世間はGW真っただ中。
 空は長期休暇にも関わらず全く予定がない俺の心とは裏腹に、憎たらしいほどの快晴だ。そんな天候に腹を立てつつも、俺は今最寄りの駅前の商店街に繰り出している。

 理由は単純だ。
 GW明けに同僚や上司を交えて開催される〝スピーチ大会〟に備えてだ。
 まぁ要するにGWに何をしていたかを報告し合う、リア充コンテストである。
 所帯を持っていれば、自然と話は決まってくる。
 だが、友人がそれほど多くない独身貴族にとっては、中々ハードルの高いイベントなのだ。
 普段の休日であれば、『家でひたすら断捨離してましたー』などとまるで面白みのない報告をしてやり過ごしているところである。
 しかし、GWのような長期休暇ともなると少し話は変わってくる。
 憐みの視線を浴びるまでは許容範囲だが、こうも連日一人きりで過ごしていてはコミュニケーション能力まで疑われてしまう。
 こういった印象を周りに与えることは、後々仕事にも響いて来るのだ。
 第一、5連休を全て断捨離に費やしてしまえば、部屋の家具は絶滅待ったなしだ。
 生憎、俺はそんな変態染みたミニマリストではない。

 そうして強迫観念に駆られるようにアパートを飛び出した、まではいい。
 だが、元来休日は昼間から配信映画を肴に酒を浴びている生粋の出不精だ。
 目的もなく街へ繰り出したところで、特別なイベントなど起きるはずもない、と思っていたが……。

「あ、ああの、ア、ア、ア、アンケートお、お、お願いしますっ!」

 駅ビルに併設された百貨店の入り口の前を歩いていると、とある女性に話しかけられる。
 小動物のように怯えながら懇願する彼女は、恐らくどこかの会社の新入社員だ。
 そして、依頼の内容から察するに新人研修か何かのようだ。
 ノルマもあるのだろう。
 クリッとした目を潤ませ、俺を見つめてくる。
 というより、もはや泣きそうである。
 亜麻色のボブヘアも乱れ、ビジネススーツもしわくちゃだ。
 これまで、余程誰にも相手にされなかったのだろう。
 
 さて社会人というのは、こういったシチュエーションには弱い生き物である。
 何故なら、自分にもこういった時代があったからだ。
 だから俺は彼女の要請に応じることにした。

「まぁアンケートだけなら……」
「ほ、本当ですかっ!! 嬉しいです!!」

 俺が応じると、漫画であればパァといった効果音が飛び出しそうなほどに彼女の気色はみるみるうちに回復する。

「えっと……、ま、まずはこちらの質問に回答をお願いします!」

 彼女はそう言うと、俺に質問事項が書かれた用紙を挟んだバインダーを差し出してくる。
 俺はバインダーに目を落とし、内容を確認する。

〝何歳までに結婚したいですか?〟

 そんなことを考えたのはいつ以来だろうか。
 20代も半ばを過ぎ、気付けばアラサーに差し掛かろうとしている。
 男は30を越えてからが本番などという言説もあるが、結局はそれも予防線だろう。
 30を過ぎてもなお、うだつが上がらなければ40、50とどんどん〝本番〟の時間は延長されていくのだ。
 
 さて、肝心な結婚についてだがこれと言って展望はない。
 というより、恥ずかしながらこの年になっても結婚観というものがはっきり見えてこない。
 日々の暮らしに忙殺されているためか、ただただ出会いから逃げているだけなのか。
 分からないので、とりあえず〝35〟と書いておくことにしよう。
 俺がそう記入すると、彼女はすかさず突っ込んでくる。

「さ、35歳、ですか。ち、ち、ちなみにい、今おいくっ」

 落ち着け、落ち着けっ!
 あんまり噛む要素ねぇだろ、その質問。

「あぁ。年齢ですか? 今26ですね」
「そ、そ、そうなんですね! 良い年齢ですね!」
「いや、あの……、それはどういう意味でしょうか?」
「ひぃいい! ご、ごめんなさいっ!」

 そう彼女が大声で言うと、深々と頭を下げてきた。
 当然のことながら、俺たちは衆目の的だ。

「いやいや! 怒ってませんから! お願いですから頭上げて下さい!」
「は、はい……。すみません」

 謝ることがクセになっているのか。
 新人にはありがちかもしれない。
 だが、彼女はいささか度が過ぎている気がする。
 軽はずみな同情心で依頼を受けてしまったことを少し後悔しつつも、次の質問へ移ることにする。

〝プロポーズの言葉はどんなものを考えていますか?〟

 公開処刑ですか……。
 味噌汁だの、お墓だのキラーワードを持ち出して、全力で引かれればよろしいんでしょうか?
 大体、交際相手もいないっつーの!
 と言うことで、無難に〝結婚して下さい〟とだけ書いておくことにする。
 次は……、えっ? これだけ?

「えっと……、これだけ? ですか?」
「は、はいっ! あ、あとはお名前と電話番号を!」

 電話番号?
 アンケートだよな?
 そう思いつつも、促された通り記入してしまったことが運の尽きだった。
 質問用紙とともに挟んであった、彼女の務める会社のものと思われるパンフレットに目を落とす。
 そこには何カラットだかは知らないが、俺の給料などでは年単位で前借が必要であろうダイヤモンドの指輪や、それらを展示するであろうラグジュアリーなショールームの写真が掲載してあった。
 彼女はこれまで一つも仕事の話をせずに本題に入っていったが、ここで一つ疑惑が生まれる。
 そして、それとともにかつてネットで見かけた情報が頭の中を駆け巡った。

「は、羽島 望(はしま のぞむ)さん、ですね。あ、あなたと話せて、嬉しかったですっ! 後日、お礼の電話を差し上げます!」

 彼女は全力の歪んだ作り笑いを浮かべながら俺に媚びたようなセリフを吐くと、そそくさと逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
 そんな、彼女のうしろ姿をみて疑惑は確信に変わる。

 あぁ。これはアレだ。

 間違いない。

 完全にデート商法だ。

 それも飛び切り出来損ないの。

 俺は軽はずみな同情心で依頼を受けてしまったことを深く後悔した。