初日で全てができ上がるはずもなく、ほとんど野宿のような状態であった。

 食事もお粗末だ。

 余った麦や干し肉など、保存食を雑に煮炊きしただけのもので、しかも残りの貯蔵がどれくらいなのか、皆、把握している。

「気にせずしっかり食べてください」

 と、僕が声を張りあげないとなかなか口にしなかった。

 全員が解放感と共に不安を抱えていた。

 これからどうするのかと。

 その不安が消費への恐怖、そして食欲の減退に(つな)がっている。

 だがそんなものは簡単に払拭できる。

「……よし、できましたね」

 でき上がったテントを見て、僕は腕を組んで満足気にうなずいた。

「す、凄いな……!?」

「ここ、本当に入っていいの……?」

 ツルギくんとカガミさんはぽかんとした表情を浮かべていた。他の人間もだいたい同じような表情をしている。

 それもそうだろう。こんなテントなど見たことはあるまい。大きな支柱を幾つか立てて、そこにエーデルの強靭(きょうじん)な毛を使った生地を張って屋根や壁としている。テントというよりは住宅に一歩踏み込んでいるだろう。地球のものに例えるならば、遊牧民族(ゆうぼくみんぞく)のゲルに近い。広さもちょっとした体育館くらいはあるだろう。

 中には絨毯代わりの生地を敷いている。生地とロープを組み合わせてパーテーションも作った。団員全員を寝かせるスペースはきっちり確保したのだ。

「派手でしたかね?」

 ただ、色の問題があった。

 エーデルの金色の毛は流石に(まぶ)しすぎる。

 誰か織物や染色のスキルを持つ人いないかな。

「そうじゃなくて……昨日は野宿だったのに今日からここって言われても、落ち着かない……」

 カガミさんが年相応の弱気な顔を見せる。

 今までツルギくんと一緒になって怒鳴ってばかりだったが、気を張っていたのだろう。

「ここは後で集会場か何かにしますから、ずっとここにいてもらうわけじゃありませんよ。家族やパートナー単位でのテントも後で作りますから」

「本当か!?」

「これと同じ生地のテントなの!?」

「か、金はねえぞ!」

 全員が思い思いの声をあげた。

「はい、本当です。このミニサイズのテントを作ります。金はいりません、っていうかないでしょうが」

 僕の最後の言葉に皆がくすくすと笑った。

「そのかわり、それぞれ仕事を与えます。大工班は明日もよろしくお願いします」

 僕の言葉に、木材の切り出しや支柱立てを手伝ってくれた人たちが「おう」と威勢よく言葉を返す。

「食糧問題に着手もしましょうか」

「狩りに行くのか? それとも釣りか?」

 ツルギくんが嬉しそうに質問した。

 が、申し訳ないがそれはまだ先の話だ。

「いえ、まだダメです。釣りもちょっと控えましょう。いきなり磯や砂浜の資源を取り尽くしてしまうことになりかねません。今は保存食を消費しつつ、持続可能な食糧計画を立てなければいけません」

「……ダメか」

 ツルギくんカガミさんが揃って悲しそうな顔をした。

 この兄妹は聴覚を強化するスキルを持っているが、おそらくは狩人や狩猟を生業とする家系なのかもしれない。クラスやスキルは結構遺伝するのだ。だが今は自分の特技を抑えつつ、もうちょっと僕の付き人的な感じでいてほしい。

「もちろん近い将来は自分たちで食料を取りに行くことを考えますが……その前にどうしても必要なものがあります」

「必要なもの?」

 ツルギくんの朴訥(ぼくとつ)な言葉に、僕ははっきりと答えた。

「水と塩です」

 その言葉に、全員がなるほどとうなずいた。

 生活するためには、そして食事をするためには絶対に切らしてはいけないものだ。水は水魔法が使える人間が何人かいて、それで飲用水を賄っている状態だ。だがスキルや魔法を使えば疲労はたまるし、飲用水以外の生活用水を調達できない。

 また塩は船にあった備蓄を消費している。これもいずれ尽きるだろう。

 その二つを確保しなければいけない。

「あと、それらを保存する水瓶(みずがめ)(つぼ)なんかも欲しいですね。焼き物作りやりましょうか。一応、簡単なものならば僕でも作れますが、慣れている人がいたらおまかせしたいと思います」

「窯と粘土がなきゃ作れないぞ」

 団員の一人が質問を投げかけた。

「おっ、いいですね。そういう質問。そこは僕の錬金術でここらへんの石や土の性質を変えて間に合わせましょう。スキルばかりで済ませるのも限度があるのでいずれはちゃんとした土を調達しなきゃいけませんが」

 その答えに、団員たちに安堵(あんど)が広がっていく。

 話し合っているうちに、少しずつ「ここで生きていける」という実感が湧いてくる。

「ああ、水瓶と水ができても酒造りは現状禁止ですよ。穀物は普通に食べるように」

 僕の注意に、くすくすという笑いが漏れた。

 迷い、絶望していた人々の顔に、少しずつ希望が灯っていく。