計画は夕飯後の飲み会の時間に実行するらしい。
くれぐれも念を押しておくが、飲み会など余興に過ぎない。
本番は飽くまで副会長のサプライズパーティーだ。
だからこそ、ココはサラッと無難にやり過ごしたいところなのだが……。
「はーーーーいっ! そんな浜松から始まるぅーーーー? 山手線ゲーーーーム!」
「イ、イェーイ……」
ダメだ。
完全に出来上がってしまっている。
そしてくれぐれも念を押しておくが、お酒は20歳になってからだ。
成人年齢の引き下げも予定されているが、コレだけは覆ることのない不動のルールだ。
彼女は、そうだな……。
1浪したのかな?
うん、そういうことにしておこう。
「お題は……、バルト三国の名前! パンパン! ルーマニア!」
それは完全に粗相というものだ。しかもいきなり間違っている。
世が世なら、瓶焼酎イッキ飲み案件だ。
アルハラに敏感な時代で命拾いしたな。
さすがにここまでくると、見逃すわけにはいかない。
俺はサプライズのことなど忘却の彼方かの如く振る舞う彼女のもとへ行き、耳打ちする。
「おいっ!! お前分かってんだろうな!?」
「ナニナニ〜? 羽島っちぃ〜? 混ざりたいのぉ〜? バルト三国だよ〜?」
「だぁーもーっ! 鬱陶しいっ! あのコト忘れてないか聞いてんだ!」
「ぶ、ぶぅー、残念時間切れー! 正解は、ルーマニア、トルクメニスタン、
プエルトリコでした〜!」
「だから、全部間違ってんだよ! ただでさえ面倒ゴトの多い地域なんだから発言には慎重になれっ!」
「ぶぅー。羽島っち真面目すぎっ! そんなんだから……」
それだけ言い残し、彼女はスヤスヤと眠ってしまった。
「何なんだよ、コイツ……」
彼女の寝息が聞こえると、辺りは一度静まり返る。
すると同時に、浜松の隣りで静かにお茶を飲んでいた尾道が、俺の洋服の袖を引っ張ってくる。
「ん? どした?」
「安心して、羽島くん。彼女、お酒は飲んでない」
「え? そうなの?」
「うん」
う、嘘だろ!?
コレ、素面だったのかよ……。
違う意味で心配になるわ。
「そ、そっか、ありがとな」
「約束……」
「へ?」
「約束、したでしょ? ちゃんと見張ってるって」
「お、おう。そういやそうだったな。マジで助かる」
俺の言葉を聞くと、尾道は静かに微笑む。
「うわぁっ!!」
「な、何だっ!?」
「ねぇっ! 今の声、徳山くんじゃないっ!?」
謎の叫び声に会場は湧き立ち、先輩たちの間で動揺が広がる。
すると大広間の入り口から、岩国が血相を変えて現れる。
「みんな! 徳ちゃんが大変なの! スグ来てっ!」
「えっ!? 分かったわ、スグい……」
岩国の呼びかけに、浜松の隣りに腰掛ける副会長はスグに立ち上がろうとする。
その直後、浜松は彼女の腕を引っ張る。
「だめぇ〜、コダマさーん。イっちゃらめ〜〜〜」
「え!? で、でも……」
なるほど……。
そういうこと、か。
浜松の意図を察した俺は彼女に便乗し、副会長を制止する。
「副会長、すみません。何故かそいつ出来上がってるみたいなんで、見ててもらっていいですか? 徳山はコッチで何とかするんで。尾道も残ってソイツの介護を頼む!」
「そ、そう? ゴメン。じゃあお願い出来る?」
「はい。副会長の方も宜しくお願いします。尾道も頼むな」
「う、うん。分かったよ……」
「羽島くんも気をつけて……」
彼女が決めた大筋の流れはこうだ。
まず徳山が何かトラブルに巻き込まれた風を装い、岩国がそれを報告する。
その後、副会長以外のメンバーだけを集めて、趣旨を説明する。
恐らく、敢えてその場で説明することによって、導入の芝居にワザとらしさが出ないよう、彼女なりに配慮したのだろう。
当初、浜松は『まずアタシから仕掛ける!』の一点張りで、詳細を教えてくれなかったが、まさかそういう狙いがあったとは。
浜松にしてやられた、というより無意識にナイスアシストをしてしまったようだ。
敵を欺くにはまず味方から、ということか。
だが、問題はここからである。
「あ、羽島くん。もう皆揃ってるよ!」
俺はサークルメンバー全員が集合している旅館の裏庭へ急いだ。
俺たちが着く頃には、既に徳山から計画について説明がされていたようで、皆安堵の表情を浮かべていた。
真夏ではあるが、夕方で山間部ということもあり、やはり少し肌寒い。
