安城がトイレへ向かうと、俺はすかさずスマホを手に取り、米原へ電話を掛ける。
「米原、か。奴はトイレへ行った。あぁ。来るなら今の内だ。準備はいいか? 分かった。待ってる」
電話を切った直後、思わず笑みが溢れてしまう。
いよいよキックオフかと思うと、どこか落ち着かない。
俺はやはり、安城が言う通りサイコパスなのだろうか。
「お、おぉ……。羽島。お前も不審者ヅラが板についてきたな……」
聞き飽きた声がする方へ首を向けると、そこには既に仕掛けの準備を終えた米原が、苦笑しながら俺を見つめていた。
生意気にも俺を一端の不審者扱いしてきた米原だが、今日のお前にだけは言われたくないとだけは言っておこう。
それもそのはず……。
「おはよう、米原。よく似合ってんな。どこからどう見ても職質案件だ」
「お前の指示だろうが! まぁ、一足先に温泉に入らせてもらったのは良かったけどよ」
確かに言われて見れば、心なしか肌がツヤツヤしている気もするが……。
しかし、そんなことは心底どうでもいい。
そう。米原が腹を下して遅延した、というのは真っ赤な嘘だ。
米原には前乗りしてもらい、諸々の準備をしてもらった。
そして特筆すべきは、今日の米原の様相である。
野球帽を目元まで被り、マスクとサングラスを着用。
更には、真夏の太陽に喧嘩を売るかのように無骨に着こなしたダウンジャケット。
極めつけは、その薄黒いサングラスの奥底から光る冷淡な眼光。
端的に言えば、もう数人はヤっていても不思議ではないビジュアルだ。
奇しくも、先日の一件で米原には演技力というか、ハッタリ力というか、そんなものがあることが発覚した。
そこで米原には、カワイイ後輩たちのために一芝居打ってもらうことにした。
米原は快諾してくれ今に至るが、いやはや……。
泊りがけで準備してもらっただけある。
教科書通りのTHE・不審者が、今ココに誕生した!
所詮は素人が演ずる二束三文の芝居。
安城がどこまで本気にするか分からないが、今の奴には少しばかりのドラマが必要だ。
強烈な非日常を体験することによって、彼女の記憶を上書きしてしまう、というのが俺の目論見だ。
無論、舞台は公共の施設なのであまり調子に乗るのも不味い。
だから、わざわざ人のいないこの時間帯を選んだのだ。
「まぁ派手にやりすぎないようにな。流石に警察沙汰は勘弁だ」
「分かってるよ。いやぁ、楽しみだな! 無垢な人間の泣き叫ぶ顔が見られるなんてな!」
果たして、米原はその発言の危うさに気付いているのだろうか。
どこぞのRPGのボスキャラのようなセリフを吐く米原を華麗にスルーし、俺は今日の流れを米原に説明した。
「なるほどな。俺の方は大丈夫だけどさ。肝心な豊橋さんはどしたよ?」
「それなんだよな……。もうすぐ来るとは言ってたんだが……」
「あの……、お待たせしました」
改札の方角し、後方へ振り向く。
すると、ハーフスリーブの白いロングワンピースで身を包んだ豊橋さんの姿があった。
レース素材が何とも涼しげで、可愛らしさの中に上品さも共存している。
思えば、こんな豊橋さんの姿を見るのは、初めてかもしれない。
そんな俺の想いを他所に、当の本人は手持ちのハンドバッグを自信なさげにブラブラとさせている。
「おう。おはよう! いい感じじゃねぇか」
「はい。一応羽島さんの指示通りに着てきたんですが……」
「完璧だ。安城好みのファッションだ」
俺がそう言うと、米原は俺の耳元で要らぬことを呟いてくる。
「ホントはお前の趣味だろ?」
コイツは……。
とは言え、完全に否定しきれないところが悔しい。
やはり、俺と安城は根っこの部分で同類なのだろう。
いや。そもそも米原はそういう意味で言ったわけではないのだろうが。
「……で、だな。具体的には電話で話した通りなんだが」
「あのっ! すみません……、ちょっと聞いていいですか?」
「お? 何だ?」
「その、確認なんですけど、安城さん? でしたっけ? その方は羽島さんと同じタイプなんですよね?」
豊橋さんの問いかけに、俺より先に米原が反応する。
「あぁ! もう、チョーーーーーーゼツ陰キャだ! 豊橋さんも気をつけた方がいいよ!」
「お前、そもそも初顔合わせもまだだろ……。まぁそうだな。タイプとしては一緒だな。誠に遺憾ながら」
「そ、そうですか。あ、安心しました!」
「そうか……。何が、かは敢えて聞かん。というより、聞いたら無駄に傷つく気がする」
「そんなコト言ってっから陰キャなんだろうが! まぁいいや、豊橋さん! 今日はお互い頑張ろう!」
「は、はい。頑張りましょう」
活きの良い協力者に一抹の不安を覚えながらも、俺たちのマニュアル作り第二章は始まった。
