「と、ととととととととにかく、おおおおおお落ち着けっ!!!」
「まず羽島くんが落ち着いてっ! スられたのはアタシだよ!?」
思わぬ展開に、むしろターゲットの俺の方が動揺を隠せていない。
しかし、彼女の言うように落ち着くべきだ。
こうしたイレギュラーこそ、人としての器が試されるのだ。
「……まぁとにかくだ。まずは警察に連絡だ。後は、銀行口座の凍結とクレジットカードと電子マネーの停止だな」
「う、うん……。なんか急に冷静になったね」
「『人を見たら泥棒と思え』が俺の座右の銘だからな。日々被害妄想を張り巡らせていれば、こういった時に慌てずに済む」
「そ、そっか。お姉さん、なんか悲しいコト聞いちゃった気がするよ……」
彼女は苦笑いを浮かべながら、俺を憐れむような視線で見つめてくる。
「……にしても、コレも織り込み済みじゃなかったのかよ。さっきは、わざとらしくこんな日にとか言ってたじゃねぇか」
「あーそれ? そりゃ特別な日に決まってんじゃん! 羽島くんがようやく昔の女から解放されて、千人斬りに向けて歩き出す記念すべき日なんじゃないの?」
「え? 俺、そんな修羅の道歩まされるの? だったら現状維持で良いんだけど。……つーか、そんなこと言ってる場合かよ!」
「そうだったそうだった! じゃあ羽島くんは警察に連絡お願いできる? アタシは光璃ちゃんたちに連絡してみるから! あ、あとカード会社にも電話しなきゃ!」
品川さんはそう言うと、あたふたと電話を掛け始めた。
グダグダ感は早くも最高潮だ。
むしろ、当初の見込みよりも緊急事態と言っていいだろうと思う。
本当に気が抜けない人だ。豊橋さんという人は。
「とりあえず光璃ちゃんには少し遅れるって言っておいた!」
「こっちもオーケーだ。もう少ししたら、事情聴取に来るらしい」
「そっか。ありがとう。じゃあアタシは残らなきゃね。羽島くんは……、どうしよっか?」
品川さんは呑気に笑いながら、俺の身の振り方を聞いてくる。
「いや、俺に聞かれてもな……」
「そ、そうだよね! うーん、参ったな。あはは……」
そりゃ参るだろう。
だが、こういったイレギュラーがあった以上、計画続行は難しい。
「……まぁ仮に続けるにしても、一緒に居た方が都合いいだろ。付き合うよ」
「ホント!? ありがとう! いやぁ、ぶっちゃけスゴイ心細かったんだよね。アタシこういう経験初めてだしさ」
俺の提案を待っていたかのように、彼女の顔色は急速に回復する。
「そうそうねぇよ、こんな特殊なシチュエーション」
「だよね! 全く。羽島くんと光璃ちゃんと出会ってからヘンなことばっかりだよ! あはは!」
「人のせいにすんじゃねぇっつーの。まぁ警察来るまで、大人しく待とうぜ」
『羽島くんと光璃ちゃんと出会ってから』か。
別に意図的したものでもなければ、誰かに頼んだわけでもない。
だがどういうわけだか、俺と豊橋さんの間にはワケの分からない化学反応式のようなものがあるらしい。
周りからすれば、はた迷惑な話だが、当の本人たちはどこかそんなところを含めて楽しんでしまっているのだから、質が悪いものである。
「そうだね。……あれ? 羽島くん。コレなんだろ?」
品川さんはその場にしゃがみ込み、構内の床に落ちているある小物を指差す。
「ん? それは小銭入れ、か?」
「だよね! もしかして犯人のヤツかな?」
「いや、まさかな。人のスっておいて、テメェの財布落とすとか間抜けにも程があんだろ」
「だよねだよね! 一応、駅員さんに届けた方が良いかな?」
