暗闇の中に、小さな手が伸びる。

それは震える体を揺り動かした。

「またうなされておいでですか」

 辺りは静かな闇に覆われていた。

尼僧は休んでいた寝所で体を起こす。

「ありがとう。助かりました」

「またあの夢にございますか」

 尼僧は静かに笑みを返した。

「経を上げに参ります」

 凍てついた廊下を進み、仏前に灯りを灯す。

尼僧と幼女は並んで手を合わせた。

 あの夜からすでに、数年が経っていた。

「お助けください。まだ息がございます」

 見るも無惨な姿の女子が、この寺に運び込まれた。

寝かされると、腫れ上がったまぶたをようやく持ち上げる。

「ここは? ここはどこにごぜぇますか?」

「安心なさい。あなたを傷つける者は、もうここにはおりませぬ」

「……。よかった……」

 喰い破られた喉から、息が漏れている。

肉は削げ、骨まで見えていた。

先が長くないのは、誰の目にも明かだった。

「尼さんか。あたしは尼になるのか」

 女子の頬を、血の混じった涙が伝う。

「戒名には、きっと風の字をいれておくんなせぇ。そしたらあたしは、もうどこにも縛られることなく、好きに……」

 尼僧は経を上げ終わると、頭巾に隠された首筋に手を当てた。

「風信さま、夜明けにございます」

 幼女の開いた扉から朝日が差し込む。

尼僧はその光に向かって、もう一度手を合わせた。