号砲の音と共に地面を蹴って、女子5人が一斉にお題めがけて走り出す。
私は3番目くらいでお題を掴んだ。
(どうか、簡単なやつをお願い!)
紙を開いてお題を見た私は、立ち尽くしてしまった。
他の女子は、既に散り散りに走りだしている。
『おっと、紅組の岸野さん、立ち尽くしているぞ?一体お題は何なのか?』
茶化すような実況を耳の端で捉えながら、私は紙をぎゅっと握りしめた。
(ちゃんと、最後まで、やるって決めたから)
私は、走る。
「お題」の元へ。
「え、え、何々、2年の子こっち来るけどーーー!?」
「お題なんだったの~?」
私が近づいてくるのを、3年生の先輩たちが楽しそうに笑う中、私は目的の人の前に立った。
「あ、あの、は、速水センパイを、お借りしても良いでしょうか…」
ひゅ~ひゅ~と、周りがうるさい。
私は、目の前のセンパイだけを、見た。こんなに真正面から向き合ったのも、初めてかもしれない。
目の前のセンパイは、いつもの気だるそうな、うつろな目でこちらを見ている。
(傷つけて、ごめんなさい、センパイ。でも最後のわがままに付き合ってください)
心の中で、何度も謝った。
「速水だって~~~、何、お題はイケメン?」
「つか、こんなかわいい子、居たっけ?何組の何ちゃん?イケメンなら俺借りてってよ」
「おい、お前なに口説いてんだよ」
「え、なんで?速水じゃなきゃダメなの?他いけば?」
速水センパイの隣に座っていた、茶髪ウェーブのえり先輩に睨まれてしまう。
「どーする速水?」
「…いいよ、借りてけば」
座ったまま、センパイは右手を私に差し出す。隣のえり先輩は不服そうにセンパイの肩を小突く。そんな、親し気なやり取りにも胸がチクリと痛んだ。
「あ、ありがとうございます!」
私は、躊躇わず、その手を掴んで力いっぱい引っ張った。
「手繋いだ!」
「きゃー良いな、速水先輩借りてるー!私も借り物出ればよかった~」
「あの二年の女子やるなー!」
外野の声を振り切るように、私は無我夢中で走った。
いつも、手を繋いでくるのはセンパイからだった。
引っ張ってくれるのも、キスをしてくれるのも、笑いかけてくれるのも、全部センパイだった。
なのに、私は、先輩の好意を踏みにじってしまったのだ。
嫌がらせを平気なふりして受け流して、無かったことにして、端からわかってもらおうともせず、諦めて…。
(なにが、透明人間よ)
こんな自分は、やっぱり嫌いだ。
センパイが教えてくれた。センパイが好きになってくれた「私」を、私はちゃんと大切にしたい。
「おい、地味子、お題なに」
私に引っ張られて少し斜め後ろを走るセンパイの声。私の走る速さなんて、センパイにとってはジョギング程度なのだろう、その声は息切れ一つしていない。
「センパイ、貸してくれて、ありがと、ございます」
走り慣れていない私は、息も絶え絶えに、何とか言葉を紡ぐ。
「だから、お題」
「秘密、です」
ゴールまで、あと少し。
『一番手は、お題を見て立ち尽くしていた2年1組紅組の岸野さん!そして、なんとなんと、わが校のアイドル速水くんを連れてきましたよ!これは盛り上がりますね~!』
ゴールテープの先で待ち構えていた実況解説者の3年生が、マイクを片手に私たちのところにかけてきた。
『では、緊張の答え合わせです!お題を見せてください』
肩で息をしながら、私は握りしめていた手を開いて、くしゃくしゃになった紙をそのままマイクの人に渡した。
かしゃかしゃと紙を開く音もマイクに拾われて、初夏の晴れた空に消えていく。
『おぉ』
マイクの人は、お題を見た後、興味津々に私を見た。
その少しの間に、周りの観客から「早くしろよー」「気になるじゃん!」とバッシングが飛ぶ。
『あぁ、すみません、えっと、お題は…「好きな人、もしくは彼氏彼女、もしくは校長先生」です!』
きゃーーー!とか、おおおーーー!とか、グラウンド全体がどっと沸いた。
『選択肢は3つ。速水君は校長先生ではないので、一つは除外ですが、岸野さん、ズバリ、速水くんは、この中のどれでしょうか?!』