「そうだな……」
そう言いながらも、内心引っ掛かる。
……いや、待て。
その財布どこかで見覚えが。
「分かった。じゃあ窓口に届けてくるね」
「ちょっと待てっ! なぁ品川さん。ホントにスリに遭う予定はなかったんだよな?」
「え? どういうこと?」
彼女はポカンと口を開けながら、聞き返してくる。
その様子から察するに、彼女の言葉に偽りはないのだろう。
だから恐らくコレは……。
「なるほど……。よく分かったよ。とりあえず財布については心配すんな。あと警察の件もキャンセルだ」
「えぇっっ!? ちょっと待って! 全ッ然、話についていけないんだけどっ!」
「品川さん。アンタもナメられたもんだな」
「だからどういうことっ!!??」
それから彼女に、俺の個人的見解を話した。
「えー!? ナニ!? じゃあアタシ騙されてたの?」
「あぁそういうことだ。先人の偉大な格言があるだろ? 『敵を騙すにはまず味方から』ってな」
俺は、財布についているキャラ物のキーホルダーから、男の正体は後輩の安城かもしれないこと。そして、品川さんが安城の登場を知らなかったことも、彼女の計画であることを告げた。
「そっかー。さすがっ! 経験者が語る言葉には含蓄がありますな〜」
品川さんは、腕を組みながら何故か満足そうに話す。
底抜けに明るい性格なのか、飽くまで他人事のつもりで適当に話しているだけか判断に困る。
「……まぁ敢えて財布を落としたのは、俺に気づかせて警察沙汰になるのを防ぐためだったんだろ。ただ分からんのは、何でこのタイミングでアイツか、なんだよな」
「アタシはもう分かんないかな。その、安城くん? のコト知らなかった時点で、アタシはもう用済みのお払い箱だよ。あーあ。びっくりした羽島くんの顔見たかったな〜」
などと、品川さんは別のベクトルで悔しそうな顔を浮かべる。
「……参考までに聞くが、これからどうなる予定だったんだ?」
「えー! それ聞いちゃう!? まだ一応続いてるんだよ?」
「もう当初の予定とは、違うんだからいいだろ」
「うーん。そういう問題かなー」
「あれ? 羽島くん、だよね?」
「そうだよ! 望ちゃん! 久しぶり!」
「羽島くん、また違う女の子?」
突如、聞き馴染みのある声が後方から聞こえた。
振り向くと、一人を除き、何やら懐かしいメンツが勢揃いしていた。
数年ぶりに見た徳山と岩国は、俺の記憶の中の姿とほとんど変わらない。
それでも敢えて言うならば、尾道と同じくやや大人びた印象になっている。
多かれ少なかれ社会人としての責任を背負えば、自然と顔つきもソレ相応になるということだろうか。
「お前ら……。どうしたんだよ、こんなところで」
「それはこっちのセリフだよ! 新郎なんだから早く行った方がいいんじゃないの?」
徳山は少し怒りながら、俺を諭してくる。
3人の様子を見るに、どうやら彼らも関係者のようだ。
正直、豊橋さんがここまで手を伸ばしてくるとは想像していなかった。
恐らく、三島や彼女の父親が暗躍しているのだろう。
いや……。それよりも今、徳山の口から不穏な言葉が聞こえたような。
「ちょっと待て! 色々整理したいことがある。まずお前らが京都へ来た理由は何だ?」
「え? 何って、羽島くんの結婚式だよ!」
キョトンとした顔で、徳山は応える。
徳山もあまり器用なタイプではない。
徳山のこの様子を見る限り、恐らく本当に俺の結婚式だと思い込んでいる。
岩国もきっと同じだ。
豊橋さんめ。一体、どういうつもりなんだ?
