「えーっと、ここで良いんだよな?」
豊橋さんから突如異例の結婚報告を受け、戸惑いを隠せないというのが率直な感想だ。
くれぐれも念を押しておくが、彼女の結婚にではない。
流石に彼女とて、コレに騙されるとは思っていないだろう。
彼女の等身大の嘘、と言ってしまえば矛盾も良いところだが、やはりソレ以外表現のしようがない。
彼女は既に自覚しているのだ。
人の心理学的見地から、自分の嘘が奇跡的に看破されにくい性質を持ち合わせていることに。
だからこそ彼女は巧みにソレを利用し、事実も織り交ぜつつ、こちらを揺さぶろうとしているのかもしれない。
そして、そんなこちらの疑念を更に深めるかの如く、彼女は一本のメールを寄越してきた。
『当日の朝は、7時に下りの新幹線の改札前です』と。
斬新にも程がある。
俺はこれからどこへ輸送されるというのか。
そしてまさかとは思うが、豊橋さんも一緒に行くのか?
謎は深まるばかりである。
しかし重ねて思うが、騙す気はあるのだろう。
いや。正確には騙す意志を貫く気は感じ取れる。
この形容し難い薄気味の悪さを思えば、彼女がそれに見合う下準備をしていることは想像に難くない。
それに、米原にも言われた。
最後までちゃんと騙されてやれ、と。
であれば、彼女が誠実である限り、俺は彼女に騙され続けるべきであるし、実際にそうするつもりだ。
「あっ! 羽島くーん! こっちこっちー!」
約束の時刻より10分程早く集合場所に着いてしまったが、既に見覚えのある先客が一人いた。
俺の姿を確認するなり、彼女は大声を出しながらブンブンと右手を振り、これでもかとその存在をアピールしてくる。
彼女の早朝とは思えないほどのバイタリティーに、自然と溜息が出てしまう。
とは言え、恨むべきは彼女ではなく、自身の低血圧なのだろう。
それにしても、ヘタに深読みせずに礼服で来て本当に良かった。
ボルドー系のドレスに黒のボレロという彼女の服装から察するに、やはり結婚式という線で行くことは確定らしい。
「品川さん、か。アンタも呼ばれたのか?」
「お! ちゃんと覚えてたね! 偉い偉い! 今日はヨロシクね!」
そう言うと、彼女はワシャワシャと俺の頭頂部をかき回すように撫でてくる。
彼女と会うのは先日の合コン以来だ。
俺自身、まさかこういった場で再会することになるとは思ってもいなかった。
まさに不意打ちと言っていいだろう。
俺は彼女の手を払い退けながら、本題へ移る。
「……んで、他には誰が来るんだ?」
「え? アタシと羽島くんだけだよ?」
なるほど……。
そういう方向から攻めてくるか。
というより、これは俺が人見知りということを知った上でのシンプルな精神攻撃だ。
面識があるとは言え、ほぼ初対面と言って差し支えない相手と数時間同じ空間で過ごすなど拷問でしかない。
「フッフッフッ! 羽島くん、ツイてるね。美女と二人きりだよ」
当の本人はそんな俺の心境など歯牙にもかけず、不敵な笑みを浮かべながら、幸運な俺を祝福してくる。
「あー、そりゃツイてるな。で、俺はどこに連れてかれんだ?」
「ちぇ。羽島くん、ノリ悪いなぁ。ていうか、聞いてないの!?」
「なーんも、聞いとらん!」
「そうだったんだ……。あの娘ったら。それくらいは言わなきゃだめでしょ」
彼女は愚痴を溢すように小声で漏らす。
どうやら、早くも雲行きが怪しいようだ。
「……んで、結局行き先はどこなんすかね?」
「えっとね。京都だよ」
やはりというか、なんと言うか。
彼女らしいかなりストレートな手口だ。
だが、油断は禁物だ。
露骨なアプローチだからこそ、どこかに仕掛けが隠れているかもしれない。
