎の口惜しさに見舞われる。
「ちょっと。羽島、くん……。勝手に、行か、ないでよ……」
三原さんは、ゼェゼェと息を吐きながら俺に追いつき、恨み言を溢してくる。
当然だ。
これだけ運動に不向きな格好で、意図せずマラソン大会に巻き込まれたのだから。
「あっ……。すんません……。三原さんたちのことすっかり忘れてました」
「忘れないでよっ! でも……、何かコレ、懐かしいね。合宿思い出さない? こんな時になんだけどさ」
三原さんはクスリと笑いながら、聞いてくる。
合宿、か。
確かにそんなこともあった。
あの時も俺やアイツの暴走で、三原さんを走らせるハメになった。
それが今ではこうして俺が嵌めれられる側に回っているのだから、世の中分からないものだ。
こうしてシナリオは繰り返されていくのだろうか。
「そっすね……。あん時はイロイロすんませんでした」
「ううん。今思えば、アレも良い思い出だよ。だから気にしないで。……でもお巡りさんたち、ホントにココに来たんだよね?」
三原さんは訝しげに、俺に質問してくる。
それもそのはずだ……。
「おいおい……。どうなってんだよ……。ココって、羽島たちが予定していた会場のホテルだろ?」
「ホントだ! 羽島くんの会場だ!」
「望ちゃん! どういうこと!?」
少し後からやってきた福山さんたちも、驚嘆する。
全ての事情を知っているであろう尾道だけが口元を抑えながら、必死に笑いを堪えている。
どうやら、あの警察官も豊橋さんが用意した駒だったようだ。
「コッチが聞きてぇよ……。まぁそうだな。俺もお前らも哀れな使い捨てエキストラってところだな」
「ふふ」
俺がそう言うと、尾道がクスリと笑う。
その表情はまたどこか嬉しそうだ。
「……なんだよ」
「べつに。またしょうもないこと言ってるなぁ、って思っただけ」
「随分と辛辣ですね、尾道さん」
「全部、羽島くんの自業自得でしょ? それに……。羽島くん、内心楽しんでる」
「っ!? そんなことねぇけど、よ……」
やはり彼女には敵わない。
あの厄介な女と長年渡り合ってきただけある。
「さ。早くケリつけて来なよ」
そう言うと尾道は、微笑を浮かべながら俺の背中を押してきた。
豊橋さんの掌の上でまんまと踊らされ、俺たちは当初予定していたホテルに辿り着いた。
そこは京都駅からやや離れた場所にある、いわゆる上流階級御用達の四つ星ホテルで、円形の外観が特徴的である。
三原さんからは、日本の建築史にその名を残した有名な巨匠が設計したホテルだ、という蛇足気味な豆知識を披露されたが、そう言われてみると先鋭的に見えなくもない。
正面口からエントランスホールに入ると、シンプルな造りでありながらラグジュアリーな空間が俺たちを出迎えた。
フロントの近くには数十人規模で収容できる広いラウンジが併設されており、この辺りは四つ星の称号に恥じないものだ。
こうして改めて見ると、場違い感を感じてしまう。
それも当然か。
こちらは、一泊数千円のビジネスホテルの朝食メニューで人生最大の幸福感を得ることができる庶民の中の庶民だ。
三島が一枚噛むと(恐らく)、これほどまでに世界が変わってしまうものなのか。
しかしホテルに着くなり、豊橋さんの方から何かアナウンスがあるかと思いきや何もない。
彼女が手配した不審者や警察官の姿は既になく、俺たちはぼつりとその場に残された形だ。
恐らくここまでくれば大方察するだろうと、高を括られているのだろうが。
とは言え、舞台は高級ホテルだ。
せめてこの広すぎる戦場のどこへ向かえばいいか、ヒントくらいは欲しかったものだが。
それでも、ない頭をフルに働かせ、ある程度の当たりをつけ、俺たちはホテル内のある場所に辿り着く。
「おっ! 来たな。おーいっ!」
俺たちの存在に気付くなり、見知った男がこちらに向かって手を振り、これでもかと存在をアピールしてくる。
ニタニタと不快な笑みを浮かべるヤツを見ていると、悔しさが助長される。
遺憾ながらも、俺たちは米原たちの元へ近づいた。
「三島ぁ! 賭けは俺の勝ちみたいだな」
「いや、まだ分からないよ。お得意の騙されたフリかもしれないし」
「いやいや、見てみろよ! コイツの顔っ! 絶対まだピンと来てねぇよ!」
俺の登場を待ち伏せていたかのように、米原と三島の内輪話が始まった。
「……バカ言え。こうしてココまで辿り着いただろうが」
俺の反応を見ながら、米原はガハハと楽しそうに笑う。
それを見ながら三島も、静かに微笑む。
俺たちがやってきたのは、ホテル内に併設されたチャペルだ。
まさに当初の予定通りで、ただ無駄に遠回りをさせられた感が否めない。
思えば、こういった場所へ来るのは久しぶりかもしれない。
会社の先輩の結婚式以来か?
