「あれ? 羽島くんだよね? 久しぶり! でもないかっ」
一週間も半分を過ぎると、もはや無の境地だ。
月曜日を『魔の月曜日』というなら、水曜日は『無の水曜日』と呼ぶべきか。
思考停止こそ、この全体主義社会を生きる上で最も優れた処世術と言っていいだろう。
余計な思想など、何も持たない、何も足さない、何も引かない。
いやはや、この社畜としての仕上がり具合、どこぞのウィスキーメーカーも舌を巻くはずだ。
もっともそれは俺だけでなく、この国で働く全ての人々に言えることかも知れないが。
さてそのように、本来であれば余計な思想など介入する余地もない時期なのだが、今日ばかりはそうもいかないようだ。
というのも、今目の前にいる男は僅か3日程前に出会った、見覚えのある人物だからだ。
何の因果かは知らないが、水曜日にしては比較的に早く終業したので雑誌の一つでも立ち読みして帰ろうと、会社の最寄りの本屋に立ち寄ってしまったのが運の尽きだった。
お目当ての週刊誌を手に取ろうとした時、ヤツの手が偶然重なる。
それにしても、この男の所作がイチイチ気に入らない。
『久しぶり』と宣った後スグに訂正し、そのワザとらしい爽やかな笑みで煙に巻こうとする姿を見ると、如何にこの男がその場の雰囲気に合わせ、柔軟に生きているかが分かる。
本人に悪気はないのかもしれないが、いずれにしても他人にあまり興味がない証拠とも言える。
そんな男を敢えて好意的に見るならば、俺の名前を覚えていたことくらいは褒めてやってもいい。
「あぁ、3日ぶりだな。会社近いのか?」
俺は苛立ちを隠すため、極めて淡々と事務的に応えた。
「ううん。お客さんの会社に近いってだけだよ。羽島くんは……、今帰り?」
「ん。あ、あぁ、そうだな」
「そっか」
正直もう帰りたい。
俺の中でコイツは、他人以上知り合い未満くらいの存在だ。
そんな男との立ち話など、罰ゲーム以外の何物でもない。
「そう言えばさ……、あの後どうだっだ?」
「どうだった、てのは……。すまん、どういうことだ?」
「いやさ。彼女、大変そうにしてたからさ」
大変そう、と言ったか?
コイツは俺たちが何をしていたか知っているのか?
米原が喋った可能性も考えられるが。
しかし、それなら不味い。
次のターゲットは、一応コイツだ。
「……大変そうも何も、恋人同士楽しそうにしてたじゃねぇか」
俺はその場で出来る限り、惚けて応えた。
「ふーん。そっか。そういうこと、か」
「……だから何だよ」
「ごめんごめん! 何でもない! 金曜日楽しみにしてるって、彼女にも伝えておいてよ。あっ。雑誌いいよ。読んで。俺はまたの機会にするから」
「お、おう。何か悪いな」
「ううん! じゃあまた」
そう言い、背中を見せたかと思うと去り際にこう漏らす。
「あのさ……、ひょっとして羽島くんって、大学時代は映研(映画研究サークル)だった?」
「……は? 何で知ってんだよ」
「そっか。やっぱり……」
何となく嫌な予感はしていた。
俺の心当たりを一つずつ紐解いていけば、三島の正体が分かるかもしれない。
だが……。
残念ながら、今の俺にはそれが出来そうにない。
「ごめんね、何度も。じゃあまた、金曜日!」
「あ、あぁ、またな」
久しぶり、か。
確かに久しぶりかもな。
もし、俺の被害妄想が正しければ。
一週間も半分を過ぎると、もはや無の境地だ。
月曜日を『魔の月曜日』というなら、水曜日は『無の水曜日』と呼ぶべきか。
思考停止こそ、この全体主義社会を生きる上で最も優れた処世術と言っていいだろう。
余計な思想など、何も持たない、何も足さない、何も引かない。
いやはや、この社畜としての仕上がり具合、どこぞのウィスキーメーカーも舌を巻くはずだ。
もっともそれは俺だけでなく、この国で働く全ての人々に言えることかも知れないが。
さてそのように、本来であれば余計な思想など介入する余地もない時期なのだが、今日ばかりはそうもいかないようだ。
というのも、今目の前にいる男は僅か3日程前に出会った、見覚えのある人物だからだ。
何の因果かは知らないが、水曜日にしては比較的に早く終業したので雑誌の一つでも立ち読みして帰ろうと、会社の最寄りの本屋に立ち寄ってしまったのが運の尽きだった。
お目当ての週刊誌を手に取ろうとした時、ヤツの手が偶然重なる。
それにしても、この男の所作がイチイチ気に入らない。
『久しぶり』と宣った後スグに訂正し、そのワザとらしい爽やかな笑みで煙に巻こうとする姿を見ると、如何にこの男がその場の雰囲気に合わせ、柔軟に生きているかが分かる。
本人に悪気はないのかもしれないが、いずれにしても他人にあまり興味がない証拠とも言える。
そんな男を敢えて好意的に見るならば、俺の名前を覚えていたことくらいは褒めてやってもいい。
「あぁ、3日ぶりだな。会社近いのか?」
俺は苛立ちを隠すため、極めて淡々と事務的に応えた。
「ううん。お客さんの会社に近いってだけだよ。羽島くんは……、今帰り?」
「ん。あ、あぁ、そうだな」
「そっか」
正直もう帰りたい。
俺の中でコイツは、他人以上知り合い未満くらいの存在だ。
そんな男との立ち話など、罰ゲーム以外の何物でもない。
「そう言えばさ……、あの後どうだっだ?」
「どうだった、てのは……。すまん、どういうことだ?」
「いやさ。彼女、大変そうにしてたからさ」
大変そう、と言ったか?
コイツは俺たちが何をしていたか知っているのか?
米原が喋った可能性も考えられるが。
しかし、それなら不味い。
次のターゲットは、一応コイツだ。
「……大変そうも何も、恋人同士楽しそうにしてたじゃねぇか」
俺はその場で出来る限り、惚けて応えた。
「ふーん。そっか。そういうこと、か」
「……だから何だよ」
「ごめんごめん! 何でもない! 金曜日楽しみにしてるって、彼女にも伝えておいてよ。あっ。雑誌いいよ。読んで。俺はまたの機会にするから」
「お、おう。何か悪いな」
「ううん! じゃあまた」
そう言い、背中を見せたかと思うと去り際にこう漏らす。
「あのさ……、ひょっとして羽島くんって、大学時代は映研(映画研究サークル)だった?」
「……は? 何で知ってんだよ」
「そっか。やっぱり……」
何となく嫌な予感はしていた。
俺の心当たりを一つずつ紐解いていけば、三島の正体が分かるかもしれない。
だが……。
残念ながら、今の俺にはそれが出来そうにない。
「ごめんね、何度も。じゃあまた、金曜日!」
「あ、あぁ、またな」
久しぶり、か。
確かに久しぶりかもな。
もし、俺の被害妄想が正しければ。