「そ、そうか。分かった」
「あれ? 羽島くん、今日は素直じゃん。もっと捻くれてる人かと思ったけど」
「俺の周りには、失礼なヤツしか寄って来ねぇのかよ……。まぁそうだな。なんつぅの……、今回俺はある意味、採点者でもあるからな。言ってみりゃ今はテスト中だ。答案用紙は全部読まねぇと、点数は分かんねぇだろ?」
俺の言葉に彼女はポカンと口を開けて黙り込む。
その後、思い出したかのように大声で笑い出す。
「アハハハハハッ! ヤッバ! マジで捻くれてるね、キミ! ホント最高だよ!」
品川さんは、俺の背中をバンバンと叩きながら、抱腹している。
重ねて思うが、やはり俺の周りには失礼な輩しか寄って来ないのだろうか。
「でもさ……。そういうとこ、やっぱ光璃ちゃんと似てるかも」
暫くして彼女も落ち着き、涙を拭いながら話す。
「あぁ。三島も言ってたけど、そうらしいな。イタズラ好きの問題児だったんだっけ?」
「そうそう! この前も打ち合わせしてる時にさ!」
「おいっ!」
俺が目でそれとなく注意喚起すると、ようやく意味を理解したのか彼女は慌てて弁明に走る。
「あ……、そうだそうだ! アタシったら何やってんだろ。メンゴメンゴ! でも正直今更だよねぇ〜、アハハ!」
まるで悪びれる様子もなく、彼女は笑って誤魔化そうとする。
「うん! 今日アタシ頑張るからね! 羽島くんたちが前に進めるように!」
「何を、とは聞かねーよ」
俺が苦笑いをしながら応えると、品川さんもそれに合わせるように微笑む。
そんな彼女を見ていると今俺たちがやっている茶番が余計に馬鹿馬鹿しく思えてくる。
まぁ過去の自分の供養と思えば、またそれも一興か。
そんなことを考えながら、俺たちは改札の中へ入っていった。
「うわー! 着いたね! アタシ京都とか超久々かも!」
京都駅に到着し車両を降りるなり、品川さんは分かりやすく、はしゃいで見せる。
懸念していた車内でのひと時も、終わってみれば何のことはない。
もっともそれは、品川さんが俺を接待するかの如く一方的に会話を盛り上げ、気まずさを感じさせる隙を与えなかったからに過ぎない。
いついかなる時であっても気を抜けないとは、つくづく陽キャという職業は激務である。
俺などでは荷が重くて務まりそうもない。
だからこそ、彼女のような貴重な役割を担ってくれている人材(米原除く)には、感謝しなければならないのだろう。
まぁ要するに最終的に何が言いたいのかといえば、車内でのひと時は中々楽しかったということだ。
「そうだな。俺も6年ぶり? くらいだな」
「そっかそっか! アタシ、考えて見れば新幹線も高校以来かも。修学旅行みたいで楽しかったよ。ありがとね! 羽島くん」
ニコリとナチュラルに笑いながら、俺に礼を言ってくる。
彼女を現地までのパートナーに選んだのは、やはり接待の意味合いが強いのだろうか。
「あー、こちらこそな」
「おっ! 今日はホントに素直だ! 羽島くんが成長したみたいで、お姉さん嬉しいよ」
品川さんはうんうん、と腕を組みながら満足そうに笑う。
「……それで、会場はどこなんだ? つーかなんで、京都なんだろうな?」
少し白々しいとは思うが、これは軽いジャブだ。
何もかも分かったような保護者面をしてきた品川さんへの対抗意識と言っては何だが、彼女のスタンスを今一度確認してみることにする。
彼女はははーんとワザとらしく意味深に笑うと、俺の質問に応えて来る。
「京都では、結構有名なホテルだよ! なんか近くに国連の会議場になった施設があるんだって!」
「あぁ、何か気候変動関連のヤツだっけ?」