ふと尾道の方へ視線を移すと、何やら口元を手で覆いながらクスクスと笑っている。
「あのー、尾道さん? どうして笑っていらっしゃるんですかね?」
尾道は人差し指で涙を拭いながら、俺の問いに反応する。
「ううん、何でもない。そうだ! いい忘れてたけど、羽島くん。結婚おめでとう」
この小娘、100%知ってやがる……。
それこそ、結末まで余すところなく。
「そうだね。羽島くんおめでとう!」
「望ちゃん、おめでとう!」
尾道に呼応するように徳山と岩国も、何ら疑いを持つ様子もなく俺を祝ってくる。
世界一無駄な祝福とも知らずに。
「でも本当にビックリしたよ! 望ちゃん、今まで全然連絡くれなかったのに、イキナリ結婚なんて!」
「ホントだよ! さっき尾道さんから聞いたけど、浜松さんの法事には行ったんだって?」
「あ、あぁ。まあな」
「そっか! 僕と岩国くんは用事があって行けなかったから、羽島くんはどうしたのかなって思っててさ。でも良かったよ。羽島くんがちゃんと前に進んでるみたいで!」
「ホントホント! でもちょっとくらい教えてくれても良かったのに!」
そう言いながら、徳山と岩国は生暖かい目で俺を見つめてくる。
確かにそうだ。
考えてみれば、卒業以来コイツらとまともに連絡を取っていなかった。
如何に独りよがりを続けていたか、痛いほど実感してしまう。
「あー、その……、今まで悪かったな。ロクに連絡寄越さないで」
「そうだね。まぁソレに関しては許すつもりはないよ」
「えー。徳山さん、辛辣……」
俺の反応に徳山はフフッと嬉しそうに笑みを溢す。
「嘘だよ。羽島くんも色々考えてたんだろうし。たださ……。頼って欲しいとは言わないけど、僕たちの存在は忘れないで欲しいかな? ホラ。ただでさえ僕たちってあんまり目立つタイプじゃないから、不安になるんだよね。存在を認識されてるかどうか。羽島くんなら、何となく分かってくれるでしょ?」
「そうそう! ボクなんか、いつもキワモノとしか認識されてないんだから!」
徳山と岩国らしい言い方で、俺を咎める。
ならば、俺もソレに沿った言い回しで応えるのが、礼儀というものだろう。
「別に忘れてたわけじゃねぇよ。ただ、ナニ? 脚本家たるもの作品が出来上がるまでは、ネタバレ厳禁だからな。あーあ! 孤独な職業だよな、全く」
俺がそう言うと、徳山と岩国は顔を見合わせる。
そして笑いながら、こう宣う。
「良かった! 安心したよ。うん! 羽島くん、ちゃんと捻くれてる!」
「そうだね! これこそ望ちゃんの真髄って感じだね!」
「お前ら……。ったく、好き勝手言いやがって」
俺自身も彼らにつられるように笑みが溢れ出る。
すると、品川さんが俺の右腕を引っ張り、耳打ちをしてくる。
すっかり彼女の存在を忘れたまま、話し込んでしまった。
「ちょっと! アタシ全然ついてイケてないんだけど! この人たちは!? てか羽島くんの結婚式ってナニ!?」
「大学時代のサークル仲間だ。ソレについては俺が知りたいわ……」
品川さんと徳山たちの意思疎通が出来ていないということは、やはり別の目的があると考える方が自然だろう。
いやはや、とんだポンコツ展開かと思っていたが、意外や意外。
これほどのカオスシナリオが待っていたとは。
「あれ? 羽島くん、また笑ってる?」
表情に出てしまっていたようだ。
品川さんに指摘され、顔が綻んでいることに気付く。
「っ!? いや! 何でもねーよ……」
「何か今日羽島くん楽しそうだよね! ていうか羽島くんって普通に笑えたんだ〜」
「それは陰キャが一番心にくるセリフだからな……。んじゃ一先ずは安城を」
「あれ? 羽島、だよな?」
「そうだ、羽島くんだ。久しぶり」
今日はやたらと懐かしい声が聞こえるものだ。
振り向くと、かつて世話になった人生の先輩二人が仲睦まじい様子で立っていた。
さて、豊橋さん。
アンタが仕組んだこのカオス、どう収拾をつけるつもりだ?
