「それで急に別れるとか言うんすよ!! ホント意味分かんないっすよね!? 女って!!」
「分かった! 分かったから! 頼むから、備え付け爪楊枝の柄の部分を片っ端から折るのはやめろ。どこのバ○ッターだ」

 7月に入り、梅雨の湿度は次第に勢力を弱め、季節はいよいよ夏本番へと進みつつある。
 通常であれば、喧騒に包まれた大衆居酒屋など縁もゆかりもない地なのだが、今日については些か事情が異なる。
 それもそのはず。
 俺は先日安城と交わした()()を果たした。
 飲みの約束の半数以上は社交辞令などという言説もあるが、俺と安城との間にそんなものはないと信じたい。
 つーか、一応俺から誘ったんだし……。
 そんな俺の心境などどこ吹く風とばかりに、当の本人は向かいの席でビールジョッキを片手に、これでもかというほど乱れている。
 思えば、安城がこうして荒れている姿は非常に新鮮だ。
 何でもつい先日、彼女から電話口で唐突に別れを切り出された、とか。

 安城は、俺と同族に当たる。
 学生時代も、休日はゲームのち配信動画、時々読書(主にラノベ)と、生粋のインドア派だった。
 だからというわけではないが、リアルな女性と触れ合う機会も多い方ではないし、先日遊園地で偶然あった時も『彼女連れ』と聞いて内心驚愕していた。
 無論、俺とてコイツを上から目線でエラそうに論評できる身分でないことは百も承知だ。
 だが、そこで穿った見方をしてしまうのも、俺自身の性格の悪さというか、底意地の悪さ、ということだろうか。
 米原曰く俺は陰キャらしいが、いよいよ言い逃れが出来なくなってきたことを痛感する今日この頃である。

「今までスゲェ上手くいってたと思ってたのに……。どう思います? 羽島さん!」
「つってもなぁ。お前らのこと良く知らんし……。何か前兆みたいなモンはなかったのか?」
「前兆、ですか? そうっすね……、最近電話に出るのが、平均で3コールだったのが6コールになったりとか、彼女が待ち合わせに10分遅れた時に1時間くらい問い詰めたらその日一日中不機嫌だったり、SNSで『何か疲れちゃった……』とか意味深なこと呟いてたから、合計2000文字くらいのリプライ飛ばして元気づけたら『何も分かってない……』って返信がきたり、とかっすかね』

 こりゃ参った。思ったよりも重症だ。
 まぁ国家権力すらも手に負えない最凶モンスターが誕生してしまう前に気づけたことは、ファインプレーかもしれない。

「うん、よく分かったよ。お前をこのまま野放しにしちゃいけないっつぅことは」
「なんすかソレッ! コッチは本気で悩んでるのに!」

 とは言え、安城が悪いヤツかと言えば、そういうわけではないと思う。
 得てしてモテない男子にありがちな『この娘で決めなけりゃ俺一生独りやわ……症候群』に陥っているのだろう。
 だから、周りが見えなくなっている。
 一番大切なはずの彼女の気持ちさえも。

「はぁ。このまま独りで死ぬのかなぁ……、俺」

 そう呟き、安城は絶望に打ちひしがれる。
 事情を聞いてしまったからには、先輩として何とかしてやりたい気持ちはある。
 しかし、これは相手がいる問題だ。
 今さら、彼女の気持ちを元に戻せるとは限らない。
 だが、再発防止策は取れる。
 今後安城の愛情が空回りして、取り返しのつかない事態に発展してしまわぬよう、導いてやる必要がある。
 まぁ要するに、『女は一人だけじゃない』って思えれば人生変わる、っつぅことだ。
 だが、肝心なのはそのための施策だ。
 何か具体的に良い手は……。



 その時、俺は一人の女性の顔を思い浮かべる。



「あの……、羽島さん? どうしたんすか? めっちゃ悪い顔してますけど」

 安城は俺の顔色を伺うように、問いかけてくる。
 やはり俺は豊橋さんと出会ったことで、少し変わってしまったようだ。
 俺自身が、国家権力のお世話になる日も近いかもしれない。

「いーや、すまん。どうやって、知り合いに人生最大級のトラウマを与えてやろうか考えてたところだ」
「ヤバいこと言わないで下さいよ! えっ! 何すか? サイコパスなんですか? 羽島さん」

 バカを言え。
 俺ほどお前の幸せを願っている奴はいない。
 多少の荒療治にはなるかもしれないが、お前が前に進むためのサポートをさせてもらおう。
 
 豊橋さんよ。
 勝手ながら、マニュアル作り第二章を始めさせてもらうぞ。
 この計画、きっと豊橋さんのためにもなる。