冷静に考えてみると、この場で皆を待機させておくというのも酷な話だ。
「そうか。悪い。もう説明してもらったみたいだな」
俺の言葉を遮るように会長が割り込んでくる。
「キミたちも中々洒落たこと考えるじゃないか……」
「会長……。ま、まぁ浜松の案なんで、俺たちはその補佐みたいなもんで……」
「いや、良いと思うよ、ホントに。副会長には何かとお株を奪われることが多かったけど、まさかこんなところでも先を越されるなんてな!」
そうだった……。
この人まだ就職決まってなかったんだ……。
その件について、浜松はどう思ってるんだろうか。
「おっと、くれぐれも勘違いしないでくれよ! 俺は褒めてるんだ。『内定の取れていない俺への当てつけだ……』なんてコレっっっっっっぽっちも思ってないから、キミたちは存分に誇りたまえ! ハッハッハッ!!」
そう言って、会長は目頭を抑えながら去っていってしまった。
あぁ、なんかごめんなさい……。
あの、ホントに応援してるんで、これからも頑張って下さい!
「なんか会長には悪いことしちゃったね……」
「……まぁ、人生なんてタイミングだ。それに俺たちも数年もすりゃ他人事じゃなくなる」
「そ、そうだね……。ははは」
楽しい合宿旅行に水を差してしまった感は否めないが、それでも時間は進んでいく。
今は、このサプライズ成功に全力を注ぐべきだ。
その後、先輩たちには一足先に所定の場所へ向かってもらった。
「……でさぁ、問題はこの後だよね?」
そうだ。徳山の言う通り問題はこの後だ。
「だよね〜。ていうか徳ちゃん刺されたなら、ここにいたらマズくない?」
岩国が言うように、確かに不味い。
徳山が巻き込まれたトラブル。
それはどこからか侵入してきた謎の快楽殺人鬼の手によって、刺されるというものである。
浜松曰く、『大きな嘘は見破られにくい』というが、モノには限度がある。
果たして、副会長は気付くのか。
いや……。最終的に気付いた上でどう振る舞うかが、ポイントなのだろう。
「うん。だから僕も副会長が来たら、先輩たちのところに行くよ」
「そう言えば素朴な疑問なんだが……」
「何? 羽島くん?」
「旅館の人に話通してあるのか?」
「うん。今日は一応貸し切りで、他のお客さんもいないみたいだしね。『朔良ちゃんのやってみたいことだったら……』って言ってたし」
「そっか。そりゃ良かったな。理解のあるオーナーさんで」
確かに他の客が居たらまず出来まい。
この土壇場で融通を利かせてくれたオーナーさんには感謝してもしきれない。
「あっ! 副会長来たみたい! 徳ちゃん、行くよ!」
「う、うん。じゃあ羽島くん。あと、よろしくね!」
「おう。任せとけ」
暗闇の向こうから、副会長がやってきた。
薄暗い中でも、困惑の表情を隠せていない。
さて、ここからいよいよ俺の出番だ。
「浜松のヤツ、大丈夫でしたか?」
「う、うん。一応彼女の部屋まで送り届けたから、大丈夫だと思うよ。尾道さんも居るし」
「ホントにすみません……。あの馬鹿っ! こんな時に何やってんだ!」
我ながら何と白々しい。
だが、例え二束三文の芝居だとしても、最後まで全力で演じるのが相手への礼節だと浜松は言っていた。
「ま、まぁまぁ。私の方は全然大丈夫だからさっ。それより徳山くんは?」
「それなんですけど、実は……」
俺は副会長に、徳山が何者かの手により刺されたこと。
その後、徳山は近くの診療所へ運ばれたこと。
他のメンバーは既に徳山が運ばれた診療所へ向かっていること。
そして、犯人は今も逃亡中であること、を伝えた。
「えぇっ!!?? それ、本当なの?」
不味い。いきなり疑われている。
だが、ここで怯んでいてはここまでの努力が無駄になる。
「俺だって信じたくないですっ! クソッ! 犯人の野郎、よくも徳山をっ!」
俺の迫真()の演技に副会長はますます困惑の度合いを強める。
それは徳山が刺されたことや、犯人が捕まっていないことに向けてではない。
もはや、この場で何を信じていいか分からないことについてだろう。
「そ、そっか……。一応、病院で診てもらってるんだよね? だったら、経過を待つしかない、か。後は警察も呼ばないと、だね」
まぁ、それが常識的な判断だろう。
だが、副会長。アンタは知らない。
目の前の男はアンタが思ってるより、ずっと頭がおかしいということを!
