「えっと……、それはマニュアルですか?」
米原からの依頼を受けて、俺は豊橋さんに連絡をする。
どうやら、豊橋さんの合コン参加は、三島たっての希望らしい。
事情が許せば、『お前如きにウチの娘はやれん』とばかりに、合コンの誘い自体を一蹴したいところだが、そうは問屋が卸さないのが悲しいところである。
というのも、米原は三島にある借りがあるらしい。
何でも、前回の合コンの幹事は、本来は米原だったようだ。
しかし、当時仕事が立て込んでいた米原は、三島に幹事の交代を要請する。
元々、米原が言い出しっぺという負い目もあり、三島の頼みを聞かざるを得なかったようだ。
何というか……、こういうところは律儀な男なんだと、改めて実感する。
そして、斯くいう俺自身も米原には多大な借りがある。
無論、カフェ代2310円などではない。
いや、それも含まれるが、特にここ数ヶ月はコイツに世話になりっぱなしだ。というより、負い目があると言った方が正しいかもしれない。
実際にキャバクラを奢る約束もしたが、それだけで事足りるとも思っていない。
だからこそ、気は進まないながらも、こうして豊橋さんにアポイントを取っているのだが……。
そして、当の豊橋さんは当然とばかりに、この一件も例のマニュアル作りだと思っているようだ。
「いーや。これはただの合コンだ。純度100%のな」
「そ、そうですか。ご、合コンかぁ……」
おっと。この返答は恐らくそういうことですね。
「なぁ。一応聞いておくが、合コンは」
「初めてです」
「了解、了解。オールOKだ。むしろ、豊橋さんが百戦錬磨だったら、ショックで3日寝込みそうだったわ」
「ば、馬鹿にしないで下さい! わ、私だって、その……」
「私だってその?」
「……い、いえっ!! で、今回私はどうすればいいのでしょうか?」
「どうしろって言われてもなぁ……。豊橋さんを指名したのは、その三島ってヤツだしな。どういう意図があんのか知らんけど」
俺がそう言うと、豊橋さんは黙り込んでしまった。
当然と言えば、当然か。
彼女はまだ三島と面識がない。見知らぬ男からのご指名とあらば、嫌でも警戒する。
ましてや、相手は豊橋さんだ。
このイベント、豊橋さんにとってある意味マニュアル作りよりもハードルが高いかもしれない。
「あ、あのもし良かったらなんですけど、今回は自分でイロイロやってみたいなぁ、なんて……」
そんな思考に耽りながら彼女の返事を待っていると、思わぬ言葉が返ってきた。
「はぁ? イロイロって……、すまん。どういうことだ?」
「で、ですから、今回は羽島さんの作った台本じゃなくて、自分なりに考えてやってみようかなって……」
「いやいや! 考えるも何もタダの合コンって言っただろ?」
「そ、そうなんですけど、私的にはやっぱり目標というか、そんなのがあった方がやりやすいかなって思って……」
まぁ豊橋さんの言いたいことも分からんでもない。
経験のない合コンで、どう立ち振る舞ったらいいか分からず右往左往するよりも、デート商法の一貫として、役に成りきった方が心持ちとしては楽かも知れない。
「そ、それで、なんですけど、相手はその三島さん? って方で良いですかね?」
彼女にそう言われた時、心がざわついた。
豊橋さんと三島が、か。
確かに他のメンバーとは面識がない。
そう思えば、米原とも交流のある三島をターゲットにするのは理に適っているかもしれない。
だが、本当に豊橋さんと三島を近づけて良いものだろうか。
そもそも、三島の狙いは何なんだ?
単純に豊橋さんのことを狙っているだけか?
「……まぁそれでいいけど、あんま無理すんなよ? 露骨にやると他の女子から反感食らうかもしれんぞ。三島モテるっていうからよ」
「は、はい! 気を付けます!」
「それに俺が台本を作らない以上、何かあってもフォローし切れるか分からん」
「もちろんっ! 承知の上です!」
「……まぁそうだな。一つだけ言えることは、あんま張り切るなってことだ。自然体でいけ」
「し、自然体……」
言ったそばから後悔する。
こういう抽象的な表現では余計に悩ませてしまう。
「……兎に角だな。その場をストレスなくやり過ごすことを最優先に考えろ! 自然体でポロッと出た時の嘘の方がバレにくいってモンだよ」
必死にソレらしいことを述べて、取り繕うが、自分で言っていてよく分かっていない。
やはり、三島と豊橋さんが近づくことに少し動揺しているのか。
親心とは何と厄介なものだろうか。
「はぁ……、何となく分かりました! い、いよいよ、独り立ちと思うと武者震いしますっ!」
「いや、だから気張んなっての!」
「そ、そうですけど! それに……」
「……それに?」
「い、いえ、何でも! ではまた明日! 宜しくお願いしますっ!」
「落ち着け……。合コンは金曜日だ……」
別に確たるものなんてない。
野生の勘というか、お得意の被害妄想というか。
ただの思い過ごしと言えばそれまでだが、今回ばかりは不安で堪らない。
そして、大変遺憾ながら、俺はその不安の正体に気付きつつある。
それは他ならぬ、俺自身が前に進む上で必要なプロセスなのかもしれない。