もっとも、そういう機会でもなければ縁遠い場ではあるのだが。
3フロアにまたがる吹き抜けの空間。
螺旋階段から連なる長いバージンロード。
そこに天井からシャンデリアの光が神々しいまでに照りつけ、二人の門出を祝福するのだろう。
などと何処か遠い世界の話かの如く、呑気に感傷に浸っている時間はない。
「羽島さん、遅いっすよ」
「そうだぞー! お姉さん待ちくたびれたぞー!」
ふと会場を見渡すと、来賓席に太々しく陣取る安城と品川さんの姿があった。
安城に至っては既に変装を解き、礼服に身を包み、準備万端といったところか。
「お前らは……。ったく、どのクチが言うんだよ」
「どうよ! アタシたちの迫真の演技は?」
「まぁ言っても、相手は羽島さんですからね」
二人はまるで悪びれもせず、得意げに笑って見せる。
「あーあ! そうだったな。嘘を吐く時は二段構えが基本だったよな。つーか、もはや二段どころじゃねぇけどな」
俺の言葉に安城は含み笑いをし、品川さんは舌を出しウィンクをしてくる。
二人とも、何故かとても満足げであった。
「んで、貴重な休日にこんなところに呼び出した理由をだな……」
「あっ、ちょっと待って! その前に羽島くんに会わせたい人がいるから」
三島はそう言うと、スマホを取り出し何処かへ電話を掛け出した。
「もしもし。うん。うん。もう無事に着いたみたい。そっちは大丈夫かな? 分かった。待ってるね。じゃ」
三島は電話を切ると、俺に向かって優しく微笑んで見せる。
俺はこれから何を見せられるというのか。
男たちを追いかけ、辿り着いた場所を見るなり、ひと目も憚らず声をあげてしまう。
ここへ来るまでに例の国際会議場を通ったこともあり、確信に近いものを感じてしまった。
内心勘付いていたとは言え、いざこうして良いように振り回されたと思うと、謎の口惜しさに見舞われる。
「ちょっと。羽島、くん……。勝手に、行か、ないでよ……」
三原さんは、ゼェゼェと息を吐きながら俺に追いつき、恨み言を溢してくる。
当然だ。
これだけ運動に不向きな格好で、意図せずマラソン大会に巻き込まれたのだから。
「あっ……。すんません……。三原さんたちのことすっかり忘れてました」
「忘れないでよっ! でも……、何かコレ、懐かしいね。合宿思い出さない? こんな時になんだけどさ」
三原さんはクスリと笑いながら、聞いてくる。
合宿、か。
確かにそんなこともあった。
あの時も俺やアイツの暴走で、三原さんを走らせるハメになった。
それが今ではこうして俺が嵌めれられる側に回っているのだから、世の中分からないものだ。
こうしてシナリオは繰り返されていくのだろうか。
「そっすね……。あん時はイロイロすんませんでした」
「ううん。今思えば、アレも良い思い出だよ。だから気にしないで。……でもお巡りさんたち、ホントにココに来たんだよね?」
三原さんは訝しげに、俺に質問してくる。
それもそのはずだ……。
「おいおい……。どうなってんだよ……。ココって、羽島たちが予定していた会場のホテルだろ?」
「ホントだ! 羽島くんの会場だ!」
「望ちゃん! どういうこと!?」
少し後からやってきた福山さんたちも、驚嘆する。
全ての事情を知っているであろう尾道だけが口元を抑えながら、必死に笑いを堪えている。
どうやら、あの警察官も豊橋さんが用意した駒だったようだ。
「コッチが聞きてぇよ……。まぁそうだな。俺もお前らも哀れな使い捨てエキストラってところだな」
「ふふ」
俺がそう言うと、尾道がクスリと笑う。
その表情はまたどこか嬉しそうだ。
「……なんだよ」
「べつに。またしょうもないこと言ってるなぁ、って思っただけ」
「随分と辛辣ですね、尾道さん」
「全部、羽島くんの自業自得でしょ? それに……。羽島くん、内心楽しんでる」
「っ!? そんなことねぇけど、よ……」
やはり彼女には敵わない。
あの厄介な女と長年渡り合ってきただけある。
「さ。早くケリつけて来なよ」
そう言うと尾道は、微笑を浮かべながら俺の背中を押してきた。