「副会長っ! 俺、やっぱ犯人のこと許せないです! 警察が来る前に、俺自身の手で捕まえに行きます!」
どうした俺の正義感? などと自問自答しているヒマはない。
俺は、副会長の前で高らかに宣言した後、一目散に旅館に隣接している森林の奥へ駆けていく。
「えぇーーーっ!!?? ちょっ!? 待ってよーーーー!」
副会長はそれに呼応するように、俺の後を追ってくる。
ここまでは非常に順調と言っていい。
「やっと追いついた……。勝手に行かないでよ。単独行動が一番危険でしょ?」
薄暗い林道を副会長がギリギリ追いつけるペースで走り、俺は彼女と無事に合流することが出来た。
副会長は肩で息をしながらも、一分の隙もない正論を滔々と述べてくる。
「ごめんなさい。つい、自分が抑えられなくて……」
「羽島くん。そんなキャラだっけ?」
違います。
どちらかというと、犯人の靴をナメてでも自分だけは助かりたいタイプです。
「でも聞いて下さい、副会長! さっき走りながら、怪しい人影を見かけたんです!」
「そ、そっか……。で、どうするつもりなの?」
「も、もちろん、捕まえますよ!」
正直、もう限界を感じている。
そりゃ、もうイロイロと。
そして、俺の中で新たな黒歴史が生まれてしまったことを確信した。
「そ、そっか……。うん。分かったよ……」
恐らく、既に彼女はある程度察している。
その上で、こうして俺の茶番に付き合おうとしてくれているのだろう。
そう思えば、浜松の言っていることは正しかったのかもしれない。
ならば、その善意に全力で応えるまでだ。
「いいですか? 副会長。男はこの先のキャンプ場の方へ向かいました。俺が先に行くんで、副会長は一旦ここで待機してて下さい!」
「う、うん、分かったよ」
今後は、まず俺が先にキャンプ場へ入り、岩国扮する快楽殺人鬼を羽交い締めにする。
その後スグに犯人を拘束したことを副会長に報告。
そして、先回りして準備に入っていた浜松たちのクラッカーで、副会長をお出迎え。
プレゼントを渡して祝勝会スタート、という流れだ。
「じゃあ、副会長。俺が良い、と言うまで動いちゃダメですよ!」
さて、早くもこの茶番も佳境を迎えようとしている。
今思えば、ここまでする必要があったのか大いに疑問だが、最後までやり切ることに意義があるのだろう。
労力に見合うだけの反応が得られることを切に願うばかりだ。
一足先にキャンプ場へ向かったが、クラッカーやプレゼントなどサプライズの準備がされたような形跡はなく、大凡副会長を出迎える準備など出来ている様子はなかった。
更に言えば、岩国や先輩たちの表情には不安の色が滲み出ていた。
「おいっ! もうすぐ副会長来るぞ!」
「あっ! 望ちゃん!」
俺が岩国に近づくと、待っていたとばかりに反応する。
「それがね……。朔良ちゃんたち、まだ来てないの!」
「は? マジで?」
「そうなの! だからクラッカーとかプレゼントとか、まだ手元にないの!」
何やってるんだ、アイツは。
お前がこの場にいないと全部台無しだろうが。
「そうか……。電話はしてみたか?」
「それが全く繋がらないの! 徳ちゃんからもしてもらったんだけど……」
「ごめんね。羽島くん……」
どうなってやがんだ。
完全に想定外の現実に、嫌でも良からぬ想像が働く。
先輩たちの表情も、次第に不安の色が強まっていく。
「分かった! 俺からも電話してみる」
「うん! お願い!」
