「栄誉あるローレンディア王族の資格なき者は去れ」

 ローレンディア王国、カーネージ国王は大鉈(おおなた)を振るった。

 王族たち、特に王子たちの間に、堕落が蔓延(はぶこ)っていたからだ。

 そもそもローレンディア王国とは父祖が戦争に勝利し、猫の額ほどに小さな領土を少しずつ拡大させていった。どんなに位が高かろうと、いや、高ければ高いほど、友となる魔獣と共に戦場を疾駆し、泥と血に(まみ)れながら勝利と栄光を手にしなければならない。戦場の(ほま)れを捨てた時こそ、この王国は敗れ去る。

 国民も、兵を志願する者は多い。戦ってこそ男。戦ってこそローレンディアの国民であるという風土がある。

 だが、その風土に反逆する王子がいた。

 由々しき問題であった。

 ただ暗愚というだけならば放置しても良い。だがその王子は文官たちから信望を得ていた。王子タクトは成人の儀を迎える前の若さでありながらよく話を聞き、不平不満を治め、人と人との和をもたらす統治の才覚があると(うた)われた。

 思想はともあれ、カーネージもその評判を聞き能力に疑いを持ちはしなかった。これでより戦に関心が向いていればと、惜しく思う気持ちさえあった。

 だがそうした評価も、タクト王子が成人の儀で得た成果を見て雲散(うんさん)霧消(むしょう)した。

「な、何だそれは……?」

「羊です。可愛いでしょう?」

 ローレンディア王族は、十三歳となった時に成人の儀を執り行う。

 王族にのみ入ることを許された『獣王迷宮』には、古来より封印されし凶悪な魔獣が眠っている。そこでローレンディア王国の王子や王女は危険な迷宮をたった一人で探索し、生涯を共にする魔獣を選び連れて帰る。契約した魔獣の強さこそが王子や王女への評価となる。

 カーネージはそこで魔獣たちに言い放った。

「決して逃げることなく百の戦争を駆け、百の栄光ある勝利をもたらそう」

 獣王迷宮においては、挑戦者が提示する契約の内容が重ければ重いほど、強力な魔獣が現れる。

 そのカーネージの言葉に応えたのは、強力な雷を操る獅子、ライトニングレオであった。

 そしてカーネージは契約の通りに、ライトニングレオと共に戦場を駆け回った。機動戦、籠城戦(ろうじょうせん)、奇襲戦、海戦、あるいは竜や鳥を用いた空中戦など、あらゆる戦場を経験し、勝利してきた。百の勝利などすでに二十代の頃には果たしており、今はただ戦争での不退転だけが契約として残っている。

 カーネージの長男バイアンは、戦狼(せんろう)ブラッドウルフと契約した。「千の決闘に勝利する」という、カーネージを超えるほどに重みのある内容であった。

 カーネージは、バイアンの勇敢さを親として誇りに思ってはいたが、王としては少々落胆があった。王子たるものが軽々に決闘することは決して良いことではない。決闘や一対一の正々堂々たる戦いにこだわるのは、ローレンディア王国を統治する者として相応しい素質ではなかった。

 四男であるウィーズリーは、巨大な海蛇レヴィアタンと契約した。そのために交わした内容は、「大海原(おおうなばら)を我が物とする」という、あまりにも荒唐(こうとう)無稽(むけい)なものであった。

 確かにウィーズリーは泳ぎも達者で船を御するのもうまく、まさしく海に愛された王子で、海の支配を志すのも自然な話である。

 しかしその性質はバイアンを超えるほど凶暴だ。ウィーズリーにとっては魔獣も人も大した区別はない。異国船は容赦なく略奪し、敵対する魔獣はどんなに巨大で強力であろうが狩る。今やウィーズリーは王子としてよりも最悪の海賊として名高い存在となり、これもまたカーネージの悩みの種であった。