「そうそう! いやー楽しみだね! 羽島くん。アタシたちも国際人の仲間入りだよ!」
「いや、結婚式に行くんだよね? 何? 俺、英語でスピーチでもさせられんの?」
「別にしてもいいけど、カメラは回ってるからね?」
「勘弁して下さい。骨の髄まで日本人なんです。英語なんて、そこらの中学生とトントンです」
俺がそう言うと、彼女は再びケラケラと楽しそうに笑い出す。
笑いの沸点が低いというのも、幸福になるための条件なのかもしれない。
「……まぁいいや。じゃあ、今日は何も知らない羽島くんのために、アタシがたっぷりご奉仕させていただきます!」
「言い方気をつけよーね。会場まで誘導してくれるだけで十分だからね」
右手を挙げ敬礼のポーズを取り、ギリギリのセリフを吐く彼女だが、まだ一応核心には触れていない。
ドッキリ継続の意志を示してくれただけでも、こちらとしては有り難いと思うべきなのかもしれない。
そんな物思いに耽りながらも、俺たちは新幹線の中央口改札にまで足を進める。
9月の三連休中日ということもあり、構内は人波でごった返していた。
スーツケースを引っ張った観光客と思しき集団とすれ違った際、次々と聞き慣れない言語が耳に入り、ここが日本有数の観光地であることを嫌でも実感させられる。
「よし! じゃあここからはタクシーかな」
改札を出るなり、彼女はキョロキョロと辺りを見渡し、タクシー乗り場の案内板を探す。
すると、その時。
中央口改札の向かいに位置する私鉄乗り場から、黒ずくめの男が鬼気迫る勢いで走ってきた。
「きゃっ!」
男は華奢な品川さんの身体をふっ飛ばし、エスカレーターのある方角へ全速力で駆けていってしまった。
このシチュエーション。
どうにもデジャブを感じてしまう……。
「イタタタ……、ちょっと何アレ!」
尻もちをついてしまった品川さんは、男に対して恨み節を溢す。
「おい! 大丈夫か!?」
俺は彼女に駆け寄り、右手を差し出す。
「あ、ごめん。ありがとう。こんな日にサイアクなんだけどー」
彼女は差し出された俺の手を握り、ゆっくりとその身を起こす。
その後、パンパンとドレスの裾を払い、乱れた服装を整える。
なおも結婚式という設定を忘れず演技に終始するあたり、男の登場は織り込み済みか。
「ツイてなかったな。歩けそうか?」
「うん……、ってアレ!? う、嘘でしょ……」
品川さんはボレロやドレスのポケットを叩きながら、顔面を青白くさせる。
「ん? どした?」
「ヤバい。財布、スられた……」
ここで一つ。
疑問が生まれる。
その答えを催促するように、俺は彼女に目で訴えかける。
すると、それを察した彼女は無言で頷く。
「つーことは……」
「うん。マジのヤツみたい……」
豊橋さんから突如異例の結婚報告を受け、戸惑いを隠せないというのが率直な感想だ。
くれぐれも念を押しておくが、彼女の結婚にではない。
流石に彼女とて、コレに騙されるとは思っていないだろう。
彼女の等身大の嘘、と言ってしまえば矛盾も良いところだが、やはりソレ以外表現のしようがない。
彼女は既に自覚しているのだ。
人の心理学的見地から、自分の嘘が奇跡的に看破されにくい性質を持ち合わせていることに。
だからこそ彼女は巧みにソレを利用し、事実も織り交ぜつつ、こちらを揺さぶろうとしているのかもしれない。
そして、そんなこちらの疑念を更に深めるかの如く、彼女は一本のメールを寄越してきた。
『当日の朝は、7時に下りの新幹線の改札前です』と。
斬新にも程がある。
俺はこれからどこへ輸送されるというのか。
そしてまさかとは思うが、豊橋さんも一緒に行くのか?
