「あ、ああの、ア、ア、ア、アンケートお、お、お願いしますっ!」
よしよし。いい調子だ。
俺の時と一言一句違わぬフレーズで、いい感じに挙動不審さを演出している。
並みの男であれば、彼女を放置しておくことなど出来まい。
そんなことを思いながら、駅前のロータリーに設置してある郵便ポストの裏に隠れ、彼女を見守る俺の姿はまさしく挙動不審そのものだろう。
仕事?
ひ、昼休みに決まってんだろ!
「ちょっ! 落ち着いて! アンケート? いいよ、協力するから!」
さすがだ、米原。
俺が見込んだだけある。
このまま順調に彼女の罠に嵌っていってくれ。
米原はアンケートに目を落とし、回答を始めた。
順当に回答用紙に記入をしていくが、ある時点を境に米原の様子は変わる。
「ん? ちょっ! これ、デート商法っしょ!?」
米原は、回答用紙とともにバインダーに挟まれていた会社パンフレットをブラブラと見せつけながら、してやったりといった表情で豊橋さんに問いかける。
無理もない。
昨日の今日で、タイムリーにもほどがある。
さすがの米原でも、それくらいは看破できるだろう。
だが、甘い。
甘いぞ、米原。
俺と豊橋さんが、お前のために用意してやったラブストーリー(笑)はここからが本番だ。
「……は、はい。申し訳ありませんでした」
「えっ! 随分あっさり認めちゃうんだね……」
ペコリと深々と頭を下げた豊橋さんに対して、米原は困惑した様子だ。
これでいい。
俺と彼女が電話でしたやりとりを、今この場で済ませてしまうことで米原の警戒心を一気に解く。
これこそが俺たちの狙いだ。
「わ、私ホントに昔からこういうことニガテで……。今まで誰にも相手にされなかったんです」
「そ、そうか。そりゃ大変だったね」
「はい。あなたが優しそうな人なので、つい白状してしまいました……」
「え!? それって……」
さぁどうだ、米原。
分からねぇだろ?
ぶっちゃけ、今の豊橋さんの発言は傍から聞いていても相当ワザとらしい。
だが、なまじ彼女の正体を見抜いてしまったばかりに、米原は却って疑心暗鬼になっているはずだ。
これは彼女の本音なのか。
はたまた、ヘタクソ風のリップサービスなのか。
初対面の相手を騙す時は、二段構えで臨むべし。
まずは相手に〝看破した〟という実績を与え、自分は嘘を吐けない人間だという印象を植え付ける必要がある。
……あれ?
俺、やっぱり騙されてる?
「い、いえっ! ごめんなさい。急に変なこと言っちゃって……」
「いいよいいよ! 気にしてない。今はネットで色々情報分かっちゃうから警戒されるよね」
その通りだ、米原。
だがな。情報は常にアップデートされていくものだ。
デート商法とて例外ではない。
「そうなんですよ……。やっぱり悪いことしてるなって自覚もあるんです。でもでも! その一方でこんな自分が他の仕事をしたところで上手くいくはずがないとも思ったりで……。出会ったばかりのあなたにこんなことを聞くのは大変恐縮ですが。私、どうしたら良いでしょう?」
「えっ!? どうしたらって言われても……」
これは紛れもなく彼女自身の本音だ。
言葉の一つ一つに魂がこもっており、米原としても疑う余地はないだろう。
兎にも角にも、ここまでは彼女のペースだ。
考える暇を与えず相談を持ち掛けることで、さりげなく相手を嵌めようとした事実を煙に巻くことがポイントである。
案の定、米原は応えに窮している。
米原であれば、十分に通用する作戦だと信じていた。
「うーん……。でも、あんまり勝手なことは言えないしなぁ」
「か、構いませんっ! 率直な意見を伺いたいです!」
「そうだなあ……」
米原は少し考えた後、ゆっくり口を開く。
「うん! 辞めちまえ!」
「へっ」
米原のあまりにもあっけらかんとした物言いに、豊橋さんは今日一番の間の抜けた声を出す。
「だってさ、ぶっちゃけスゲェ辛くね? ノルマだってあるんしょ?」
「は、はい。一応……」
「でしょ! それにさ……、仕事に罪悪感を感じちゃうの、結構キツくね?」
なるほど。
そういう観点から攻めてくるか。
「えっ? それはどういう……」