豊橋さんの掌の上でまんまと踊らされ、俺たちは当初予定していたホテルに辿り着いた。
そこは京都駅からやや離れた場所にある、いわゆる上流階級御用達の四つ星ホテルで、円形の外観が特徴的である。
三原さんからは、日本の建築史にその名を残した有名な巨匠が設計したホテルだ、という蛇足気味な豆知識を披露されたが、そう言われてみると先鋭的に見えなくもない。
正面口からエントランスホールに入ると、シンプルな造りでありながらラグジュアリーな空間が俺たちを出迎えた。
フロントの近くには数十人規模で収容できる広いラウンジが併設されており、この辺りは四つ星の称号に恥じないものだ。
こうして改めて見ると、場違い感を感じてしまう。
それも当然か。
こちらは、一泊数千円のビジネスホテルの朝食メニューで人生最大の幸福感を得ることができる庶民の中の庶民だ。
三島が一枚噛むと(恐らく)、これほどまでに世界が変わってしまうものなのか。
しかしホテルに着くなり、豊橋さんの方から何かアナウンスがあるかと思いきや何もない。
彼女が手配した不審者や警察官の姿は既になく、俺たちはぼつりとその場に残された形だ。
恐らくここまでくれば大方察するだろうと、高を括られているのだろうが。
とは言え、舞台は高級ホテルだ。
せめてこの広すぎる戦場のどこへ向かえばいいか、ヒントくらいは欲しかったものだが。
それでも、ない頭をフルに働かせ、ある程度の当たりをつけ、俺たちはホテル内のある場所に辿り着く。
「おっ! 来たな。おーいっ!」
俺たちの存在に気付くなり、見知った男がこちらに向かって手を振り、これでもかと存在をアピールしてくる。
ニタニタと不快な笑みを浮かべるヤツを見ていると、悔しさが助長される。
遺憾ながらも、俺たちは米原たちの元へ近づいた。
「三島ぁ! 賭けは俺の勝ちみたいだな」
「いや、まだ分からないよ。お得意の騙されたフリかもしれないし」
「いやいや、見てみろよ! コイツの顔っ! 絶対まだピンと来てねぇよ!」
俺の登場を待ち伏せていたかのように、米原と三島の内輪話が始まった。
「……バカ言え。こうしてココまで辿り着いただろうが」
俺の反応を見ながら、米原はガハハと楽しそうに笑う。
それを見ながら三島も、静かに微笑む。
俺たちがやってきたのは、ホテル内に併設されたチャペルだ。
まさに当初の予定通りで、ただ無駄に遠回りをさせられた感が否めない。
思えば、こういった場所へ来るのは久しぶりかもしれない。
会社の先輩の結婚式以来か?
もっとも、そういう機会でもなければ縁遠い場ではあるのだが。
3フロアにまたがる吹き抜けの空間。
螺旋階段から連なる長いバージンロード。
そこに天井からシャンデリアの光が神々しいまでに照りつけ、二人の門出を祝福するのだろう。
などと何処か遠い世界の話かの如く、呑気に感傷に浸っている時間はない。
「羽島さん、遅いっすよ」
「そうだぞー! お姉さん待ちくたびれたぞー!」
ふと会場を見渡すと、来賓席に太々しく陣取る安城と品川さんの姿があった。
安城に至っては既に変装を解き、礼服に身を包み、準備万端といったところか。
「お前らは……。ったく、どのクチが言うんだよ」
「どうよ! アタシたちの迫真の演技は?」
「まぁ言っても、相手は羽島さんですからね」
二人はまるで悪びれもせず、得意げに笑って見せる。
「あーあ! そうだったな。嘘を吐く時は二段構えが基本だったよな。つーか、もはや二段どころじゃねぇけどな」
俺の言葉に安城は含み笑いをし、品川さんは舌を出しウィンクをしてくる。
二人とも、何故かとても満足げであった。
「んで、貴重な休日にこんなところに呼び出した理由をだな……」
「あっ、ちょっと待って! その前に羽島くんに会わせたい人がいるから」
三島はそう言うと、スマホを取り出し何処かへ電話を掛け出した。
「もしもし。うん。うん。もう無事に着いたみたい。そっちは大丈夫かな? 分かった。待ってるね。じゃ」
三島は電話を切ると、俺に向かって優しく微笑んで見せる。
俺はこれから何を見せられるというのか。