米原からの依頼を受けて、俺は豊橋さんに連絡をする。
どうやら、豊橋さんの合コン参加は、三島たっての希望らしい。
事情が許せば、『お前如きにウチの娘はやれん』とばかりに、合コンの誘い自体を一蹴したいところだが、そうは問屋が卸さないのが悲しいところである。
というのも、米原は三島にある借りがあるらしい。
何でも、前回の合コンの幹事は、本来は米原だったようだ。
しかし、当時仕事が立て込んでいた米原は、三島に幹事の交代を要請する。
元々、米原が言い出しっぺという負い目もあり、三島の頼みを聞かざるを得なかったようだ。
何というか……、こういうところは律儀な男なんだと、改めて実感する。
そして、斯くいう俺自身も米原には多大な借りがある。
無論、カフェ代2310円などではない。
いや、それも含まれるが、特にここ数ヶ月はコイツに世話になりっぱなしだ。というより、負い目があると言った方が正しいかもしれない。
実際にキャバクラを奢る約束もしたが、それだけで事足りるとも思っていない。
だからこそ、気は進まないながらも、こうして豊橋さんにアポイントを取っているのだが……。
そして、当の豊橋さんは当然とばかりに、この一件も例のマニュアル作りだと思っているようだ。
「いーや。これはただの合コンだ。純度100%のな」
「そ、そうですか。ご、合コンかぁ……」
おっと。この返答は恐らくそういうことですね。
「なぁ。一応聞いておくが、合コンは」
「初めてです」
「了解、了解。オールOKだ。むしろ、豊橋さんが百戦錬磨だったら、ショックで3日寝込みそうだったわ」
「ば、馬鹿にしないで下さい! わ、私だって、その……」
「私だってその?」
「……い、いえっ!! で、今回私はどうすればいいのでしょうか?」
「どうしろって言われてもなぁ……。豊橋さんを指名したのは、その三島ってヤツだしな。どういう意図があんのか知らんけど」
俺がそう言うと、豊橋さんは黙り込んでしまった。
当然と言えば、当然か。
彼女はまだ三島と面識がない。見知らぬ男からのご指名とあらば、嫌でも警戒する。
ましてや、相手は豊橋さんだ。
このイベント、豊橋さんにとってある意味マニュアル作りよりもハードルが高いかもしれない。
「あ、あのもし良かったらなんですけど、今回は自分でイロイロやってみたいなぁ、なんて……」
そんな思考に耽りながら彼女の返事を待っていると、思わぬ言葉が返ってきた。
「はぁ? イロイロって……、すまん。どういうことだ?」
「で、ですから、今回は羽島さんの作った台本じゃなくて、自分なりに考えてやってみようかなって……」
「いやいや! 考えるも何もタダの合コンって言っただろ?」
「そ、そうなんですけど、私的にはやっぱり目標というか、そんなのがあった方がやりやすいかなって思って……」
まぁ豊橋さんの言いたいことも分からんでもない。
経験のない合コンで、どう立ち振る舞ったらいいか分からず右往左往するよりも、デート商法の一貫として、役に成りきった方が心持ちとしては楽かも知れない。
「そ、それで、なんですけど、相手はその三島さん? って方で良いですかね?」
彼女にそう言われた時、心がざわついた。
豊橋さんと三島が、か。
確かに他のメンバーとは面識がない。
そう思えば、米原とも交流のある三島をターゲットにするのは理に適っているかもしれない。
だが、本当に豊橋さんと三島を近づけて良いものだろうか。
そもそも、三島の狙いは何なんだ?
単純に豊橋さんのことを狙っているだけか?
「……まぁそれでいいけど、あんま無理すんなよ? 露骨にやると他の女子から反感食らうかもしれんぞ。三島モテるっていうからよ」
「は、はい! 気を付けます!」
「それに俺が台本を作らない以上、何かあってもフォローし切れるか分からん」
「もちろんっ! 承知の上です!」
「……まぁそうだな。一つだけ言えることは、あんま張り切るなってことだ。自然体でいけ」
「し、自然体……」
言ったそばから後悔する。
こういう抽象的な表現では余計に悩ませてしまう。
「……兎に角だな。その場をストレスなくやり過ごすことを最優先に考えろ! 自然体でポロッと出た時の嘘の方がバレにくいってモンだよ」
必死にソレらしいことを述べて、取り繕うが、自分で言っていてよく分かっていない。
やはり、三島と豊橋さんが近づくことに少し動揺しているのか。
親心とは何と厄介なものだろうか。
「はぁ……、何となく分かりました! い、いよいよ、独り立ちと思うと武者震いしますっ!」
「いや、だから気張んなっての!」
「そ、そうですけど! それに……」
「……それに?」
「い、いえ、何でも! ではまた明日! 宜しくお願いしますっ!」
「落ち着け……。合コンは金曜日だ……」
別に確たるものなんてない。
野生の勘というか、お得意の被害妄想というか。
ただの思い過ごしと言えばそれまでだが、今回ばかりは不安で堪らない。
そして、大変遺憾ながら、俺はその不安の正体に気付きつつある。
それは他ならぬ、俺自身が前に進む上で必要なプロセスなのかもしれない。