「俺さ。初めて先輩から営業先引き継いだ時、お客さんに言われたんよ。『先輩を超えられるように頑張ってね。ウチはあの人が居なかったら、結構マズイことになってたから』って」
「そ、そうですか……」
「ぶっちゃけ入社した時は、求人広告のルート営業なんてどんだけ社会的に意味があるんだろ、なんて馬鹿にしてたんだよ。でも、そん時思ったんだ。世の中っていろんなものが複雑にリンクしてて、知らない内に誰かを救ってたり、逆に救われてたりするんだなって」
「は、はぁ」
「だからさ。なんて言うんだろ? そういうのがなくて、ただただ誰かを傷つけているだけだって思うの、しんどくない? 何か、こう……、孤立してるっていうか、社会から切り離されてる気分っていうかさ」
米原。お前って奴は……。
俺は少しショックを受けてしまった。
この男がこれほどまでに崇高な仕事観を持っていたとは。
だが、すまん。
誠に残念で心苦しいのだがその話、この作戦においてあまり重要ではない。
米原の話に呆気にとられた豊橋さんは、言葉に詰まってしまう。
「あれ? 俺なんかヘンなこと言っちゃった?」
米原は豊橋さんの顔を覗き込み、心配そうに問いかける。
「い、いえっ! も、申し訳ありません。単純に社会人として勉強になるなーって思いまして!」
我に返った豊橋さんは、慌てて弁明する。
「す、すみません。緊張して喉がカラカラで……。水、飲んでもいいですか?」
「あぁ、うん。どうぞ」
よしよし。
本来、計画していた軌道に力技で戻したぞ。
ここからダメ押しの一手だ。
豊橋さんは鞄からペットボトルを取り出し、そのフタを緩める。
「ひゃっっっ!!!」
すると、突如豊橋さんの手元が狂い、ペットボトルが宙に放り出される。
「あっ!」
パシャンと軽快な音を奏でつつ、ペットボトルは地に落ちる。
中の水は当たりに飛び散り、初夏の程よく熱せられたコンクリートに紋様を描く。
その飛沫は、これから客先へ向かう米原にも容赦なく浴びせられた。
水浸しとなった米原の足元に気付くと、豊橋さんは勢いよく謝罪する。
「す、す、す、す、すすすすみませんっっっ!!!!」
計画通りだ。
彼女は絵に描いたようなドジっ娘を演じてくれた。
いや、あまりにナチュラルで普通にミスったのかと思うほどだぜ。
「えっ。あぁ……。大丈夫大丈夫、このくらい。キミの方は平気なん?」
「いやいやいやいやっ!!! 私のことなんて本っっっ当にどうっでもいいですから!!! 靴、お拭きします!!!」
彼女は鞄から真っ白いポケットタオルを取り出し、米原の足元に手を向ける。
「いや、良いって! 汚れちゃうよ」
「いえっ! 拭かせて下さい!」
豊橋さんがそう言いながら深々と頭を下げると、米原は一層困惑した様子を見せる。
すると、米原は何か閃いたとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあさ。こうしない? キミは罰として、俺に電話番号を教える。もちろん会社のじゃないぞ。キミのプライベートの番号、ね」
「は、はぁ……。そ、それでしたら私も教えて下さい! 後日、私から改めてお詫びのお電話をさせていただきます!」
「おけっ! じゃあ、これ。俺の番号ね。米原っていうから。またね!」
米原は彼女のスマートフォンに早々と自分の番号を入力すると、急ぎ足で改札へ向かっていった。
俺は笑いを堪えるのに必死だった。
米原よ。
まんまと俺の術中に嵌っちまったみたいだな!
お前は良くも悪くも、分かりやすいヤツだ。
電話番号を要求したのも、彼女が負い目を感じないよう米原なりに気を回したからに違いない。
もちろん、多少は私欲も含まれているのだろうが。
俺はお前のその行動を読み、自然に彼女に番号を教える流れを構築したのだ。
しかし、こうも台本通りに進んでくれると、自分に何か特別な才能があるのかと勘違いしてしまいそうになる。
「あのー。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
不意に誰かから声を掛けられ、興が醒める。
誰だ?