「まず羽島くんが落ち着いてっ! スられたのはアタシだよ!?」
思わぬ展開に、むしろターゲットの俺の方が動揺を隠せていない。
しかし、彼女の言うように落ち着くべきだ。
こうしたイレギュラーこそ、人としての器が試されるのだ。
「……まぁとにかくだ。まずは警察に連絡だ。後は、銀行口座の凍結とクレジットカードと電子マネーの停止だな」
「う、うん……。なんか急に冷静になったね」
「『人を見たら泥棒と思え』が俺の座右の銘だからな。日々被害妄想を張り巡らせていれば、こういった時に慌てずに済む」
「そ、そっか。お姉さん、なんか悲しいコト聞いちゃった気がするよ……」
彼女は苦笑いを浮かべながら、俺を憐れむような視線で見つめてくる。
「……にしても、コレも織り込み済みじゃなかったのかよ。さっきは、わざとらしくこんな日にとか言ってたじゃねぇか」
「あーそれ? そりゃ特別な日に決まってんじゃん! 羽島くんがようやく昔の女から解放されて、千人斬りに向けて歩き出す記念すべき日なんじゃないの?」
「え? 俺、そんな修羅の道歩まされるの? だったら現状維持で良いんだけど。……つーか、そんなこと言ってる場合かよ!」
「そうだったそうだった! じゃあ羽島くんは警察に連絡お願いできる? アタシは光璃ちゃんたちに連絡してみるから! あ、あとカード会社にも電話しなきゃ!」
品川さんはそう言うと、あたふたと電話を掛け始めた。
グダグダ感は早くも最高潮だ。
むしろ、当初の見込みよりも緊急事態と言っていいだろうと思う。
本当に気が抜けない人だ。豊橋さんという人は。
「とりあえず光璃ちゃんには少し遅れるって言っておいた!」
「こっちもオーケーだ。もう少ししたら、事情聴取に来るらしい」
「そっか。ありがとう。じゃあアタシは残らなきゃね。羽島くんは……、どうしよっか?」
品川さんは呑気に笑いながら、俺の身の振り方を聞いてくる。
「いや、俺に聞かれてもな……」
「そ、そうだよね! うーん、参ったな。あはは……」
そりゃ参るだろう。
だが、こういったイレギュラーがあった以上、計画続行は難しい。
「……まぁ仮に続けるにしても、一緒に居た方が都合いいだろ。付き合うよ」
「ホント!? ありがとう! いやぁ、ぶっちゃけスゴイ心細かったんだよね。アタシこういう経験初めてだしさ」
俺の提案を待っていたかのように、彼女の顔色は急速に回復する。
「そうそうねぇよ、こんな特殊なシチュエーション」
「だよね! 全く。羽島くんと光璃ちゃんと出会ってからヘンなことばっかりだよ! あはは!」
「人のせいにすんじゃねぇっつーの。まぁ警察来るまで、大人しく待とうぜ」
『羽島くんと光璃ちゃんと出会ってから』か。
別に意図的したものでもなければ、誰かに頼んだわけでもない。
だがどういうわけだか、俺と豊橋さんの間にはワケの分からない化学反応式のようなものがあるらしい。
周りからすれば、はた迷惑な話だが、当の本人たちはどこかそんなところを含めて楽しんでしまっているのだから、質が悪いものである。
「そうだね。……あれ? 羽島くん。コレなんだろ?」
品川さんはその場にしゃがみ込み、構内の床に落ちているある小物を指差す。
「ん? それは小銭入れ、か?」
「だよね! もしかして犯人のヤツかな?」
「いや、まさかな。人のスっておいて、テメェの財布落とすとか間抜けにも程があんだろ」
「だよねだよね! 一応、駅員さんに届けた方が良いかな?」
「そうだな……」