謎は深まるばかりである。
しかし重ねて思うが、騙す気はあるのだろう。
いや。正確には騙す意志を貫く気は感じ取れる。
この形容し難い薄気味の悪さを思えば、彼女がそれに見合う下準備をしていることは想像に難くない。
それに、米原にも言われた。
最後までちゃんと騙されてやれ、と。
であれば、彼女が誠実である限り、俺は彼女に騙され続けるべきであるし、実際にそうするつもりだ。
「あっ! 羽島くーん! こっちこっちー!」
約束の時刻より10分程早く集合場所に着いてしまったが、既に見覚えのある先客が一人いた。
俺の姿を確認するなり、彼女は大声を出しながらブンブンと右手を振り、これでもかとその存在をアピールしてくる。
彼女の早朝とは思えないほどのバイタリティーに、自然と溜息が出てしまう。
とは言え、恨むべきは彼女ではなく、自身の低血圧なのだろう。
それにしても、ヘタに深読みせずに礼服で来て本当に良かった。
ボルドー系のドレスに黒のボレロという彼女の服装から察するに、やはり結婚式という線で行くことは確定らしい。
「品川さん、か。アンタも呼ばれたのか?」
「お! ちゃんと覚えてたね! 偉い偉い! 今日はヨロシクね!」
そう言うと、彼女はワシャワシャと俺の頭頂部をかき回すように撫でてくる。
彼女と会うのは先日の合コン以来だ。
俺自身、まさかこういった場で再会することになるとは思ってもいなかった。
まさに不意打ちと言っていいだろう。
俺は彼女の手を払い退けながら、本題へ移る。
「……んで、他には誰が来るんだ?」
「え? アタシと羽島くんだけだよ?」
なるほど……。
そういう方向から攻めてくるか。
というより、これは俺が人見知りということを知った上でのシンプルな精神攻撃だ。
面識があるとは言え、ほぼ初対面と言って差し支えない相手と数時間同じ空間で過ごすなど拷問でしかない。
「フッフッフッ! 羽島くん、ツイてるね。美女と二人きりだよ」
当の本人はそんな俺の心境など歯牙にもかけず、不敵な笑みを浮かべながら、幸運な俺を祝福してくる。
「あー、そりゃツイてるな。で、俺はどこに連れてかれんだ?」
「ちぇ。羽島くん、ノリ悪いなぁ。ていうか、聞いてないの!?」
「なーんも、聞いとらん!」
「そうだったんだ……。あの娘ったら。それくらいは言わなきゃだめでしょ」
彼女は愚痴を溢すように小声で漏らす。
どうやら、早くも雲行きが怪しいようだ。
「……んで、結局行き先はどこなんすかね?」
「えっとね。京都だよ」
やはりというか、なんと言うか。
彼女らしいかなりストレートな手口だ。
だが、油断は禁物だ。
露骨なアプローチだからこそ、どこかに仕掛けが隠れているかもしれない。
「そ、そうか。分かった」
「あれ? 羽島くん、今日は素直じゃん。もっと捻くれてる人かと思ったけど」
「俺の周りには、失礼なヤツしか寄って来ねぇのかよ……。まぁそうだな。なんつぅの……、今回俺はある意味、採点者でもあるからな。言ってみりゃ今はテスト中だ。答案用紙は全部読まねぇと、点数は分かんねぇだろ?」
俺の言葉に彼女はポカンと口を開けて黙り込む。
その後、思い出したかのように大声で笑い出す。
「アハハハハハッ! ヤッバ! マジで捻くれてるね、キミ! ホント最高だよ!」
品川さんは、俺の背中をバンバンと叩きながら、抱腹している。
重ねて思うが、やはり俺の周りには失礼な輩しか寄って来ないのだろうか。
「でもさ……。そういうとこ、やっぱ光璃ちゃんと似てるかも」
暫くして彼女も落ち着き、涙を拭いながら話す。
「あぁ。三島も言ってたけど、そうらしいな。イタズラ好きの問題児だったんだっけ?」
「そうそう! この前も打ち合わせしてる時にさ!」
「おいっ!」
俺が目でそれとなく注意喚起すると、ようやく意味を理解したのか彼女は慌てて弁明に走る。
「あ……、そうだそうだ! アタシったら何やってんだろ。メンゴメンゴ! でも正直今更だよねぇ〜、アハハ!」
まるで悪びれる様子もなく、彼女は笑って誤魔化そうとする。
「うん! 今日アタシ頑張るからね! 羽島くんたちが前に進めるように!」
「何を、とは聞かねーよ」
俺が苦笑いをしながら応えると、品川さんもそれに合わせるように微笑む。
そんな彼女を見ていると今俺たちがやっている茶番が余計に馬鹿馬鹿しく思えてくる。
まぁ過去の自分の供養と思えば、またそれも一興か。
そんなことを考えながら、俺たちは改札の中へ入っていった。
「うわー! 着いたね! アタシ京都とか超久々かも!」