こんな良いところで邪魔をする無粋な奴は。
俺が隠れている郵便ポストの陰から、声のする方角へ顔を向けると、ガタイの良い警察官が俺を不審げな視線で見つめていた。
無論、この件については俺の計画に含まれていない。
よしよし。いい調子だ。
俺の時と一言一句違わぬフレーズで、いい感じに挙動不審さを演出している。
並みの男であれば、彼女を放置しておくことなど出来まい。
そんなことを思いながら、駅前のロータリーに設置してある郵便ポストの裏に隠れ、彼女を見守る俺の姿はまさしく挙動不審そのものだろう。
仕事?
ひ、昼休みに決まってんだろ!
「ちょっ! 落ち着いて! アンケート? いいよ、協力するから!」
さすがだ、米原。
俺が見込んだだけある。
このまま順調に彼女の罠に嵌っていってくれ。
米原はアンケートに目を落とし、回答を始めた。
順当に回答用紙に記入をしていくが、ある時点を境に米原の様子は変わる。
「ん? ちょっ! これ、デート商法っしょ!?」
米原は、回答用紙とともにバインダーに挟まれていた会社パンフレットをブラブラと見せつけながら、してやったりといった表情で豊橋さんに問いかける。
無理もない。
昨日の今日で、タイムリーにもほどがある。
さすがの米原でも、それくらいは看破できるだろう。
だが、甘い。
甘いぞ、米原。
俺と豊橋さんが、お前のために用意してやったラブストーリー(笑)はここからが本番だ。
「……は、はい。申し訳ありませんでした」
「えっ! 随分あっさり認めちゃうんだね……」
ペコリと深々と頭を下げた豊橋さんに対して、米原は困惑した様子だ。
これでいい。
俺と彼女が電話でしたやりとりを、今この場で済ませてしまうことで米原の警戒心を一気に解く。
これこそが俺たちの狙いだ。
「わ、私ホントに昔からこういうことニガテで……。今まで誰にも相手にされなかったんです」
「そ、そうか。そりゃ大変だったね」
「はい。あなたが優しそうな人なので、つい白状してしまいました……」
「え!? それって……」
さぁどうだ、米原。
分からねぇだろ?
ぶっちゃけ、今の豊橋さんの発言は傍から聞いていても相当ワザとらしい。
だが、なまじ彼女の正体を見抜いてしまったばかりに、米原は却って疑心暗鬼になっているはずだ。
これは彼女の本音なのか。
はたまた、ヘタクソ風のリップサービスなのか。
初対面の相手を騙す時は、二段構えで臨むべし。
まずは相手に〝看破した〟という実績を与え、自分は嘘を吐けない人間だという印象を植え付ける必要がある。
……あれ?
俺、やっぱり騙されてる?
「い、いえっ! ごめんなさい。急に変なこと言っちゃって……」
「いいよいいよ! 気にしてない。今はネットで色々情報分かっちゃうから警戒されるよね」
その通りだ、米原。
だがな。情報は常にアップデートされていくものだ。
デート商法とて例外ではない。
「そうなんですよ……。やっぱり悪いことしてるなって自覚もあるんです。でもでも! その一方でこんな自分が他の仕事をしたところで上手くいくはずがないとも思ったりで……。出会ったばかりのあなたにこんなことを聞くのは大変恐縮ですが。私、どうしたら良いでしょう?」
「えっ!? どうしたらって言われても……」
これは紛れもなく彼女自身の本音だ。
言葉の一つ一つに魂がこもっており、米原としても疑う余地はないだろう。
兎にも角にも、ここまでは彼女のペースだ。
考える暇を与えず相談を持ち掛けることで、さりげなく相手を嵌めようとした事実を煙に巻くことがポイントである。
案の定、米原は応えに窮している。
米原であれば、十分に通用する作戦だと信じていた。
「うーん……。でも、あんまり勝手なことは言えないしなぁ」
「か、構いませんっ! 率直な意見を伺いたいです!」
「そうだなあ……」
米原は少し考えた後、ゆっくり口を開く。
「うん! 辞めちまえ!」
「へっ」
米原のあまりにもあっけらかんとした物言いに、豊橋さんは今日一番の間の抜けた声を出す。
「だってさ、ぶっちゃけスゲェ辛くね? ノルマだってあるんしょ?」
「は、はい。一応……」
「でしょ! それにさ……、仕事に罪悪感を感じちゃうの、結構キツくね?」
なるほど。
そういう観点から攻めてくるか。
「えっ? それはどういう……」
