以前、クラスとスキルについて解説したが、まだ説明していなかったこともある。
それは、クラスとはどのようにその身に宿るか、ということだ。
そもそも本来、クラスやスキルとは魔力を簡単に扱えるようにするための仕組みだ。過酷な修行がなくともその身に宿る魔力を剣技や魔法、あるいは錬金術として放つことができる。
だが別に、クラスやスキルがなくとも魔力は人間の体に宿っているし、もっと言えば剣技や錬金術だってそのクラスを持っていなければ扱えない……というものでもない。剣技なんかは当然剣をトレーニングしていれば身につくし、魔法や錬金術は呪文の詠唱や入念な準備が必要になるが、それが本来のやり方だ。
ただ、スキルだけはそうした準備が省略されて、すぐに結果に辿り着くことができる。剣技や体術であれば、本人の体調やメンタルに拘わらず完璧な一撃を放つことができる。
だが逆に言えば、魔術にしろ、剣技にしろ、あるいは錬金術にしろ、基本的にはこの世界の人間が可能な技でしかない。錬金術も非常に便利に見えるが、「これは実現できる」という認識があって初めて成立する。
前置きが長くなったが、僕の使うスキル『錬金術師:錬金』も、クラスやスキルという恩恵がなくったって何とかなる。そして仕組みを理解して実践を積み重ねれば何が起きるのか。
クラスがその人の身に発現し、スキルを使用可能にするのだ。
「……というわけで、簡単な蒸留の仕組みからお勉強しましょうか」
本日の行動は三班に分けた。
まずは偵察班。と言っても、ツルギくんとカガミさんの二人だけだ。年は若いが身のこなしが素早く、感覚も鋭い。周辺の様子を探ってもらうことにした。
もう一班はキャンプ残留組。その中で更に、テントの補強など住宅環境の改善をする大工グループと、壺や食器などを作る焼き物グループ、体力の乏しい子供や高齢の者などの休憩グループに分かれる。ここの取り纏めは船長代理のエリックさんに任せた。
そして僕はというと、キャンプ地から離れて、開拓団員たち二十人ばかりを引き連れて砂浜に来ていた。名づけるならば給水班と言ったところだろうか。
「スキルで水を作るんじゃないのですか? てっきり、荷運びを手伝うものかと……」
一人の女性が前に進み出て質問した。
粗末な貫頭衣を着た長髪の女性だ。他の奴隷よりもちょっと年上で、三十前後といったところだろうか。
しかしちょっと聞き覚えのある声だな。たぶん、昨日の晩に覗き見してた中にいた人だ。
「スキルは使いますが、手順は覚えていただきます。最初は僕が担当しますが、いずれは皆さんにやってもらいたいので」
「で、できるの……?」
「もちろん。まあ海水を沸かして真水を取り出すという方法なのでちょっと効率が悪いのですが、やる価値はあります。クラス【錬金術師】を覚えるための修行の初歩ですから。もし誰か一人でも習得できれば安定して水を得ることができます」
その言葉に、全員が驚愕した。
水が安定的に手に入る、ということではない。
クラスを習得できることに対してだ。
「い、いいの……?」
「いろいろとまずいんじゃないか……?」
「な、なあ……?」
クラスというのは非常に便利なものだ。
スキルを発動させ、一足飛びに結果を得ることができる。
だがそれゆえに警戒される。
技術を鍛錬したかどうかだけではなく、血筋によっても左右される。僕のクラス【テイマー】も先天的に習得していたものだ。
王族や貴族というものはクラスやスキルに恵まれていることが多い。そして平民がクラスやスキルを持つことは、立身出世や栄達を得るために必要な一方で、貴族にとっての「出る杭」ともなりかねない。
ましてや奴隷が何かしらのスキルを習得することは反逆の機会を生むことにも繋がる。麦をうまく生育できるとか、荷運びが楽になるとか、軽作業に適したクラスやスキルであれば目こぼしもされるが、【錬金術師】のような特殊技能となると、興味関心を示すこと自体が秩序を乱すと見なされることもある。