マイクと一緒に、周りの視線が私に向けられた。
ゴクリ、と乾いた喉がなる。
『は、速水センパイは…』
『速水先輩は~?』
『わ、私の、好きな人で、彼氏です…!』
私の叫びが、グラウンド中に響き渡った。
『おぉぉーーー!これは予想外の展開ではないでしょうか?!』
驚きや悲鳴があちこちから沸き起こる。
「彼氏って言った?」
「え、願望?」
「なになに、どゆこと!?」
すぐ近くの女子やら男子やらの予想通りの声が端々に聞こえてくる。
どくどくと心臓が破裂しそうだ。
センパイの顔は、怖くて見れない。
『えー、こほん。みなさん、みなさん、落ち着いてください。ここは、本人に確かめましょう。ーーーでは、速水くんにお伺いします。岸野さんが言っていることは本当でしょうか?!』
今度は、センパイにマイクが向けられる。
ぎゅっと目を閉じて俯いた瞬間、ぐい、と繋いだままだった手が引っ張られて、バランスを崩した私は、センパイの腕の中に閉じ込められていた。
センパイは、後ろから私を抱きしめて、
『本当です。夏菜子は、俺の彼女です』
マイクに向かって、そう言ったのだった。 女子の悲鳴と、男子の冷やかしで溢れる中、速水センパイは、私の手を引っ張って席に戻った。
恥ずかしすぎるし、視線が痛いのに、それ以上に嬉しくて、泣きそうだった。
「えり、俺彼女いるから、デートは出来ない、ごめん」
茶髪ウェーブのえり先輩は、笑ってた。今にも、泣きそうな笑顔で。
「良かったじゃん、彼女勘違いじゃなくて。デートは彼女としなね!」
「おい、速水ー、お前彼女紹介しろよ、水臭いじゃんか」
「後でな」
そう言うと、先輩は鞄を持ってまた私の手を引いて私の席まで来た。クラスの人たちがざわざわとこちらを見ている。みんな、どんな反応すればいいのか、わからないって感じ。私も同じだった。
「岸野、速水先輩とやっぱ付き合ってたんだ」
鞄を取りに席に戻る私に、唯一、高土くんだけが、そう話しかけてきてくれた。
「う、うん、この前は、その、恥ずかしくて言えなくて、ごめん」
すると、その後ろから、他のクラスメイトも現れて、声が掛かる。
「岸野さん、かっこよかったよー!」
「前髪無いほうが可愛い」
「いつのまに、そんなことになってたの?」
「えっと…」
「はい、そこまで」
いつの間にか、私の後ろに立ってた先輩は、頭の上に顎を乗せて、お腹に腕が回される。
それを見て、クラスの女子は顔を赤らめた。
「俺の彼女、いじめないでね」
一瞬、その場の空気が固まったのが私にも伝わる。
センパイは、どんな顔してるんだろう。
当のセンパイは、その空気感を知ってか知らずか、私を捕まえたまま、高土くんに向き直った。
「タカツチ、俺のに手出すなよ」
「せ、センパイ何言って…」
「約束は出来ませんね」
「おい、タカツチ」
(高土くんまで…)
ふざける二人を私は引き離すように、先輩を押しやった。
「お昼いきますよ」
私たちは、人目から逃れるように、中庭に腰を落ち着かせた。
「はー、やっと静かになった」
私は、「ごめんなさい」と謝るしかない。
「地味子、一躍有名人だね」
ニヤリと意地悪く笑うセンパイは、どこかご機嫌なのがせめてもの救い。
(あ、もう地味子に戻ってる)
ちょっぴり寂しいような、嬉しいような、どっちつかずの感情。
「…覚悟しましたから」
お題を手に、立ち尽くしたあの時。
校長先生を連れて行けば良いという考えが頭をよぎったのも事実。
でも、これ以上逃げるのは嫌だったから。
「なんの覚悟」
「センパイの隣を歩く覚悟」
紅茶のようなセンパイの瞳を真っすぐ見つめた。
「センパイが、好き。大好き」
「泣くなよ」
手が伸びてきて、こぼれる涙を優しく拭ってくれた。
「だって、センパイ、電車で、私いるの気づいてたでしょ、なのに、ひどい」
プイっとそっぽを向く。
