あてがわれた部屋に戻ると、部屋で昼寝をしていたエーデルが起きた。

「めぇ」

「ん、お腹空きましたか? それとも散歩でもしますか?」

 エーデルの頭を撫でると、くすぐったそうに頭を横に振る。

 空腹でも運動不足でもないようだ。

 この子は賢い。

 言葉による意思疎通はできないが、だいたい言わんとしてることは分かる。

 たとえばエーデルが動物的かつ神秘的な直感が働いて僕の袖を(くわ)えて「行ってはいけない」というジェスチャーをしたら、僕はエーデルの意図を読み取って絶対に行かない。「ここに何かある」みたいなメッセージを見逃して後から気づく、みたいなこともせずに即座にスコップで十メートルくらい地下を掘り進む。

「誰か来るんですか?」

 こくん、とエーデルがうなずいた。

 エーデルが警戒感を放つということは、それなりに敵意があるのだろう。

「仕方ない。毛を一本もらいますよ……【錬金術師:錬金】」

 (はさみ)を取り出し、エーデルの黄金の毛を三本ほど切り取る。

 そしてスキルを発動させた。

 そうそう、説明が遅れたが、この世界にはクラスとスキルというものがある。スキルは魔法と呼び替えても良いだろうが、いわゆる火を放ったり水を出したりする超常現象以外の技能も含まれたりする。

 この世界の人間や動物は魔力を持って生まれる。だが、その魔力を使うためには修行を積み重ねたり、あるいは大自然といったいとなったり、戦いに明け暮れたりと、とにかく自分の肉体や魂を鍛え上げる必要がある。

 野生動物や魔獣であれば厳しい自然の中で当たり前のように自分自身を磨き上げ、火を吹くことができるようになったり、あるいは雷を起こしたりと、不可思議な現象を起こすことができるが、人間はそうはいかない。魔力を使うことができるのはまさに鍛え上げた者だけに許される超常の力だった。

 だがそれを簡易に使えるようにしたのがクラス、という仕組みである。神や天使が当たり前のように存在していた古代において、人間は人間の魂に手を加えて簡単に魔力を使えるようにしたのだ。

 もっとも、その分だけ自由度は失われた。【剣士】にしか適性のない人間は、剣技などのスキルしか使えない。【魔法使い】であれば魔法スキルが使える。そして【テイマー】はテイムが使える。自分に身についたクラス以外のスキルは覚えられない。

 で、僕が持っているクラスは四種類。

【テイマー】、【魔法使い】、【錬金術師】そして【調停者(ちょうていしゃ)】だ。

 先ほど使った水魔法と治癒魔法は当然【魔法使い】に属するスキルだ。とはいえ、水魔法は飲み水や生活用水を出すことが目的で、大量の水を出して敵を流すとか、水圧で敵を攻撃するとか、殺傷力を持つレベルのものは使えない。治癒魔法も同様で、船酔いや軽度の風邪、多少の切り傷や火傷を治癒するレベルだ。

 では得意と言えるのは何かというと、今使っている【錬金術師】のスキル、錬金である。

「……よし、と」

 錬金とは、その名の通り金を作り出すスキル……と言いたいところだが、〝金を作ろうとした結果としていろんなことができるようになった〟って感じの、しょんぼりものづくりスキルである。鉄を金のような色や質感に変化させたり、水を凍らせずに固体のようにしたりゼリーのような質感にさせたりもできる。このスキルを極めたら、何気ない土を使ってゴーレムを作ることもできる。

 だが僕はそこまで極めてはいない。

 ただし、極上の素材がすぐに手に入る。

「ワイヤー状に変化させて、ドアに設置、と」

 僕が準備を整えたとほぼ同時に、木製のドアが蹴破られた。

「大人しくしろ……ぐわっ!?」

「いたっ、脚が……!」

 その素材とは、エーデルの毛である。

 エーデルから生えた黄金の毛は、錬金の素材としてまさに万能の力を持つ。決してちぎれることのないロープのように変化させることもできれば、水を弾く撥水(はっすい)繊維(せんい)とすることもできる。

 逆に紙のように柔らかく軽い繊維にすることもできる。錬金術師が夢見た夢の素材の一つといっても過言ではなかった。

 で、今は鋭利な鋼線(こうせん)のようにして(わな)を張っており、僕の部屋に侵入した賊はまんまと引っかかったわけだ。

 鋭さは抑えたので手や足がちぎれるということはなかったが、それでも賊は血まみれだ。太いロープ状にしたエーデルの毛を使って捕縛しつつ、僕は魔法を唱えた。とはいえ本格的な回復魔法を使えるわけでもない。水属性の魔法で消毒して、エーデルの毛で作った繊維で止血する程度だが、それでも切り傷に対しては十分だろう。鋭利な分、治るのも早いはずだ。

「血を塞がないと死にますよ。まずは大人しくしましょうね」

「くそっ……!」

「兄ちゃん……」

 二人の賊は、舌打ちをしながらも言うことを聞いてくれた。意外にも素直な態度だった。

 どうもプロの強盗には到底見えない。

 あまりにも簡単に罠に引っかかりすぎる。

「で、目的はなんですか……って、言うまでもなさそうですけど」

 僕は賊の顔を順繰りに見た。

 賊は男女のペアだ。

 二人とも黒髪で褐色。染色さえしていないカーキ色の麻の貫頭衣(かんとうい)を着ている。南国系というより日焼けした日本人のような雰囲気だ。顔つきも似ていて、おそらく兄と妹といったところだろう。

 そして二人とも、幼い。兄の方は僕と同い年。妹は二、三歳下といった感じだ。

「金じゃねえ」

 兄っぽい男が答えた。

「だったら人質にするつもりで? 奴隷の身分から逃げたい? 外洋じゃ流石にやめた方が……」

「ちげえ」

 兄が吐き捨てるように言った。

 だが、それ以上のことを言うつもりがないようでむっつりと黙った。

 (らち)が明かない。このままイエスですか、ノーですか、と問答を続けても一向に答えには辿(たど)り着かないだろう。

 となれば答えは二つに一つだ。

 ミレットさんなどの船の護衛にこの兄弟を突き出すか、あるいは。

「腹が減りましたね」

「は?」

「飯にしましょう。いや、その前に名乗っておきましょうか。僕はタクト。きみたちの名前は?」

 じっくり腰を据えて付き合うか、だ。