俺と彼女で作る出来損ないのデート商法マニュアル

「えっ……。それ、ホント?」
「はい! 今、旅館の医務室にいるみたいです」
「そうなんだ……。分かった。みんなっ! 行くよっ!」

 副会長はメンバーを扇動し、旅館へ戻るよう指示した。

「羽島! 救急車は呼んであるのか!?」

 会長はそれに呼応するように、問いかけてくる。

「一応呼んでるけど、山間部だから少し遅くなるかもとは言ってました」
「分かった! 観光地とは言え、一応夜間だからな。まとまっていこう!」

 会長たちはメンバーをまとめ、旅館へ向けて歩き出した。

 全く。どうなってやがんだ……。
 ふと、昼間の尾道に感じた違和感が頭を過る。

『ゴメン。やっぱりなんでも無い……』

 尾道は浜松の体調が優れないことを知っていたのか?
 だが、それなら何故それを隠そうとした?
 浜松に口止めされたからか?
 いや……。それならそもそも、俺に伝えようとしないはずだ。
 恐らくだが、あの時尾道は浜松の異変について、何かしら伝えようとしてきたのだろう。

「あれ? 羽島くん? どうしたの?」

 列に加わらず、その場で立ちすくむ俺を不審に思ったのだろう。
 徳山は俺の顔を覗き込んでくる。

「ん? あ、いやっ! 悪い。なぁ、浜松って体調悪そうにしてたか?」
「えっ? うーん、どうだろう……。ごめん。僕には分からなかった、かな……」
「そうか。いやっ。別に誰か攻めようとしてるわけじゃねぇからな。勘違いすんなよ」
「あ、う、うん……。やっぱり疲れてたのかな?」
「どうだろうな。考えてみりゃアイツに色々と任せっきりだったしな」
「だよね。後でちゃんと謝らなきゃ」

「おーい、早く行くぞー!」

「あっ! はい! 行こう、羽島くん!」

 前方から、会長に促され俺たちは帰りの列に加わる。
 
 徳山が言うように過労が原因か。
 それとも……。
 いや、俺の邪推かもしれない。

「分かりました。彼女は医務室に居るんですね?」
「悪いね。心配かけて」

 俺たちは旅館に到着すると、ロビーに併設されてある控室に立ち寄り、旅館のオーナーに話を聞いた。
 どうやら話によると、彼女は副会長へのサプライズのためにキャンプ場へ向かう途中に倒れてしまったようだ。
 そこで近くにいた尾道が旅館に報告し、それを聞いてやってきたオーナーが医務室まで運んだ、というのが大筋の流れらしい。

「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けしました」
「いやいや! イイんだよ! コッチは一応身内だしね。それより早く医務室の方へ言ってやっておくれ」

 深々と頭を下げた副会長を制し、オーナーは医務室へ促してくる。

「はい……、では、また」

 副会長がそう言うと、俺たちは去り際に会釈する。
 ソレを見たオーナーは優しく微笑む。

「何か……、ごめんね」
「へ? 何がですか?」

 医務室へ向かう道中、副会長が小さな声で俺に謝ってくる。
 不意打ちで謝罪されたため、思わず間の抜けた声になってしまった。

「なんか、ホラ。上手く言えないんだけど……、()()()()やろうとしてたんでしょ?」

「そ、そっすね……。やろうとはしてました」

「そっか……。ごめんね。私、こういうの苦手っていうかよく分からなくてさ。上手に反応できるか不安なんだよね」

「……それは俺も同じですよ。だから逆にコッチが謝りたいくらいです。面倒なコトに巻き込んじゃってすみません」

「ううん! 羽島くんが謝ることじゃないよ! それにさ……、羽島くんだって合宿のために色々頑張ってくれたじゃん!」

「いや、俺は……」

 実際俺がやったことなど、アイツの指示通りに事務作業を行ったくらいだ。
 だから、俺自身が褒められる謂れはないだろう。

「私さ……、この合宿、実は結構楽しみにしてたんだよね! ホラ。ウチってそれぞれみんな個人プレーみたいなところあるから、今までこういうイベントってなかったじゃん? だから、凄い新鮮でさ」