さっき、真っ先にえり先輩にデートの約束を断ったセンパイを見て、確信に変わった。私に背中を向けていたセンパイは、私に気づいてた。気づいたうえで、えり先輩からのデートの申し込みを受けたのだ。
「ごめんって、俺だって不安だったんだよ」
顔をそむけた私の手をセンパイがそっと握りしめた。
ーーー不安なのは、自分だけじゃないよきっと。
泉の言葉が、重なる。
「お前、俺に興味あんのか無いのかよくわかんねーし、あのタカツチに付き合ってないとか嘘つくし。全然自信なかった」
「嘘ついたのは、ごめんなさい。でもセンパイ、自信がないのは、私の方です。可愛くないし、ネガティブだし、いじめられてるし・・・地味子舐めないでください」
「ははっ、なに自慢してんの」
「でも…」
「でも?」
「センパイを好きな気持ちだけは、自信持ちたいって思った、んです」
「ーーーこっち向いて」
手が引っ張られて、揺れる体。
見上げた先に、センパイの綺麗な顔。
ぷっくりとした涙袋が印象的なくっきり二重が真っすぐに私を見つめる。
「キスしたい」
「大人のキス?」
「ははっ、レベル上げ出来たの?」
「…まだです。この際実践でも…」
「それ、反則。…それに、」
センパイの手が頬を撫でる。
「地味子は可愛いよ。他の男に見せたくない。ピンもダメって言ったのに」
センパイからの、甘い言葉がむず痒い。
「センパイ、好き」
「俺も、地味子が好きだ」
優しい言葉と一緒に、口づけが落とされた。
終わらせないために、何かを終わらせることも時には必要で。
それは、とても勇気のいることだけど…。
センパイの隣で、笑っていたいから私は前を向く。
あの時諦めなくて、終わらせなくて良かったと
笑える日がくるのを願ってーーーー
【地味子とセンパイ】
ー 完 ー
・
・
・
「あと、俺のが地味子のこと好きな自信ある」
「なんですか、その自信」
「だって、俺、購買で会ったのよりずっと前から地味子のこと見てた」
「えっ、うそ、いつからですか?」
「教えてやんない」
「・・・・センパイのけち」
私は3番目くらいでお題を掴んだ。
(どうか、簡単なやつをお願い!)
紙を開いてお題を見た私は、立ち尽くしてしまった。
他の女子は、既に散り散りに走りだしている。
『おっと、紅組の岸野さん、立ち尽くしているぞ?一体お題は何なのか?』
茶化すような実況を耳の端で捉えながら、私は紙をぎゅっと握りしめた。
(ちゃんと、最後まで、やるって決めたから)
私は、走る。
「お題」の元へ。
「え、え、何々、2年の子こっち来るけどーーー!?」
「お題なんだったの~?」
私が近づいてくるのを、3年生の先輩たちが楽しそうに笑う中、私は目的の人の前に立った。
「あ、あの、は、速水センパイを、お借りしても良いでしょうか…」
ひゅ~ひゅ~と、周りがうるさい。
私は、目の前のセンパイだけを、見た。こんなに真正面から向き合ったのも、初めてかもしれない。
目の前のセンパイは、いつもの気だるそうな、うつろな目でこちらを見ている。
(傷つけて、ごめんなさい、センパイ。でも最後のわがままに付き合ってください)
心の中で、何度も謝った。
「速水だって~~~、何、お題はイケメン?」
「つか、こんなかわいい子、居たっけ?何組の何ちゃん?イケメンなら俺借りてってよ」
「おい、お前なに口説いてんだよ」
「え、なんで?速水じゃなきゃダメなの?他いけば?」
速水センパイの隣に座っていた、茶髪ウェーブのえり先輩に睨まれてしまう。
「どーする速水?」
「…いいよ、借りてけば」
座ったまま、センパイは右手を私に差し出す。隣のえり先輩は不服そうにセンパイの肩を小突く。そんな、親し気なやり取りにも胸がチクリと痛んだ。
「あ、ありがとうございます!」
私は、躊躇わず、その手を掴んで力いっぱい引っ張った。
「手繋いだ!」
「きゃー良いな、速水先輩借りてるー!私も借り物出ればよかった~」
「あの二年の女子やるなー!」
外野の声を振り切るように、私は無我夢中で走った。
いつも、手を繋いでくるのはセンパイからだった。
