悪態。

 それはきっと彼女の武器だ。

 こうした交渉の場においては特技や特徴というものを超え、一種の威力をはらんでいる。

「へーえ、わたくしからの求婚を断って逃げるという恥辱を与えておいて、別の女のために頭を下げる、という訳ですわね」

 先ほど来た時の歓迎ムードはどこへやら、バルディエ銃士団のテントは怒りと敵意に満ちていた。

 鉛玉を一発も打たれることなくミレットさんに対面できたことは幸いだが、かといって彼らが銃を手放して迎えてくれたわけではない。

 ミレットさんは部屋の中央で椅子にかけ、足を組んで肘をつき、魅惑の微笑みをその美しい顔に湛えている。

 背中には痛いくらいに彼女の側近の視線を感じる。

 流石にマリアロンドさんも気圧されたのか、反論しかけて黙った。

 いつ鉛玉が飛んできてもおかしくはない。

「縄を持ち出して縛ろうとするのは愛の証明だったのですか?」

「ええ、もちろんでしてよ。気が変わって受け入れてくれるというのでしたら、考えないこともありませんわ」

 ほほう?

 意外と交渉の余地はありそうだ。

「解毒や治癒の専門家はおります。数多の戦場で損耗を防いだ熟練の者です。きっとお役に立つことでしょう」

 その言葉に、マリアロンドさんの陰鬱な顔がほんの少し明るくなった。

 が、ミレットさんは鋭い目で僕とマリアロンドさんを睨んだ。

「ですが、そんな甘い顔を見せるのが二度あるとは思わないことですわね。話を持ち帰るなどというぬるいことを言うなら」

 ばぁん、とミレットさんは指で鉄砲の真似をする。

 冗談でも何でもなく、撃つつもりだろう。レーア族が弱っているチャンスだ。回復の使い手と族長を全員殺せば、もはやレーア族は組織としての体さえ保てない。むしろこうした交渉の余地を示してくれているだけ優しいとさえ言える。