そう言いながらも、内心引っ掛かる。
……いや、待て。
その財布どこかで見覚えが。
「分かった。じゃあ窓口に届けてくるね」
「ちょっと待てっ! なぁ品川さん。ホントにスリに遭う予定はなかったんだよな?」
「え? どういうこと?」
彼女はポカンと口を開けながら、聞き返してくる。
その様子から察するに、彼女の言葉に偽りはないのだろう。
だから恐らくコレは……。
「なるほど……。よく分かったよ。とりあえず財布については心配すんな。あと警察の件もキャンセルだ」
「えぇっっ!? ちょっと待って! 全ッ然、話についていけないんだけどっ!」
「品川さん。アンタもナメられたもんだな」
「だからどういうことっ!!??」
それから彼女に、俺の個人的見解を話した。
「えー!? ナニ!? じゃあアタシ騙されてたの?」
「あぁそういうことだ。先人の偉大な格言があるだろ? 『敵を騙すにはまず味方から』ってな」
俺は、財布についているキャラ物のキーホルダーから、男の正体は後輩の安城かもしれないこと。そして、品川さんが安城の登場を知らなかったことも、彼女の計画であることを告げた。
「そっかー。さすがっ! 経験者が語る言葉には含蓄がありますな〜」
品川さんは、腕を組みながら何故か満足そうに話す。
底抜けに明るい性格なのか、飽くまで他人事のつもりで適当に話しているだけか判断に困る。
「……まぁ敢えて財布を落としたのは、俺に気づかせて警察沙汰になるのを防ぐためだったんだろ。ただ分からんのは、何でこのタイミングでアイツか、なんだよな」
「アタシはもう分かんないかな。その、安城くん? のコト知らなかった時点で、アタシはもう用済みのお払い箱だよ。あーあ。びっくりした羽島くんの顔見たかったな〜」
などと、品川さんは別のベクトルで悔しそうな顔を浮かべる。
「……参考までに聞くが、これからどうなる予定だったんだ?」
「えー! それ聞いちゃう!? まだ一応続いてるんだよ?」
「もう当初の予定とは、違うんだからいいだろ」
「うーん。そういう問題かなー」
「あれ? 羽島くん、だよね?」
「そうだよ! 望ちゃん! 久しぶり!」
「羽島くん、また違う女の子?」
突如、聞き馴染みのある声が後方から聞こえた。
振り向くと、一人を除き、何やら懐かしいメンツが勢揃いしていた。
数年ぶりに見た徳山と岩国は、俺の記憶の中の姿とほとんど変わらない。
それでも敢えて言うならば、尾道と同じくやや大人びた印象になっている。
多かれ少なかれ社会人としての責任を背負えば、自然と顔つきもソレ相応になるということだろうか。
「お前ら……。どうしたんだよ、こんなところで」
「それはこっちのセリフだよ! 新郎なんだから早く行った方がいいんじゃないの?」
徳山は少し怒りながら、俺を諭してくる。
3人の様子を見るに、どうやら彼らも関係者のようだ。
正直、豊橋さんがここまで手を伸ばしてくるとは想像していなかった。
恐らく、三島や彼女の父親が暗躍しているのだろう。
いや……。それよりも今、徳山の口から不穏な言葉が聞こえたような。
「ちょっと待て! 色々整理したいことがある。まずお前らが京都へ来た理由は何だ?」
「え? 何って、羽島くんの結婚式だよ!」
キョトンとした顔で、徳山は応える。
徳山もあまり器用なタイプではない。
徳山のこの様子を見る限り、恐らく本当に俺の結婚式だと思い込んでいる。
岩国もきっと同じだ。
豊橋さんめ。一体、どういうつもりなんだ?