「俺さ。初めて先輩から営業先引き継いだ時、お客さんに言われたんよ。『先輩を超えられるように頑張ってね。ウチはあの人が居なかったら、結構マズイことになってたから』って」
「そ、そうですか……」
「ぶっちゃけ入社した時は、求人広告のルート営業なんてどんだけ社会的に意味があるんだろ、なんて馬鹿にしてたんだよ。でも、そん時思ったんだ。世の中っていろんなものが複雑にリンクしてて、知らない内に誰かを救ってたり、逆に救われてたりするんだなって」
「は、はぁ」
「だからさ。なんて言うんだろ? そういうのがなくて、ただただ誰かを傷つけているだけだって思うの、しんどくない? 何か、こう……、孤立してるっていうか、社会から切り離されてる気分っていうかさ」
米原。お前って奴は……。
俺は少しショックを受けてしまった。
この男がこれほどまでに崇高な仕事観を持っていたとは。
だが、すまん。
誠に残念で心苦しいのだがその話、この作戦においてあまり重要ではない。
米原の話に呆気にとられた豊橋さんは、言葉に詰まってしまう。
「あれ? 俺なんかヘンなこと言っちゃった?」
米原は豊橋さんの顔を覗き込み、心配そうに問いかける。
「い、いえっ! も、申し訳ありません。単純に社会人として勉強になるなーって思いまして!」
我に返った豊橋さんは、慌てて弁明する。
「す、すみません。緊張して喉がカラカラで……。水、飲んでもいいですか?」
「あぁ、うん。どうぞ」
よしよし。
本来、計画していた軌道に力技で戻したぞ。
ここからダメ押しの一手だ。
豊橋さんは鞄からペットボトルを取り出し、そのフタを緩める。
「ひゃっっっ!!!」
すると、突如豊橋さんの手元が狂い、ペットボトルが宙に放り出される。
「あっ!」
パシャンと軽快な音を奏でつつ、ペットボトルは地に落ちる。
中の水は当たりに飛び散り、初夏の程よく熱せられたコンクリートに紋様を描く。
その飛沫は、これから客先へ向かう米原にも容赦なく浴びせられた。
水浸しとなった米原の足元に気付くと、豊橋さんは勢いよく謝罪する。
「す、す、す、す、すすすすみませんっっっ!!!!」
計画通りだ。
彼女は絵に描いたようなドジっ娘を演じてくれた。
いや、あまりにナチュラルで普通にミスったのかと思うほどだぜ。
「えっ。あぁ……。大丈夫大丈夫、このくらい。キミの方は平気なん?」
「いやいやいやいやっ!!! 私のことなんて本っっっ当にどうっでもいいですから!!! 靴、お拭きします!!!」
彼女は鞄から真っ白いポケットタオルを取り出し、米原の足元に手を向ける。
「いや、良いって! 汚れちゃうよ」
「いえっ! 拭かせて下さい!」
豊橋さんがそう言いながら深々と頭を下げると、米原は一層困惑した様子を見せる。
すると、米原は何か閃いたとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあさ。こうしない? キミは罰として、俺に電話番号を教える。もちろん会社のじゃないぞ。キミのプライベートの番号、ね」
「は、はぁ……。そ、それでしたら私も教えて下さい! 後日、私から改めてお詫びのお電話をさせていただきます!」
「おけっ! じゃあ、これ。俺の番号ね。米原っていうから。またね!」
米原は彼女のスマートフォンに早々と自分の番号を入力すると、急ぎ足で改札へ向かっていった。
俺は笑いを堪えるのに必死だった。
米原よ。
まんまと俺の術中に嵌っちまったみたいだな!
お前は良くも悪くも、分かりやすいヤツだ。
電話番号を要求したのも、彼女が負い目を感じないよう米原なりに気を回したからに違いない。
もちろん、多少は私欲も含まれているのだろうが。
俺はお前のその行動を読み、自然に彼女に番号を教える流れを構築したのだ。
しかし、こうも台本通りに進んでくれると、自分に何か特別な才能があるのかと勘違いしてしまいそうになる。
「あのー。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
不意に誰かから声を掛けられ、興が醒める。
誰だ?
こんな良いところで邪魔をする無粋な奴は。
俺が隠れている郵便ポストの陰から、声のする方角へ顔を向けると、ガタイの良い警察官が俺を不審げな視線で見つめていた。
無論、この件については俺の計画に含まれていない。