「そんなこたぁ偉そうにしてる人の勝手な言い分ですよ。ばーかばーかと舌を出していいんです」
驚いていた団員を、僕は更に驚かせた。
彼らにそんな卑屈が残っているのであれば、どんどん払拭していかなければならない。奴隷根性は捨ててもらうのが僕の開拓団リーダーとしてのスタンスだ。
「そもそもここは開拓地ですよ? 王様もいない。僕らを買い取る予定だったご主人さまもいない。船長は海に沈んで藻屑と消えました。もはや奴隷でもどの国の民でもない僕らが、いったい誰に、何を遠慮するというんですか? それをして何かいいことあるんですか?」
「だ、だって、あなた、リーダー……なのよね? 私たちのご主人様ってこと、でしょ?」
「リーダーではありますが主人ではありません。今から作る水も、僕のものではなく全員のものです。誰かの独占は許しません。皆が豊かになったら税金を取り立てて水作りや塩作りをする人の給料にすることもあるでしょうが、基本的に水はタダとします。塩も極力安くしたいところですね。値段の吊り上げなどが起きないよう取り計らいます」
団員たちは、驚きを通り越してあっけに取られていた。
飲める水を手に入れるには、金や労力がかかるものだ。
たとえ水が潤沢に手に入る場所であっても貯水する場所は必要になるし、水利権は常に争いの元となる。水が少ない地域では桶一杯やコップ一杯の水にだって金が掛かる。そして国や王はそこに税金をかけるものだ。タダという言葉は、凄いとか嬉しいとかを通り越して、団員たちに気味の悪ささえ与えたようだった。
「あなたさまは、いったい何がしたいの……?」
「何がしたいか、ですか」
言われてみれば確かに疑問だろう。僕自身、改めて言葉にすることもあまりなかったので話すのが少々恥ずかしい。
「まずはキャンプ地を村にします。生活基盤を整え、魔獣を防ぐ垣根や壁を作り、共同体としての規模を大きくしましょう。村と呼べるレベルになったら、町を目指しましょうか。食べて、寝て、身を守ること以外にも手を伸ばしましょう」
「町を目指す……」
女性が、僕の言葉をそのまま返した。
「あなたは何かやりたいことはありますか?」
「やりたいことが……できるかどうかわからないわ。もう奴隷になっちゃったし……」
「じゃあ、奴隷になる前は?」
女性は、おっかなびっくりしながら視線を僕にちらちらと返す。
どう話せば良いのか迷ったのかしばらく沈黙していたが、やがて意を決して口を開いた。
「わ、私、売られたんです」
「おや、奇遇ですね。僕もです」
女性がくすりと笑った。
少しばかり緊張がほぐれたのか、次第に饒舌になっていく。
「私、昔は機織り職人で、服も作ってて……。自慢になるけど、そこらの村よりもいい腕してるって言われて……贔屓してくれる旅商人も結構いました。でもそれが夫には面白くなくて、浮気してるって噂を広められたんです。誰も庇ってくれなくて、浮気なんてしたことないのにいろんな人と密通したって言われて売り払われて……ほんと、馬鹿みたいな話ですよね。……ああ、思い返したら本当、嫌なことばっかり」
くすりとした笑いが、泣き笑いとなる。
周囲の団員たちも、静かに彼女の話に耳を傾けている。
「奴隷になったのは悲しかったけど、あの人と離れられたことは良かったです」
「悪い縁を切るのも一つの幸福ですね。嫌なやつの顔は忘れましょう」
僕の言葉に、全員がどっと笑った。
「それともう一つ、いいことがあったんです」
「いいこと?」
「この世で一番綺麗な生地を見ました。私が扱ってたのは木綿ばっかりで羊の毛なんて扱ったことはなかったけど、あんなに綺麗なんですね……」
「流石にこれは特別ですけどね。なぁ、エーデル」
「めぇ!」