 また、カーネージの八女リーネは、聖鳥シルバークレインという大きな鶴と契約した。「世界の果てへと旅する」という契約に、カーネージは面白さこそ感じつつも、王女としては不適格であると判断した。ローレンディア王国は侵略国家であり確かに国家の統一を目指してはいる。世界の果てへと旅立つ者が役立つこともあるが、王女たる人間が一介の冒険者風情となるのは恥ずべきことであった。

 なにより今は、戦争状態にある。国境を接する『大燕帝国(たいえんていこく)』、そして『ヴェスピオ連合国』と二面同時に戦争を展開しており、旅や冒険などと言っていられる状況ではない。

 結果としてカーネージは王女リーネを属国のガレアード聖王国の王子へと嫁がせることとした。ガレアード聖王国は十年前に戦争で屈服させた従属国であり、いつまた裏切るかはわからず、奔放な娘一人の身柄で反乱を抑えられるならばカーネージにとって安い買い物であった。

 そしてカーネージの十三男タクトの契約した魔獣には、もはや落胆を飛び越えて怒りさえ湧いてきた。

 それは黄金の羊。戦闘能力はなく、その豪華(ごうか)絢爛(けんらん)な糸で身を守ることしかできない。しかも魔獣との契約の内容は、「無駄な争いを抑止し、世界に平和をもたらす」というものであった。

 カーネージにとって平和とは、戦い、勝利し、平定して得るものであった。王の思想に、そして国是にまっこうから反対するタクトに、一度だけ弁明の機会が設けられた。

 タクトは淡々とした態度を崩さずに言ってのけた。

「陛下。我らがローレンディア王国は大陸の半分を平定しました。二代前、三代前の小国の頃は必死に戦うことこそ生き残る道でした。しかし今やローレンディアは大国です。大きな力で叩き潰そうとすればするほど、恨まれ、憎まれ、決して反逆を諦めない者たちが生まれることでしょう。外交し、交渉し、戦後を見据えなければ未来の繁栄はありません」

 カーネージは、一瞬、ほんの一瞬だけ、目の前の少年を恐れた。

 怒りに燃える王に直々に呼び出され、戦うことの無意味さを説くことは自殺行為だった。

 答え方次第では幽閉されることも、首を()ねられることもありうる。つまりタクトは、ただ死ぬことが恐ろしくて戦闘に向かない魔獣と契約したわけではないのだ。

 また、タクトは知らないことであったが、一部の文官たちがタクトの助命の嘆願を出していた。文官たちはタクトを必要としている。タクトの弁は必ずしも不合理なものではないと理解してしまった。

 だがカーネージは、自分が勝利して強さを誇示してきたからこそ今のローレンディア王国があるという自負もあった。

「貴様の弁は絵空事に過ぎぬ。強さを誇示するからこそ敗北した国はつき従う。勝利よりも雄弁にこの国を平定するものはない。惰弱な態度こそが死と敗北をもたらすと思え」

 こうしてタクトは追放という罰を受けることとなった。

 が、適切な落とし所にカーネージは悩んだ。僻地の領地を与えて王城から遠ざけるだけでは軽かった。ただの暗愚な王子であれば誰もが見放すが、信望のある人間を生かすことは危うさが含まれた。

 だが、殺すことも(はばか)られた。成人の儀を果たしたことには間違いなく、思想こそ危険だが、この年頃の王子としてはむしろ十二分に成果を出している。殺す理由もひねり出せなかった。

 他の王子や王女も悩んだ。タクトを邪険に扱う者もいれば、同情的な立場の者もいる。能力を妬む者も侮る者もいる。王にどう意見具申すべきか紛糾したが、一つの結論が持ち上がった。

 それこそが「他の大陸の開拓団に売り払う」ということであった。

 こうしてローレンディア王国のタクト王子をめぐる問題は解決した。

 カーネージは自分の軍勢や他の王子たちと共に、もっとも大きな目の前の問題――大燕帝国とヴェスピオ連合国との戦争に全力を尽くすことができる。決して勝てない戦争ではない。カーネージの頭にはすでに、戦乱渦巻く大陸を統一する自分の姿が思い描かれていた。

 属国であるはずの、ガレアード聖王国の離反の報告を聞くまでは。