……………………ダメだ。出ない。
その後も何度か掛けてみるも、なしの礫だ。
「すまん、出ない」
「そうだ! 尾道ちゃんも一緒だよね? 尾道ちゃんはどうかな!?」
「そうだな。掛けてみる!」
俺は再びスマホを手に取り、尾道の番号に電話を掛ける。
……………………ダメだ。
するとそれと同時に、痺れを切らした副会長がキャンプ場へ入ってきた。
「羽島くん、まだかな……、って岩国くんと徳山くんにみんな!? どうしたの!?」
彼女は俺たちを見渡し驚愕する。
仕方ない。事情が変わってしまったからには話さざるを得ない。
俺は副会長に経緯を話し、協力を要請した。
「そうか、そうだったんだね。分かった。私からも電話してみるね。あと旅館の人にも報告しないとね」
「すみません……」
「ううん。そうだね……、後でイロイロ聞きたいことはある、かな?」
副会長はそう言って、困ったようにニコリと微笑む。
計画がぐだついた上に余計な手間を取らせてしまったことに、一抹の罪悪感を覚える。
副会長がスマホを手に取り耳に当てた時、不意に俺のスマホの着信が鳴り響く。
尾道だ……。
一同が見守る中、俺は息を呑み、〝応答〟をタップする。
「もしもし、尾道か? は? え? 本当かっ!? 分かった。すぐに行く。 じゃあまた後でな」
正直、突然のことで頭がついていかない。
「羽島くん……、何だって?」
副会長が恐る恐る聞いて来る。
「浜松が倒れたらしいです……」
くれぐれも念を押しておくが、飲み会など余興に過ぎない。
本番は飽くまで副会長のサプライズパーティーだ。
だからこそ、ココはサラッと無難にやり過ごしたいところなのだが……。
「はーーーーいっ! そんな浜松から始まるぅーーーー? 山手線ゲーーーーム!」
「イ、イェーイ……」
ダメだ。
完全に出来上がってしまっている。
そしてくれぐれも念を押しておくが、お酒は20歳になってからだ。
成人年齢の引き下げも予定されているが、コレだけは覆ることのない不動のルールだ。
彼女は、そうだな……。
1浪したのかな?
うん、そういうことにしておこう。
「お題は……、バルト三国の名前! パンパン! ルーマニア!」
それは完全に粗相というものだ。しかもいきなり間違っている。
世が世なら、瓶焼酎イッキ飲み案件だ。
アルハラに敏感な時代で命拾いしたな。
さすがにここまでくると、見逃すわけにはいかない。
俺はサプライズのことなど忘却の彼方かの如く振る舞う彼女のもとへ行き、耳打ちする。
「おいっ!! お前分かってんだろうな!?」
「ナニナニ〜? 羽島っちぃ〜? 混ざりたいのぉ〜? バルト三国だよ〜?」
「だぁーもーっ! 鬱陶しいっ! あのコト忘れてないか聞いてんだ!」
「ぶ、ぶぅー、残念時間切れー! 正解は、ルーマニア、トルクメニスタン、
プエルトリコでした〜!」
「だから、全部間違ってんだよ! ただでさえ面倒ゴトの多い地域なんだから発言には慎重になれっ!」
「ぶぅー。羽島っち真面目すぎっ! そんなんだから……」
それだけ言い残し、彼女はスヤスヤと眠ってしまった。
「何なんだよ、コイツ……」
彼女の寝息が聞こえると、辺りは一度静まり返る。
すると同時に、浜松の隣りで静かにお茶を飲んでいた尾道が、俺の洋服の袖を引っ張ってくる。
「ん? どした?」
「安心して、羽島くん。彼女、お酒は飲んでない」
「え? そうなの?」
「うん」
う、嘘だろ!?