ふと尾道の方へ視線を移すと、何やら口元を手で覆いながらクスクスと笑っている。
「あのー、尾道さん? どうして笑っていらっしゃるんですかね?」
尾道は人差し指で涙を拭いながら、俺の問いに反応する。
「ううん、何でもない。そうだ! いい忘れてたけど、羽島くん。結婚おめでとう」
この小娘、100%知ってやがる……。
それこそ、結末まで余すところなく。
「そうだね。羽島くんおめでとう!」
「望ちゃん、おめでとう!」
尾道に呼応するように徳山と岩国も、何ら疑いを持つ様子もなく俺を祝ってくる。
世界一無駄な祝福とも知らずに。
「でも本当にビックリしたよ! 望ちゃん、今まで全然連絡くれなかったのに、イキナリ結婚なんて!」
「ホントだよ! さっき尾道さんから聞いたけど、浜松さんの法事には行ったんだって?」
「あ、あぁ。まあな」
「そっか! 僕と岩国くんは用事があって行けなかったから、羽島くんはどうしたのかなって思っててさ。でも良かったよ。羽島くんがちゃんと前に進んでるみたいで!」
「ホントホント! でもちょっとくらい教えてくれても良かったのに!」
そう言いながら、徳山と岩国は生暖かい目で俺を見つめてくる。
確かにそうだ。
考えてみれば、卒業以来コイツらとまともに連絡を取っていなかった。
如何に独りよがりを続けていたか、痛いほど実感してしまう。
「あー、その……、今まで悪かったな。ロクに連絡寄越さないで」
「そうだね。まぁソレに関しては許すつもりはないよ」
「えー。徳山さん、辛辣……」
俺の反応に徳山はフフッと嬉しそうに笑みを溢す。
「嘘だよ。羽島くんも色々考えてたんだろうし。たださ……。頼って欲しいとは言わないけど、僕たちの存在は忘れないで欲しいかな? ホラ。ただでさえ僕たちってあんまり目立つタイプじゃないから、不安になるんだよね。存在を認識されてるかどうか。羽島くんなら、何となく分かってくれるでしょ?」
「そうそう! ボクなんか、いつもキワモノとしか認識されてないんだから!」
徳山と岩国らしい言い方で、俺を咎める。
ならば、俺もソレに沿った言い回しで応えるのが、礼儀というものだろう。
「別に忘れてたわけじゃねぇよ。ただ、ナニ? 脚本家たるもの作品が出来上がるまでは、ネタバレ厳禁だからな。あーあ! 孤独な職業だよな、全く」
俺がそう言うと、徳山と岩国は顔を見合わせる。
そして笑いながら、こう宣う。
「良かった! 安心したよ。うん! 羽島くん、ちゃんと捻くれてる!」
「そうだね! これこそ望ちゃんの真髄って感じだね!」
「お前ら……。ったく、好き勝手言いやがって」
俺自身も彼らにつられるように笑みが溢れ出る。
すると、品川さんが俺の右腕を引っ張り、耳打ちをしてくる。
すっかり彼女の存在を忘れたまま、話し込んでしまった。
「ちょっと! アタシ全然ついてイケてないんだけど! この人たちは!? てか羽島くんの結婚式ってナニ!?」
「大学時代のサークル仲間だ。ソレについては俺が知りたいわ……」
品川さんと徳山たちの意思疎通が出来ていないということは、やはり別の目的があると考える方が自然だろう。
いやはや、とんだポンコツ展開かと思っていたが、意外や意外。
これほどのカオスシナリオが待っていたとは。
「あれ? 羽島くん、また笑ってる?」
表情に出てしまっていたようだ。
品川さんに指摘され、顔が綻んでいることに気付く。
「っ!? いや! 何でもねーよ……」
「何か今日羽島くん楽しそうだよね! ていうか羽島くんって普通に笑えたんだ〜」
「それは陰キャが一番心にくるセリフだからな……。んじゃ一先ずは安城を」
「あれ? 羽島、だよな?」
「そうだ、羽島くんだ。久しぶり」
今日はやたらと懐かしい声が聞こえるものだ。
振り向くと、かつて世話になった人生の先輩二人が仲睦まじい様子で立っていた。
さて、豊橋さん。
アンタが仕組んだこのカオス、どう収拾をつけるつもりだ?