「まぁ……、確かにそうですね」

「なんか、浜松さんが来てからスゴイ賑やかになったよね! メンバーのみんなとももっと仲良くなれた気がするし! と言っても、私はもうすぐ卒業しちゃうけどね」

 副会長は自虐的に微笑む。

「だからさ。浜松さんが倒れたって聞いた時、凄い悲しい気分になっちゃったんだよね。私のせいで……」

 そう言うと、彼女は俯いてしまった。
 俺がその先の言葉を聞くことはなかった。



「つ、ついたね」

 俺たちは浜松が運ばれた医務室の前まで辿り着いた。
 尾道やオーナーからは、浜松が倒れて医務室に運ばれた、としか聞いていないので、彼女の容態までは知らない。
 ただの過労ならまだ良いが。
 
 旅館内は貸し切りということもあり、他の客の気配はなく、辺りは静寂に包まれている。
 雰囲気に飲まれる、という表現が正しいかは分からないが、否が応でも良からぬ方向に考えてしまう。
 

「じ、じゃあ、入ろうか」

 副会長は意を決して、扉を開く。





「コダマさんっ!! 内定おめでとうございまーすっ!!」





 俺たちが医務室へ足を踏み入れると、浜松の高らかな声とともに2つのクラッカーの音が鳴り響く。

「えっと……、これは……」

 副会長は状況が飲み込めずその場で立ちすくむ。

「どうもこうも、就職が決まったコダマさんへのサプライズですよ〜」

「おい……、一体どうなってんだ?」

「ふっふっふっ。羽島っち! 状況が飲み込めてないようだね?」

「……当たり前だろ」

「よし! そんな羽島っちのために2つの格言を残しておこう! 一つ! 敵を欺くにはまず味方から! 二つ! 人を騙す時は()()()()で臨むべし!」

「は?」

「え? まだ分からない?」

 流石に分かる。
 つまり端から快楽殺人鬼の件などブラフだったわけだ。
 誰が聞いてもバレるような嘘で、まずは相手に看破させる。
 その実績を与えれば、自然と油断も生まれる。
 その上での浜松が倒れたという嘘だったのだろう。
 だが、流石にそれは質が悪い。

 俺は体の奥底から沸々と、怒りがこみ上げてくるのを感じた。
 本来、偉そうに講釈をたれるようなキャラではない。
 だが副会長のあの言葉を聞いてしまった後では、言いたいこともそれなりにある。
 度を超えた浜松の嘘に、小言の一つでも溢してやろうと彼女に近づいたその時だった。


 
 パシンッ。



 その音の出処は副会長だった。
 副会長の右手は勢いよく浜松の左頬を叩きつけ、甲高い音を上げる。
 そして、その直後副会長は浜松を優しく抱きしめる。

「ばかっ……。ホントに心配したんだから……」

「コ、コダマさん……」

「私、聞いちゃったんだ。あなたたち一年生が私のために色々計画してくれてたこと。ただでさえ、宿とかバスの手配とかで大変だったのに……。私のせいで体調崩しちゃったのかと思ったの……」