引っ張ってくれるのも、キスをしてくれるのも、笑いかけてくれるのも、全部センパイだった。
なのに、私は、先輩の好意を踏みにじってしまったのだ。
嫌がらせを平気なふりして受け流して、無かったことにして、端からわかってもらおうともせず、諦めて…。
(なにが、透明人間よ)
こんな自分は、やっぱり嫌いだ。
センパイが教えてくれた。センパイが好きになってくれた「私」を、私はちゃんと大切にしたい。
「おい、地味子、お題なに」
私に引っ張られて少し斜め後ろを走るセンパイの声。私の走る速さなんて、センパイにとってはジョギング程度なのだろう、その声は息切れ一つしていない。
「センパイ、貸してくれて、ありがと、ございます」
走り慣れていない私は、息も絶え絶えに、何とか言葉を紡ぐ。
「だから、お題」
「秘密、です」
ゴールまで、あと少し。
『一番手は、お題を見て立ち尽くしていた2年1組紅組の岸野さん!そして、なんとなんと、わが校のアイドル速水くんを連れてきましたよ!これは盛り上がりますね~!』
ゴールテープの先で待ち構えていた実況解説者の3年生が、マイクを片手に私たちのところにかけてきた。
『では、緊張の答え合わせです!お題を見せてください』
肩で息をしながら、私は握りしめていた手を開いて、くしゃくしゃになった紙をそのままマイクの人に渡した。
かしゃかしゃと紙を開く音もマイクに拾われて、初夏の晴れた空に消えていく。
『おぉ』
マイクの人は、お題を見た後、興味津々に私を見た。
その少しの間に、周りの観客から「早くしろよー」「気になるじゃん!」とバッシングが飛ぶ。
『あぁ、すみません、えっと、お題は…「好きな人、もしくは彼氏彼女、もしくは校長先生」です!』
きゃーーー!とか、おおおーーー!とか、グラウンド全体がどっと沸いた。
『選択肢は3つ。速水君は校長先生ではないので、一つは除外ですが、岸野さん、ズバリ、速水くんは、この中のどれでしょうか?!』
マイクと一緒に、周りの視線が私に向けられた。
ゴクリ、と乾いた喉がなる。
『は、速水センパイは…』
『速水先輩は~?』
『わ、私の、好きな人で、彼氏です…!』
私の叫びが、グラウンド中に響き渡った。
『おぉぉーーー!これは予想外の展開ではないでしょうか?!』
驚きや悲鳴があちこちから沸き起こる。
「彼氏って言った?」
「え、願望?」
「なになに、どゆこと!?」
すぐ近くの女子やら男子やらの予想通りの声が端々に聞こえてくる。
どくどくと心臓が破裂しそうだ。
センパイの顔は、怖くて見れない。
『えー、こほん。みなさん、みなさん、落ち着いてください。ここは、本人に確かめましょう。ーーーでは、速水くんにお伺いします。岸野さんが言っていることは本当でしょうか?!』
今度は、センパイにマイクが向けられる。
ぎゅっと目を閉じて俯いた瞬間、ぐい、と繋いだままだった手が引っ張られて、バランスを崩した私は、センパイの腕の中に閉じ込められていた。
センパイは、後ろから私を抱きしめて、
『本当です。夏菜子は、俺の彼女です』
マイクに向かって、そう言ったのだった。 女子の悲鳴と、男子の冷やかしで溢れる中、速水センパイは、私の手を引っ張って席に戻った。
恥ずかしすぎるし、視線が痛いのに、それ以上に嬉しくて、泣きそうだった。
「えり、俺彼女いるから、デートは出来ない、ごめん」
茶髪ウェーブのえり先輩は、笑ってた。今にも、泣きそうな笑顔で。
「良かったじゃん、彼女勘違いじゃなくて。デートは彼女としなね!」
「おい、速水ー、お前彼女紹介しろよ、水臭いじゃんか」
「後でな」
そう言うと、先輩は鞄を持ってまた私の手を引いて私の席まで来た。クラスの人たちがざわざわとこちらを見ている。みんな、どんな反応すればいいのか、わからないって感じ。私も同じだった。
「岸野、速水先輩とやっぱ付き合ってたんだ」
鞄を取りに席に戻る私に、唯一、高土くんだけが、そう話しかけてきてくれた。
「う、うん、この前は、その、恥ずかしくて言えなくて、ごめん」