京都駅に到着し車両を降りるなり、品川さんは分かりやすく、はしゃいで見せる。
懸念していた車内でのひと時も、終わってみれば何のことはない。
もっともそれは、品川さんが俺を接待するかの如く一方的に会話を盛り上げ、気まずさを感じさせる隙を与えなかったからに過ぎない。
いついかなる時であっても気を抜けないとは、つくづく陽キャという職業は激務である。
俺などでは荷が重くて務まりそうもない。
だからこそ、彼女のような貴重な役割を担ってくれている人材(米原除く)には、感謝しなければならないのだろう。
まぁ要するに最終的に何が言いたいのかといえば、車内でのひと時は中々楽しかったということだ。
「そうだな。俺も6年ぶり? くらいだな」
「そっかそっか! アタシ、考えて見れば新幹線も高校以来かも。修学旅行みたいで楽しかったよ。ありがとね! 羽島くん」
ニコリとナチュラルに笑いながら、俺に礼を言ってくる。
彼女を現地までのパートナーに選んだのは、やはり接待の意味合いが強いのだろうか。
「あー、こちらこそな」
「おっ! 今日はホントに素直だ! 羽島くんが成長したみたいで、お姉さん嬉しいよ」
品川さんはうんうん、と腕を組みながら満足そうに笑う。
「……それで、会場はどこなんだ? つーかなんで、京都なんだろうな?」
少し白々しいとは思うが、これは軽いジャブだ。
何もかも分かったような保護者面をしてきた品川さんへの対抗意識と言っては何だが、彼女のスタンスを今一度確認してみることにする。
彼女はははーんとワザとらしく意味深に笑うと、俺の質問に応えて来る。
「京都では、結構有名なホテルだよ! なんか近くに国連の会議場になった施設があるんだって!」
「あぁ、何か気候変動関連のヤツだっけ?」
「そうそう! いやー楽しみだね! 羽島くん。アタシたちも国際人の仲間入りだよ!」
「いや、結婚式に行くんだよね? 何? 俺、英語でスピーチでもさせられんの?」
「別にしてもいいけど、カメラは回ってるからね?」
「勘弁して下さい。骨の髄まで日本人なんです。英語なんて、そこらの中学生とトントンです」
俺がそう言うと、彼女は再びケラケラと楽しそうに笑い出す。
笑いの沸点が低いというのも、幸福になるための条件なのかもしれない。
「……まぁいいや。じゃあ、今日は何も知らない羽島くんのために、アタシがたっぷりご奉仕させていただきます!」
「言い方気をつけよーね。会場まで誘導してくれるだけで十分だからね」
右手を挙げ敬礼のポーズを取り、ギリギリのセリフを吐く彼女だが、まだ一応核心には触れていない。
ドッキリ継続の意志を示してくれただけでも、こちらとしては有り難いと思うべきなのかもしれない。
そんな物思いに耽りながらも、俺たちは新幹線の中央口改札にまで足を進める。
9月の三連休中日ということもあり、構内は人波でごった返していた。
スーツケースを引っ張った観光客と思しき集団とすれ違った際、次々と聞き慣れない言語が耳に入り、ここが日本有数の観光地であることを嫌でも実感させられる。
「よし! じゃあここからはタクシーかな」
改札を出るなり、彼女はキョロキョロと辺りを見渡し、タクシー乗り場の案内板を探す。
すると、その時。
中央口改札の向かいに位置する私鉄乗り場から、黒ずくめの男が鬼気迫る勢いで走ってきた。
「きゃっ!」
男は華奢な品川さんの身体をふっ飛ばし、エスカレーターのある方角へ全速力で駆けていってしまった。
このシチュエーション。
どうにもデジャブを感じてしまう……。
「イタタタ……、ちょっと何アレ!」
尻もちをついてしまった品川さんは、男に対して恨み節を溢す。
「おい! 大丈夫か!?」
俺は彼女に駆け寄り、右手を差し出す。
「あ、ごめん。ありがとう。こんな日にサイアクなんだけどー」
彼女は差し出された俺の手を握り、ゆっくりとその身を起こす。
その後、パンパンとドレスの裾を払い、乱れた服装を整える。
なおも結婚式という設定を忘れず演技に終始するあたり、男の登場は織り込み済みか。
「ツイてなかったな。歩けそうか?」
「うん……、ってアレ!? う、嘘でしょ……」
品川さんはボレロやドレスのポケットを叩きながら、顔面を青白くさせる。
「ん? どした?」
「ヤバい。財布、スられた……」
ここで一つ。
疑問が生まれる。
その答えを催促するように、俺は彼女に目で訴えかける。
すると、それを察した彼女は無言で頷く。
「つーことは……」
「うん。マジのヤツみたい……」