コレ、素面だったのかよ……。
違う意味で心配になるわ。
「そ、そっか、ありがとな」
「約束……」
「へ?」
「約束、したでしょ? ちゃんと見張ってるって」
「お、おう。そういやそうだったな。マジで助かる」
俺の言葉を聞くと、尾道は静かに微笑む。
「うわぁっ!!」
「な、何だっ!?」
「ねぇっ! 今の声、徳山くんじゃないっ!?」
謎の叫び声に会場は湧き立ち、先輩たちの間で動揺が広がる。
すると大広間の入り口から、岩国が血相を変えて現れる。
「みんな! 徳ちゃんが大変なの! スグ来てっ!」
「えっ!? 分かったわ、スグい……」
岩国の呼びかけに、浜松の隣りに腰掛ける副会長はスグに立ち上がろうとする。
その直後、浜松は彼女の腕を引っ張る。
「だめぇ〜、コダマさーん。イっちゃらめ〜〜〜」
「え!? で、でも……」
なるほど……。
そういうこと、か。
浜松の意図を察した俺は彼女に便乗し、副会長を制止する。
「副会長、すみません。何故かそいつ出来上がってるみたいなんで、見ててもらっていいですか? 徳山はコッチで何とかするんで。尾道も残ってソイツの介護を頼む!」
「そ、そう? ゴメン。じゃあお願い出来る?」
「はい。副会長の方も宜しくお願いします。尾道も頼むな」
「う、うん。分かったよ……」
「羽島くんも気をつけて……」
彼女が決めた大筋の流れはこうだ。
まず徳山が何かトラブルに巻き込まれた風を装い、岩国がそれを報告する。
その後、副会長以外のメンバーだけを集めて、趣旨を説明する。
恐らく、敢えてその場で説明することによって、導入の芝居にワザとらしさが出ないよう、彼女なりに配慮したのだろう。
当初、浜松は『まずアタシから仕掛ける!』の一点張りで、詳細を教えてくれなかったが、まさかそういう狙いがあったとは。
浜松にしてやられた、というより無意識にナイスアシストをしてしまったようだ。
敵を欺くにはまず味方から、ということか。
だが、問題はここからである。
「あ、羽島くん。もう皆揃ってるよ!」
俺はサークルメンバー全員が集合している旅館の裏庭へ急いだ。
俺たちが着く頃には、既に徳山から計画について説明がされていたようで、皆安堵の表情を浮かべていた。
真夏ではあるが、夕方で山間部ということもあり、やはり少し肌寒い。
冷静に考えてみると、この場で皆を待機させておくというのも酷な話だ。
「そうか。悪い。もう説明してもらったみたいだな」
俺の言葉を遮るように会長が割り込んでくる。
「キミたちも中々洒落たこと考えるじゃないか……」
「会長……。ま、まぁ浜松の案なんで、俺たちはその補佐みたいなもんで……」
「いや、良いと思うよ、ホントに。副会長には何かとお株を奪われることが多かったけど、まさかこんなところでも先を越されるなんてな!」
そうだった……。
この人まだ就職決まってなかったんだ……。
その件について、浜松はどう思ってるんだろうか。
「おっと、くれぐれも勘違いしないでくれよ! 俺は褒めてるんだ。『内定の取れていない俺への当てつけだ……』なんてコレっっっっっっぽっちも思ってないから、キミたちは存分に誇りたまえ! ハッハッハッ!!」
そう言って、会長は目頭を抑えながら去っていってしまった。
あぁ、なんかごめんなさい……。
あの、ホントに応援してるんで、これからも頑張って下さい!