舐めちゃいかんぜよお嬢さん、とばかりにエーデルが自信満々に鳴いた。
エーデルの生産力と僕の錬金術を合わせたら羊毛の相場が崩壊するので今までは自分のためだけに作っていたが、外部からシャットアウトされたこの島ならばいくらでも本気を出せる。
「やりたいこと、あるんです。糸を分けてもらいたくて……」
「生地を作りたいんですか?」
「はい。あなたさまみたいに凄いものはできませんけど、でもやっぱり、子供の頃からずっとやってきた仕事だから……」
「生地を作ったら、何ができますか?」
「服を作れます。【織り手】と【染め職人】を持っています」
「えっ、すご」
生産系のクラスやスキルは世の中を見れば結構いるので国レベルではそこまで重用されてはいないが、こうした無人島においては非常に有用だ。しかもダブルクラスとはありがたい。
ちなみに【織り手】とは糸を織って生地を作るスキルだ。つまり彼女は羊毛からウールの生地が作れるということになる。僕も生地を作るくらいはできるし錬金と合わせて様々な形質を作ることはできるが、糸から服という最終形を目指すのであればおそらく彼女には敵わないだろう。汎用的で応用の利くスキルは、一点特化のスキルに敵わないことが多い。
また【染め職人】は服や生地に色を染める職人のクラスだ。ただそれだけと思うかもしれないが、染め物がなければ人間は彩りのある服を着ることはできない。服や布に色がない生活というのは想像以上に不便だ。まあエーデルの羊毛であれば使い捨てのように生地を作ることも不可能ではないが、流石に魔力を消費するものをいつまでも増産し続けるわけにもいかない。魔獣が襲いかかってきたとか天災が来たとか、僕が魔力を余剰として蓄えておかなければいけない事態はきっとあるはずだ。
まあ、つまり、僕にとって素敵な人材を見つけたという訳だ。
「僕は生地そのものはできても、服にはちょっと疎いんですよね。仕事は今後バリバリ出てきますよ」
「本当ですか!?」
「僕は糸から生地を作ることはできますが、流石にそこまでやっちゃうの疲れるんですよね。スキルを使う体力や魔力は節約して、他のことに備えたいんです。あなたには……あ、そういえばお名前は?」
「あ、えっと、カヤ村のラーベです」
「おや、違いますね」
「え、違う?」
ラーベさんが困惑している。
僕はあえて声を張りあげて、全員に聞こえるように伝えた。
「今は告死島開拓団のラーベさんですよ。村人でも奴隷でもなく、我々の仲間です。他の人々も同じことです。開拓団員の皆さん、良いですか?」
僕は今、少々ずるいテクニックを使った。
今の彼らは自分の所属はどこなのか、自分が何者なのかというアイデンティティーが大きく揺らいでいる。
僕はそこに名前を与えた。あなたたちは告死島開拓団の一員ですよ、と。
自分が何者なのか、誰かから何かを言われずに悟る者は少ない。いや、ほとんどいない。だから、そこに人々が縋りつくのはわかりきっている。
だがこうでもしないと絶望した奴隷たちが自分の足で立ち上がって歩き出すのは難しい。ずるさに自己嫌悪するのは後回しだ。全ては物事がうまくいってから味わうべき贅沢である。上手く行けばそのうちずるさに気づいて民主化デモとか起きるかもしれないが、それはそれで面白い。
ああ、いや、後ろめたさを感じる一番の原因は、言葉巧みに彼らを操って働かせるのがちょっと楽しいからでもある。一から物や組織を作る楽しさは存分に分けるので許してほしい。
「ではまず、塩と水を作ります。自分たちの命は自分たちで繋ぐことから始めましょう。どこかの王様やどこかのご主人さま、どこかのクソ旦那みたいな、いけ好かないやつから施しを受ける生活はもう終わりました。さあ、立ってください。仕事の時間ですよ!」
僕は声を張りあげた。
彼らの表情にはやる気が満ちている。
こうして、仕事が始まった。