すると、その後ろから、他のクラスメイトも現れて、声が掛かる。
「岸野さん、かっこよかったよー!」
「前髪無いほうが可愛い」
「いつのまに、そんなことになってたの?」
「えっと…」
「はい、そこまで」
いつの間にか、私の後ろに立ってた先輩は、頭の上に顎を乗せて、お腹に腕が回される。
それを見て、クラスの女子は顔を赤らめた。
「俺の彼女、いじめないでね」
一瞬、その場の空気が固まったのが私にも伝わる。
センパイは、どんな顔してるんだろう。
当のセンパイは、その空気感を知ってか知らずか、私を捕まえたまま、高土くんに向き直った。
「タカツチ、俺のに手出すなよ」
「せ、センパイ何言って…」
「約束は出来ませんね」
「おい、タカツチ」
(高土くんまで…)
ふざける二人を私は引き離すように、先輩を押しやった。
「お昼いきますよ」
私たちは、人目から逃れるように、中庭に腰を落ち着かせた。
「はー、やっと静かになった」
私は、「ごめんなさい」と謝るしかない。
「地味子、一躍有名人だね」
ニヤリと意地悪く笑うセンパイは、どこかご機嫌なのがせめてもの救い。
(あ、もう地味子に戻ってる)
ちょっぴり寂しいような、嬉しいような、どっちつかずの感情。
「…覚悟しましたから」
お題を手に、立ち尽くしたあの時。
校長先生を連れて行けば良いという考えが頭をよぎったのも事実。
でも、これ以上逃げるのは嫌だったから。
「なんの覚悟」
「センパイの隣を歩く覚悟」
紅茶のようなセンパイの瞳を真っすぐ見つめた。
「センパイが、好き。大好き」
「泣くなよ」
手が伸びてきて、こぼれる涙を優しく拭ってくれた。
「だって、センパイ、電車で、私いるの気づいてたでしょ、なのに、ひどい」
プイっとそっぽを向く。
さっき、真っ先にえり先輩にデートの約束を断ったセンパイを見て、確信に変わった。私に背中を向けていたセンパイは、私に気づいてた。気づいたうえで、えり先輩からのデートの申し込みを受けたのだ。
「ごめんって、俺だって不安だったんだよ」
顔をそむけた私の手をセンパイがそっと握りしめた。
ーーー不安なのは、自分だけじゃないよきっと。
泉の言葉が、重なる。
「お前、俺に興味あんのか無いのかよくわかんねーし、あのタカツチに付き合ってないとか嘘つくし。全然自信なかった」
「嘘ついたのは、ごめんなさい。でもセンパイ、自信がないのは、私の方です。可愛くないし、ネガティブだし、いじめられてるし・・・地味子舐めないでください」
「ははっ、なに自慢してんの」
「でも…」
「でも?」
「センパイを好きな気持ちだけは、自信持ちたいって思った、んです」
「ーーーこっち向いて」
手が引っ張られて、揺れる体。
見上げた先に、センパイの綺麗な顔。
ぷっくりとした涙袋が印象的なくっきり二重が真っすぐに私を見つめる。
「キスしたい」
「大人のキス?」
「ははっ、レベル上げ出来たの?」
「…まだです。この際実践でも…」
「それ、反則。…それに、」
センパイの手が頬を撫でる。
「地味子は可愛いよ。他の男に見せたくない。ピンもダメって言ったのに」
センパイからの、甘い言葉がむず痒い。
「センパイ、好き」
「俺も、地味子が好きだ」
優しい言葉と一緒に、口づけが落とされた。
終わらせないために、何かを終わらせることも時には必要で。
それは、とても勇気のいることだけど…。
センパイの隣で、笑っていたいから私は前を向く。
あの時諦めなくて、終わらせなくて良かったと
笑える日がくるのを願ってーーーー
【地味子とセンパイ】
ー 完 ー
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「あと、俺のが地味子のこと好きな自信ある」
「なんですか、その自信」
「だって、俺、購買で会ったのよりずっと前から地味子のこと見てた」
「えっ、うそ、いつからですか?」
「教えてやんない」
「・・・・センパイのけち」