「なんか会長には悪いことしちゃったね……」
「……まぁ、人生なんてタイミングだ。それに俺たちも数年もすりゃ他人事じゃなくなる」
「そ、そうだね……。ははは」
楽しい合宿旅行に水を差してしまった感は否めないが、それでも時間は進んでいく。
今は、このサプライズ成功に全力を注ぐべきだ。
その後、先輩たちには一足先に所定の場所へ向かってもらった。
「……でさぁ、問題はこの後だよね?」
そうだ。徳山の言う通り問題はこの後だ。
「だよね〜。ていうか徳ちゃん刺されたなら、ここにいたらマズくない?」
岩国が言うように、確かに不味い。
徳山が巻き込まれたトラブル。
それはどこからか侵入してきた謎の快楽殺人鬼の手によって、刺されるというものである。
浜松曰く、『大きな嘘は見破られにくい』というが、モノには限度がある。
果たして、副会長は気付くのか。
いや……。最終的に気付いた上でどう振る舞うかが、ポイントなのだろう。
「うん。だから僕も副会長が来たら、先輩たちのところに行くよ」
「そう言えば素朴な疑問なんだが……」
「何? 羽島くん?」
「旅館の人に話通してあるのか?」
「うん。今日は一応貸し切りで、他のお客さんもいないみたいだしね。『朔良ちゃんのやってみたいことだったら……』って言ってたし」
「そっか。そりゃ良かったな。理解のあるオーナーさんで」
確かに他の客が居たらまず出来まい。
この土壇場で融通を利かせてくれたオーナーさんには感謝してもしきれない。
「あっ! 副会長来たみたい! 徳ちゃん、行くよ!」
「う、うん。じゃあ羽島くん。あと、よろしくね!」
「おう。任せとけ」
暗闇の向こうから、副会長がやってきた。
薄暗い中でも、困惑の表情を隠せていない。
さて、ここからいよいよ俺の出番だ。
「浜松のヤツ、大丈夫でしたか?」
「う、うん。一応彼女の部屋まで送り届けたから、大丈夫だと思うよ。尾道さんも居るし」
「ホントにすみません……。あの馬鹿っ! こんな時に何やってんだ!」
我ながら何と白々しい。
だが、例え二束三文の芝居だとしても、最後まで全力で演じるのが相手への礼節だと浜松は言っていた。
「ま、まぁまぁ。私の方は全然大丈夫だからさっ。それより徳山くんは?」
「それなんですけど、実は……」
俺は副会長に、徳山が何者かの手により刺されたこと。
その後、徳山は近くの診療所へ運ばれたこと。
他のメンバーは既に徳山が運ばれた診療所へ向かっていること。
そして、犯人は今も逃亡中であること、を伝えた。
「えぇっ!!?? それ、本当なの?」
不味い。いきなり疑われている。
だが、ここで怯んでいてはここまでの努力が無駄になる。
「俺だって信じたくないですっ! クソッ! 犯人の野郎、よくも徳山をっ!」
俺の迫真()の演技に副会長はますます困惑の度合いを強める。
それは徳山が刺されたことや、犯人が捕まっていないことに向けてではない。
もはや、この場で何を信じていいか分からないことについてだろう。
「そ、そっか……。一応、病院で診てもらってるんだよね? だったら、経過を待つしかない、か。後は警察も呼ばないと、だね」
まぁ、それが常識的な判断だろう。
だが、副会長。アンタは知らない。
目の前の男はアンタが思ってるより、ずっと頭がおかしいということを!
