「じゃあ、今日はお疲れ様でした。()()()()()()、今度はちゃんと報告して下さいね」

 彼女の法要は、拍子抜けするほど何事もなく終了した。
 ここまで来て、ようやく終わらせるための土壌に立つことが出来たと実感する。

「あぁ、分かってるよ。悪かったな。色々と」
「いえ。そんなの今更じゃないっすか」
「可愛くない奴……。じゃあまたな」

 俺の言葉に、安城は黙って会釈だけして去っていった。
 安城の背中が次第に小さくなり、やがてその姿は見えなくなる。

「羽島、くん?」
 
 するとその直後。
 背後から聞き覚えのある声が耳に入った。
 振り向くと、見知った黒髪の麗人が立っていた。
 約2年ぶりに見た彼女は以前よりも大人びており、その表情も柔らかい。
 黒の礼服で身を包んでいるせいか。
 それとも良い意味で社会に揉まれたからであろうか。

「……尾道か? 来てたのか」

「うん……。久しぶり」

「だな」

 ()()()()という割には、言葉が少ない。
 言いたいことは山ほどあれど、それを押し殺しているのか、彼女はどこか落ち着かない様子だ。
 しかし、それは俺とて同じだ。
 俺は彼女に言わねばならぬことが山ほどある。

「あのさ……、尾道」

「うん」

「今日、アイツとの()()が終わった」

「そっか」

 尾道はそう呟くと、優しく微笑む。
 その表情はどこか楽しげだ。

「……最初から分かってた、みたいな顔だな」

「羽島くんの完封負け、でしょ?」

「やっぱりか……。じゃあコイツの存在も知ってたのかよ?」

 俺は先程の絵馬を紙袋から取り出し、尾道に見せつける。

「ううん、知らないよ。ただ、彼女のことだから、このままじゃ終わらないって思ってただけ」

「そうかいそうかい。みんなしてスゲェよ、全く……」

「と言っても、羽島くんがヘタレたおかげで、2年も勝負が延長になったのは想定外だったけどね」

「ぐっ……。ここぞとばかりに辛辣ですね、尾道さん」

 俺がそう言うと、彼女はクスクスと静かに笑う。
 こうして俺に悪態をつき、楽しそうにする尾道の姿を見るのは何だか新鮮だ。

「……まぁ、とにかくだな。お前には色々と面倒かけたな。捻くれ者二人の仲を取り持つのは大変だったろ?」

()()、だから」

「は?」

「覚えて、ないの?」

 尾道は恨めしそうな視線を向けながら、問いかけてくる。

「スマン……。何時の、どの約束だ?」

「ほら。合宿の時。ロビーでしたヤツ」

 尾道の言葉をもとに、俺は朧気な記憶を辿る。
 
『あー、尾道。部屋一緒だよな? そいつがまた怪我しないように見張っといてくれ。一応な』

 確かにそんなことを言った覚えもある。
 その場の流れと思いつきで依頼したことを、こうして8年越しに持ち出されるとはゆめゆめ思わなかった。
 
「そういや、そんなこともあったな……。まぁ随分趣旨も期間も変わっちまったけどな」
「ある意味、()()したのは羽島くんの方だったね」
「確かにな」

「後は……、羽島くん、だったから」

「……は?」

 尾道はそう言いながら、俯き顔を赤らめる。

「あのさ、羽島くん。()()()()()()って、私とじゃダメ、かな?」

「えっと。あの、それはどういう?」

「だからさ……。私、私ねっ!!」

 尾道は真っ直ぐと俺を見つめてくる。
 艶やかでありながら純粋無垢なその瞳に吸い込まれそうになり、思わずゴクリと息を呑む。
 こうして改めて見る尾道は、浜松や豊橋さんとはまた違ったタイプの美女だ。
 
「いや、俺は……」

 彼女のあまりの圧に、思わず視線を逸してしまう。





「はい、アウト」

 突如、彼女は能面のような表情になり、冷淡な視線を浴びせてくる。

「え?」

 訳も分からず、間抜けな声を上げてしまう。

「もうきっと()()、決まってるんでしょ? シナリオにないことしちゃダメだよ」
「いや、お前は何も言ってないし、俺も何も言ってないぞ……」
「でも、何となく察したでしょ? それに満更じゃないって顔してた。女子はそういうの分かるんだよ」
「そりゃ悪い気はしねぇよ……。贔屓目なしでお前はいい女だって思うしな。つーか、お前そんなキャラだったっけ?」

 頭を掻きながら逸した視線を戻すと、思わぬものが視界に入り思考が停止する。

「尾道、お前……」

 尾道の紅潮した頬には、薄っすらと涙が伝っていた。
 俺の呼びかけに、尾道は慌てふためき反応する。

「っ!? 別に深い意味はないよっ! ただ私の方がずっと付き合い長いのに……って思って、ちょっと悔しかったってだけ。別に『出し抜かれた』とか思ってないよ!」

 尾道は涙を拭いながら、弁明するようにまくし立てる。

「いや、思ってんじゃねぇか……。第一、何でお前の方が付き合い長いって分かんだよ」
「うるさいな。そんなの勘に決まってんじゃん。細かいこと気にしてたら、また大事なところで間違えちゃうよ」
「へいへい。ご忠告どうも」

 俺たちは自然と笑みが溢れた。
 本当に良い娘だと思う。
 願わくば、彼女には俺を遥かに超える()()()と出会って欲しいものだ。

「じゃあね、羽島くん。幸せになってね」

「今日はやたら祝福されるな……。それはコッチのセリフだっつーの!」

 尾道は最後にクスリとはにかんだ笑みを残し、俺の前から去っていった。