「米原、か。奴はトイレへ行った。あぁ。来るなら今の内だ。準備はいいか? 分かった。待ってる」
電話を切った直後、思わず笑みが溢れてしまう。
いよいよキックオフかと思うと、どこか落ち着かない。
俺はやはり、安城が言う通りサイコパスなのだろうか。
「お、おぉ……。羽島。お前も不審者ヅラが板についてきたな……」
聞き飽きた声がする方へ首を向けると、そこには既に仕掛けの準備を終えた米原が、苦笑しながら俺を見つめていた。
生意気にも俺を一端の不審者扱いしてきた米原だが、今日のお前にだけは言われたくないとだけは言っておこう。
それもそのはず……。
「おはよう、米原。よく似合ってんな。どこからどう見ても職質案件だ」
「お前の指示だろうが! まぁ、一足先に温泉に入らせてもらったのは良かったけどよ」
確かに言われて見れば、心なしか肌がツヤツヤしている気もするが……。
しかし、そんなことは心底どうでもいい。
そう。米原が腹を下して遅延した、というのは真っ赤な嘘だ。
米原には前乗りしてもらい、諸々の準備をしてもらった。
そして特筆すべきは、今日の米原の様相である。
野球帽を目元まで被り、マスクとサングラスを着用。
更には、真夏の太陽に喧嘩を売るかのように無骨に着こなしたダウンジャケット。
極めつけは、その薄黒いサングラスの奥底から光る冷淡な眼光。
端的に言えば、もう数人はヤっていても不思議ではないビジュアルだ。
奇しくも、先日の一件で米原には演技力というか、ハッタリ力というか、そんなものがあることが発覚した。
そこで米原には、カワイイ後輩たちのために一芝居打ってもらうことにした。
米原は快諾してくれ今に至るが、いやはや……。
泊りがけで準備してもらっただけある。
教科書通りのTHE・不審者が、今ココに誕生した!
所詮は素人が演ずる二束三文の芝居。
安城がどこまで本気にするか分からないが、今の奴には少しばかりのドラマが必要だ。
強烈な非日常を体験することによって、彼女の記憶を上書きしてしまう、というのが俺の目論見だ。
無論、舞台は公共の施設なのであまり調子に乗るのも不味い。
だから、わざわざ人のいないこの時間帯を選んだのだ。
「まぁ派手にやりすぎないようにな。流石に警察沙汰は勘弁だ」
「分かってるよ。いやぁ、楽しみだな! 無垢な人間の泣き叫ぶ顔が見られるなんてな!」
果たして、米原はその発言の危うさに気付いているのだろうか。
どこぞのRPGのボスキャラのようなセリフを吐く米原を華麗にスルーし、俺は今日の流れを米原に説明した。
「なるほどな。俺の方は大丈夫だけどさ。肝心な豊橋さんはどしたよ?」
「それなんだよな……。もうすぐ来るとは言ってたんだが……」
「あの……、お待たせしました」
改札の方角し、後方へ振り向く。
すると、ハーフスリーブの白いロングワンピースで身を包んだ豊橋さんの姿があった。
レース素材が何とも涼しげで、可愛らしさの中に上品さも共存している。
思えば、こんな豊橋さんの姿を見るのは、初めてかもしれない。
そんな俺の想いを他所に、当の本人は手持ちのハンドバッグを自信なさげにブラブラとさせている。
「おう。おはよう! いい感じじゃねぇか」
「はい。一応羽島さんの指示通りに着てきたんですが……」
「完璧だ。安城好みのファッションだ」
俺がそう言うと、米原は俺の耳元で要らぬことを呟いてくる。
「ホントはお前の趣味だろ?」
コイツは……。
とは言え、完全に否定しきれないところが悔しい。
やはり、俺と安城は根っこの部分で同類なのだろう。
いや。そもそも米原はそういう意味で言ったわけではないのだろうが。
「……で、だな。具体的には電話で話した通りなんだが」
「あのっ! すみません……、ちょっと聞いていいですか?」
「お? 何だ?」
「その、確認なんですけど、安城さん? でしたっけ? その方は羽島さんと同じタイプなんですよね?」
豊橋さんの問いかけに、俺より先に米原が反応する。
「あぁ! もう、チョーーーーーーゼツ陰キャだ! 豊橋さんも気をつけた方がいいよ!」
「お前、そもそも初顔合わせもまだだろ……。まぁそうだな。タイプとしては一緒だな。誠に遺憾ながら」
「そ、そうですか。あ、安心しました!」
「そうか……。何が、かは敢えて聞かん。というより、聞いたら無駄に傷つく気がする」
「そんなコト言ってっから陰キャなんだろうが! まぁいいや、豊橋さん! 今日はお互い頑張ろう!」
「は、はい。頑張りましょう」
活きの良い協力者に一抹の不安を覚えながらも、俺たちのマニュアル作り第二章は始まった。