「副会長っ! 俺、やっぱ犯人のこと許せないです! 警察が来る前に、俺自身の手で捕まえに行きます!」
どうした俺の正義感? などと自問自答しているヒマはない。
俺は、副会長の前で高らかに宣言した後、一目散に旅館に隣接している森林の奥へ駆けていく。
「えぇーーーっ!!?? ちょっ!? 待ってよーーーー!」
副会長はそれに呼応するように、俺の後を追ってくる。
ここまでは非常に順調と言っていい。
「やっと追いついた……。勝手に行かないでよ。単独行動が一番危険でしょ?」
薄暗い林道を副会長がギリギリ追いつけるペースで走り、俺は彼女と無事に合流することが出来た。
副会長は肩で息をしながらも、一分の隙もない正論を滔々と述べてくる。
「ごめんなさい。つい、自分が抑えられなくて……」
「羽島くん。そんなキャラだっけ?」
違います。
どちらかというと、犯人の靴をナメてでも自分だけは助かりたいタイプです。
「でも聞いて下さい、副会長! さっき走りながら、怪しい人影を見かけたんです!」
「そ、そっか……。で、どうするつもりなの?」
「も、もちろん、捕まえますよ!」
正直、もう限界を感じている。
そりゃ、もうイロイロと。
そして、俺の中で新たな黒歴史が生まれてしまったことを確信した。
「そ、そっか……。うん。分かったよ……」
恐らく、既に彼女はある程度察している。
その上で、こうして俺の茶番に付き合おうとしてくれているのだろう。
そう思えば、浜松の言っていることは正しかったのかもしれない。
ならば、その善意に全力で応えるまでだ。
「いいですか? 副会長。男はこの先のキャンプ場の方へ向かいました。俺が先に行くんで、副会長は一旦ここで待機してて下さい!」
「う、うん、分かったよ」
今後は、まず俺が先にキャンプ場へ入り、岩国扮する快楽殺人鬼を羽交い締めにする。
その後スグに犯人を拘束したことを副会長に報告。
そして、先回りして準備に入っていた浜松たちのクラッカーで、副会長をお出迎え。
プレゼントを渡して祝勝会スタート、という流れだ。
「じゃあ、副会長。俺が良い、と言うまで動いちゃダメですよ!」
さて、早くもこの茶番も佳境を迎えようとしている。
今思えば、ここまでする必要があったのか大いに疑問だが、最後までやり切ることに意義があるのだろう。
労力に見合うだけの反応が得られることを切に願うばかりだ。
一足先にキャンプ場へ向かったが、クラッカーやプレゼントなどサプライズの準備がされたような形跡はなく、大凡副会長を出迎える準備など出来ている様子はなかった。
更に言えば、岩国や先輩たちの表情には不安の色が滲み出ていた。
「おいっ! もうすぐ副会長来るぞ!」
「あっ! 望ちゃん!」
俺が岩国に近づくと、待っていたとばかりに反応する。
「それがね……。朔良ちゃんたち、まだ来てないの!」
「は? マジで?」
「そうなの! だからクラッカーとかプレゼントとか、まだ手元にないの!」
何やってるんだ、アイツは。
お前がこの場にいないと全部台無しだろうが。
「そうか……。電話はしてみたか?」
「それが全く繋がらないの! 徳ちゃんからもしてもらったんだけど……」
「ごめんね。羽島くん……」
どうなってやがんだ。
完全に想定外の現実に、嫌でも良からぬ想像が働く。
先輩たちの表情も、次第に不安の色が強まっていく。
「分かった! 俺からも電話してみる」
「うん! お願い!」
……………………ダメだ。出ない。
その後も何度か掛けてみるも、なしの礫だ。
「すまん、出ない」
「そうだ! 尾道ちゃんも一緒だよね? 尾道ちゃんはどうかな!?」
「そうだな。掛けてみる!」
俺は再びスマホを手に取り、尾道の番号に電話を掛ける。
……………………ダメだ。
するとそれと同時に、痺れを切らした副会長がキャンプ場へ入ってきた。
「羽島くん、まだかな……、って岩国くんと徳山くんにみんな!? どうしたの!?」
彼女は俺たちを見渡し驚愕する。
仕方ない。事情が変わってしまったからには話さざるを得ない。
俺は副会長に経緯を話し、協力を要請した。
「そうか、そうだったんだね。分かった。私からも電話してみるね。あと旅館の人にも報告しないとね」
「すみません……」
「ううん。そうだね……、後でイロイロ聞きたいことはある、かな?」
副会長はそう言って、困ったようにニコリと微笑む。
計画がぐだついた上に余計な手間を取らせてしまったことに、一抹の罪悪感を覚える。
副会長がスマホを手に取り耳に当てた時、不意に俺のスマホの着信が鳴り響く。
尾道だ……。
一同が見守る中、俺は息を呑み、〝応答〟をタップする。
「もしもし、尾道か? は? え? 本当かっ!? 分かった。すぐに行く。 じゃあまた後でな」
正直、突然のことで頭がついていかない。
「羽島くん……、何だって?」
副会長が恐る恐る聞いて来る。
「浜松が倒れたらしいです……」