「ア、アタシはただ、コダマさんをお祝いしたくて……」

「うん。知ってる。ありがとう。でも忘れないで。もしあなたの嘘が本当になったら、それ以上の重荷を相手に背負わせてしまうことも」

 すると、浜松は目を潤ませ、顔をくしゃくしゃにする。
 そして、次の瞬間には声を上げ、号泣する。

「わぁーーーーーーん!!!! ごめんなさいぃぃぃぃーーーーーー!!!」

 彼女のあまりの無様な泣き様に、一同苦笑いを浮かべる。
 その馬鹿馬鹿しさに、俺自身も先程までの怒りはどこかへ行ってしまったようだ。



「羽島くん」



 脱力感が俺の体を支配しかけた時、不意に尾道に話しかけられる。

「あぁ、尾道か。悪いな。お前にだけ浜松押し付けて」

「ううん。羽島くんに頼まれたから……」

「そ、そうか」

 どこまで従順なんですか、アナタ。
 なおも俺の前で立ちすくみ、一向に用件を伝えようとしない彼女に俺は痺れを切らす。

「ど、どうした?」

「あのね! 羽島くん!」

 尾道らしからぬ気迫に思わずたじろぐ。
 彼女が口を開こうとした時、俺は浜松から腕を引かれていることに気付く。

「さぁ、羽島っちー! 気を取り直して続きやるよー! サプライズパーティーは()()()()()が終わってからが本番なのです!」

「は? ちょっ!? 意味分かんねぇよ……」

 彼女はそう言いながら、俺を医務室から大広間の方へ引き摺っていく。
 あれほど皆の前で醜態を晒したというのに、当の本人は何もなかったかのようにケロッとしている。
 そんな浜松を、どこか物憂げな表情で尾道は見ていた。

 浜松の計画は俺たちすらも華麗に欺き、見事に成功した。
 もう既に彼女への、怒りは沈静化したとは思う。
 だが、彼女のやり方というか、手段というか、そういったものに対して未だに釈然としていない自分もいる。

「やぁ少年。浮かない顔してるねぇー」

 大広間の端でしゃがみ込み、静かにお茶を飲んでいる俺に、浜松はいつものようにちょっかいを出してきた。
 元来こういうイベントは苦手であることを、そろそろ彼女には気付いて欲しい。
 そんな俺の心境など構う様子もなく、彼女は無造作に隣りに腰を下ろしてくる。

「お前は全く懲りてないみたいだな」
「あぁ、サプライズのこと? エヘヘ。チョットやり過ぎちゃった!」

 そう言ってワザとらしく頭を掻く彼女を見ていると、忘却の彼方へ消えていた怒りが再び姿を現しそうになる。

「でもさ! アタシの気持ちは伝わったと思わない?」
「まぁ、そうだな。副会長喜んでるみたいだし」
「でしょ? この気持ちだけは嘘じゃないから……」

 彼女は、遠くから真っ直ぐに副会長を見据える。
 その顔にはいつもの軽々しさのようなものはなかった。

「それにさ。アタシ、()()()()()羽島っちにも感謝してるんだよ!」
()()()()()、ってなんだよ……」
「イチイチ細かいなー、そんなんじゃモテないよ〜」
「うるせぇ、ほっとけ」

 俺の言葉に、彼女は何も言わずにクスリと微笑む。

「アタシってさ……、こういう性格じゃん? だから、今までクラスとかでもちょいちょい浮いちゃってたりしてたんだよね。今日みたいにやり過ぎちゃうことだってあったし……。アタシみたいなヤツって何て言うんだろうね!」

「独善的、か……」

 もう少しオブラートに包むべきかとも思ったが、生憎俺はこれ以上の言葉を持ち合わせていない。

「おぉ、羽島っち! はっきり言うね! でもそうだね……。確かに独善的かも。だから、ぶっちゃけインフルエンザとか関係なかったかもね!」

 そうだ。彼女は自覚しているんだ。
 自分自身のスタンスが必ずしも正しくないということを。
 だが、それでもきっと彼女は……。

「羽島っちさ。アタシが初めて部室きた時のこと、覚えてる?」

「忘れるわけねぇーだろ……。あんな地獄絵図……」

「またまたそんな言い方しちゃって、素直じゃないんだから! でもそうだね。例え地獄に落としたのがアタシでも、羽島っちはちゃんと相手してくれるんだよね?」

「そりゃお前から話しかけてきたんだからな。あからさまに無視はできんだろ……」

「そうかな……。でもその後も等身大っていうか、素の感じで話してくれたよね? それがさ。何かスゴイ新鮮で楽しかったんだ! ホラ、何ていうの? 打てば響くって感じで!」