「では僕が結婚をすれば、ミレットさんは治癒魔法スキルを持った人の支援を約束してくださると?」

「そういうことよ、王子様。旦那様と呼んだ方が良いかしら?」

「ドキドキするのでそこはもうちょっと待ってください」

「待たされるのは苦手ですの。導火線の火が火薬に辿り着いてしまうわ」

「それは揺れる乙女心を詩的に表現したものであって物理的にその通りになるわけじゃありませんよね?」

「詩は自分で(つづ)るより、いただく方が好きですわね。あなたは愛の詩を綴ってはくれませんの?」

 だがそれは本当に優しさなのだろうか。

「作詞に必要なのは豊かな感受性と、人や自然を見つめる観察眼です」

「ふうん?」

「少々不思議でした。状況としてはレーア族の方が切羽詰まっているのに、ミレットさんの方が迅速果断です」

「マリアロンド。あなた今、のろまって言われたのと同じですわよ」

「貴様……!」

 言葉尻で相手を(あお)るのやめてほしい。

 が、これは余裕の演出であり、話の矛先をずらそうとしている。

「僕を一刻も早く抑える必要があった」

「ええ。あなたはこの島では必要不可欠。迎えようとするのは当たり前でしてよ。そしてあなたもわたくしか、あるいはマリアロンドか、どちらかが必要なはず」

「はい。僕らだけでは開拓団キャンプを守ることも、潤沢な食料も得ることはできません」

「けどそれは、わたくしたちかレーア族のどちらか一方であれば良いはず。むしろ、両方のバランスを取り続ける方が苦労するのではありませんの?」

「そうはいきませんよ。一方が滅んでしまったら和睦の契約がなくなってしまいます。今、ミレットさんに付与されている強化が消えてなくなってしまいますよ」

 それこそが和睦の力だ。

 無制限な戦闘行為を禁じ平和をもたらす。

 そのかわりに力を与える。

 この告死島で強力な魔獣を物ともせず蹴散らすことができるのは、和睦の加護が大きく役立っているからのはずだ。

「そんな物騒なこと、するはずがないじゃありませんの」

 はぁやれやれとミレットさんは大仰に肩をすくめた。

 うっそだー、などと言うのはやめておいた。

「出しゃばることなく慎ましく暮らしてもらえるのであれば、何の文句もありませんわ」

「なるほど、それがお前の望みか。発言権もなく、ただ片隅で縮こまっていろと」

「それが平和であり秩序というものよ」

 マリアロンドさんが睨むが、ミレットさんは涼し気な顔でせせら笑う。

「なるほど、一理あります。強力な二大勢力が競い合うよりは、勝敗を決してしまった方が平和がもたらされる……という考えも確かにあるでしょう」

「お前……」

 マリアロンドさんがショックを受けたような顔で僕を見る。

 が、まだ話は終わってないのだ。ちょっと待ってて。

「ですが、今回のような無理をしないとバルディエ銃士団の方が逆に下の身分になっている可能性もある。違いますか?」

「何の話かしら?」

「鉄」

 僕の唐突な呟きに、ミレットさんが訝しげな顔をした。

(なまり)硝石(しょうせき)硫黄(言おう)()(まき)鍛治場(かじば)。図面。木型あるいは金型。切削工具(せっさくこうぐ)

 指折り数える内に、ミレットさんの顔色が変わった。

「当たりました?」

「何で知っているのよ」

 戦国時代を舞台にした歴史ドラマで火縄銃のことが解説されていたのと、現代地球における製造業の知識でだいたい推測しました。とは流石に言えないのでごまかす。

「銃に興味があって調べたことがあるんです。錬金術とは結構相性が良さそうだったので。それに……僕がマリアロンドさんに確保された時、一発も銃弾が飛び込んでこなくて刃物だけで応戦していましたよね。節約しているのかな、と」

 銃というのは消耗品だ。

 弾丸や火薬だけではない。少なくとも「告死島から出るまでの十三年」という期間で考えた時、銃本体だって消耗品であると言える。材料を調達し、製作できる環境を整えなければならない。

 おそらく、スキルの力で銃を複製することはできるだろう。だがそれもいつかは先細りになる。剣士であれば剣の訓練をしなければスキルも()びる。僕もスキルを使わずに錬金術や化学実験をしないといけない。

 そしてバルディエ銃士団のリーダーたるミレットさんのメインのクラスは【銃鍛冶師】と【銃士】。おそらくミレットさんは、傭兵として集団戦法を鍛え上げるため、前者の方に重きを置いている。

「今言った中で足りていないのは、硫黄か硝石あたりではありませんか?」

 しかし【銃鍛冶師】は戦闘系クラスではなく生産系クラスだ。だと言うのに、バリバリに戦闘系クラスでまとまったレーア族と対を成せるほどに戦闘力が高い。器用さでは格段にバルディエ銃士団の方が上と言える。

 が、それは潤沢な資源があってこそだ。湯水の如く銃弾が使えるからこその優位性だ。それが失われた孤島においては、むしろレーア族の方が組織として強靭なのだ。しかも銃を作らなければ【銃鍛冶師】としての能力やスキルは錆び、そして団の活動自体がますます危うくなってしまう。

 ミレットさんはおそらくそれに気づいていたからこそ、迅速果断に行動した。

「それだけじゃありませんわ。あなたの交渉力がこちらに牙を向くのは嫌なのよ。あ、褒めてるわよ?」

 ミレットさんがウインクした。

 何ともチャーミングな敗北宣言であった。

 ここで僕は、話の矛先を変えた。

 マリアロンドさんを説得するターンだ。

「僕はなにもレーア族のためだけにここに来たわけではありません。ここで恩を売るのがお互いに利益となるはずです。マリアロンドさんも、窮地を助けられたとあれば認めざるをえませんでしょう。僕が物資をバルディエ銃士団に補給することを」

「む……」

「バルディエ銃士団は、器用ですよ。おそらく銃の製造や使用で起きる病気……肺に粉塵が溜まったり、眼病になったりした時の対策として、治癒魔法スキルの熟練者がいるはずです。鍛治系のスキルを持ってる人もいるでしょう」

 消耗品は銃だけではない。

 槍や剣もまたいずれ損耗していくことだろう。

 僕は糸や生地を生み出したり、塩などを作り出したりするのは得意だが、鉄を加工するとなると話は別だ。鉄に火入れをして硬くしたり、ある程度形状を変えたりする程度ならともかく、〝〟実用的な製品を作る〟までには至らない。そこはクラス【鍛冶師】や【研師】などの出番である。

 お互いに補うことができるはずだ。

「では改めて、話し合いをしましょうか」

 僕の言葉に、二人共仲良く苦笑を浮かべるのだった。