「お前は嘘が好きなのか嫌いなのか、どっちなんだよ……」

「……羽島っちはどうなの?」

 彼女から笑顔が消え、抉るような視線で俺を見つめてくる。

「あのね、羽島っち。バスの中でさ。羽島っちは嘘が嫌いだって話、したじゃん?」

「あぁそうだったな」

「アタシ、思うんだよね。嘘を吐きたくて吐く人なんていないって。誰だって自分に正直に、相手に対して誠実でいたいんだよ」

「…………」

「でも、アタシたちって弱いじゃん? だから、中々理想通りにいかない。そこでついつい見栄を張ったり、その場限りの嘘で誤魔化したりしちゃうんだよ。相手を傷つけないために。ちょっとでも相手に喜んでもらうために。だからさ……、羽島っち」

 彼女は立ち上がり、俺を見下ろす。

「世の中、確かに嘘だらけかもしれない。でも、その半分が優しい嘘だったらさ、世界の半分は優しさで出来てるってことじゃない? 世界は優しさで溢れてるってことだね!」

 そう言って、彼女は満面の笑みを咲かせた。

 飛躍も飛躍だ。
 論理的でもなければ、理性的でもない。
 きっと、こんな発想にたどり着けるのは、世界で彼女だけだろう。
 だからこそ、不覚にも彼女の言う優しさで溢れる世界とやらを見てみたいと思ってしまった。

 きっかけなんてものは、所詮結果論だ。
 後付でそれらしい理由を取ってつけたところで、それこそ嘘になる。
 だから、至らないなりに自分自身を客観的に見た結果として、事実を一つだけ言うならば……。

 俺はこの時、恋に落ちたんだと思う。

 そして、自然と顔が熱くなる。

「……どこの頭痛薬だよ。それともどこぞの会いに行ける系アイドルか?」

 自覚、というほど大層なものではないが、自分の中で()()が動き出したことが分かり、急に気恥ずかしくなる。
 そんな心境を悟られんがために、ワケの分からないことを口走ってしまった。

「まーた、羽島っちがワケ分かんないこと言ってるー! ……だからアタシさ。これからも嘘を吐くよ。うん! 吐き続ける!」

「いや、何の犯行予告だよ……。まぁいいんじゃねぇの? お前の人生だし。とりあえず、警察のお世話にだけはなるなよ」

「大丈夫だよ! アタシと羽島っちなら、警察如き目じゃないよ!」

「だから巻き込まないでくれる!? 俺は一生娑婆で終えたいんだよ!」

 そう言いながらも、何故か俺の胸は高鳴っていた。
 俺はその高鳴りの正体を必死に考えないようにした。

「ハイハイ! この話はここで終わり! 副会長の祝勝会の次は、会長の激励会だよ! 立った立った!」

「お前ちゃんと覚えてたんだな……」

「と言っても御守りプレゼントするくらいだけどね。でもコレ、地元の有名な学問の神様が祀られてる神社のヤツなんだよ!」

「あの、一応言っておくけど、受験じゃないからね?」

「あ! そうだ! 羽島っち、今度京都行こうよ! 楽しみだな〜」

「話ちゃんと聞いてね。ぶっちゃけあんまし激励する気ないでしょ、キミ」

 彼女はそれから聞いてもいない京都の豆知識を話し始め、疲労困憊の俺の精神にさらに追い打ちを掛けてくる。
 今回の一件について、まるでへこたれていない彼女を見ていると、不思議と呆れよりも安心が勝ってくる。
 浜松と出会ってまだ日が浅いが、心のどこかで彼女にはいつまでもこうあって欲しいという勝手な理想を思い描いていたのかもしれない。
 少なくともこの時までは。