4月はあっという間に過ぎて、世間はゴールデンウイークに突入する。
センパイはあれからお昼に図書室には来たり来なかったり。
わかったことは、塾のある月・水・金は帰りには必ず駅で遭遇するということ。
そして、前髪をピンで留めていないと不機嫌になること。
あと、なぜか手をつなぐということ。
2度目の塾の帰り、ベンチに座る私のとなりに座ったセンパイは、「ん」と右手を差し出した。意味が分からず、首をかしげる私の左手をかっさらってベンチの上に置いたのだった。
(本が読めない…)
仕方なく、本を閉じて鞄にしまう。
そして、一つ電車を見送って、二つ目の電車に乗る。
私の駅に着くまで、手は離してくれない。
この不思議な時間は、いつしか一連の儀式のようになっていた。
ゴールデンウィークは、塾の集中講座に出るため毎日朝から夜まで塾通いになった。
(センパイは…、寂しがりやなのかな…)
人肌恋しいとか、そんな感じ?と考える。
センパイのような素敵な人が、私のような地味子と手を繋ぎたがる理由が見当たらなかった。
「かーなーこ」
「な、なに、泉」
突然呼ばれて意識を戻すと、不満そうな顔の泉がいた。
彼女も、またこの講座に参加している。
「なにじゃないよ、この薄情者。私の話聞いてないでしょ」
「ご、ごめん」
はぁ~とため息をつかれてしまう。
「えっと、蓮(れん)くんのことだった、よね」
「そう、蓮のやつ、私が塾ばっかで拗ねちゃったの」
蓮くんは、泉の幼馴染兼彼氏。
「会えなくて寂しいんだよ」
「寂しいのは私も一緒なんだよー」
「そうだよね」
恋愛未経験の私には、難しい話だった。
「泉って、蓮くんとどんな時に手つなぐ?」
「え、なにいきなり」
「いや、なんとなく、聞いてみただけ」
知りたいから、とは言えず、取り繕う。
「どんな時ってー、繋ぎたい時。漣のとなりに居るときは必ず繋ぎたい」
「そ、そっか」
真っすぐな泉に、聞いた私が照れてしまう。
付き合い長いのに、らぶらぶなんだなぁ。
ちょっとだけ羨ましかった。
「岸野さん」
塾の帰り、駅前で私は呼び止められて振り返ると、そこには同じ塾生の男子が立っていた。
「確か、塾の…」
「塚田って言います」
「塚田くん…」
丁寧な物腰の塚田くんは、泉と同じ高校で何度か挨拶を交わしたくらいだった。
「あのさ、よかったら連絡先、教えてくれないかな」
「えっと…」
(どうしよう…)
出来れば、あまり男子とは関わりたくないのが正直な気持ち。
でも、断るのも気まずい。
やんわりと断るいい方法はないだろうか、と頭の中をいろんなことが駆け巡っていた。
「もしかして、彼氏とか居る?」
「い、いないけど…」
「じゃぁ、ライン教えてよ。塾でわからないとことか聞ける人欲しくて」
(あ、そういうことならいっか)
私はスマホを出そうと鞄のファスナーを開けようとしたんだけど、
「ーーーー悪いけど、ほかあたって」
聞きなれた低い声と、掴まれた手。
「えっ、せ、センパイ?」
今日は火曜日なのに。
そのまま手を引かれて、私は引っ張られる。
「あ、ご、ごめんなさい」
振り返ると、私と同じくらい、塚田くんもびっくりしていた。
私たちは手を繋いだまま、改札を通っていつもの駅のホームのベンチに腰を下ろした。
「びっくりした…。センパイ今日もバイトですか」
「うん、毎日。そっちこそ今日塾無い日じゃないの」
「あ、ゴールデンウイークの集中講座で」
「てか、なに連絡先聞かれてんの、地味子のくせに」
「あ、塚田くんは、ただ塾での不明点を聞きたかっただけみたいです」
塚田くんの名誉のためにも、そう言うとセンパイは目を点にしてこっちを見た。
(え、私なにか変なこと言ったかな)
「本気でそう思ってんの」
「え、はい、だって、相手はこの地味子ですよ」
塚田くんもはっきりとそう言っていたし。
それから、センパイは興味がなくなったかのように、黙り込んでしまった。
5月に入った途端に急に蒸し暑くなって、湿度を帯びた空気がまとわりつくようだった。
今日は祝日のせいか、いつもより人気が少ない。
電車も本数が減っている。
次のに乗るのかな。それともその次かな。
「やっぱ、ピンはナシ」
センパイの手がおでこに伸びてきて、器用にピンが外された。
視界が一気に影を帯びる。
「塾でもだめだから」
「え、なんでですか」
「ダメなものはダメ」
それ以上、何も言えなくて私は黙った。
(どうして、逆らえないんだろう)
センパイには関係ない事なのに。
「メロンパン」
「はい?」
またしても唐突につぶやかれた言葉にセンパイを見上げると、目が合った。
色素の薄いセンパイの目は、透き通る紅茶のような色だ。カラコンでもしていそうなくらい綺麗。ぷっくりと膨らむ涙袋もまた、センパイの整った顔立ちを際立たせていた。
「メロンパンのお礼、返して」
「あ、はい!なんなりと!」
「目、閉じて」
「なぜ…」
「いいから」
何か顔にいたずら書きでもされるのか、と私は諦めて目を閉じた。
鼻先に、何か近づく気配を感じたと思ったら、
(え…)
唇に何かが、触れた。
驚いて、思わず目を開いた私の視界いっぱいに、センパイの顔が。
まつ毛長、肌白、鼻高、なんてどうでも良いデータが入り込んでくる。
離れたセンパイが、目を開くと、眉間に皺が寄せられた。
「目開けんなばか」
おでこを指で弾かれた。
「す、すみません」
(って、どうして私が謝ってるの)
「えっと、あの、お礼は…」
「今のでいい」
「い、今のは・・・、き、キスでしょうか」
「今のがキスじゃないならなんだろうね」
「じ、地味子には、ちょっと、ハイレベルすぎて…」
ぼっ!と、今になって顔が爆発。
顔が熱い。
「レベル上げ頑張って、地味子」
(そ、そんな、無理!)
結局、ゴールデンウイーク中、塾の帰りは速水センパイと一緒だった。
「チョコ食べますか」
「うん」
祝日運行で待ち時間もいつもより長くて、その間にもぽつりぽつりと交わす会話。
一日中頭を使っているせいか、糖分が無性に欲しくなってコンビニで買ったチョコを一粒センパイの手に落とした。
私も口に放り込む。
解けて広がるカカオが疲れた頭に染みていく。
「この前の塚田くんはどうなった」
「あれ以来、目も合いません」
事実、あからさまに避けられている感じだった。
きっと速水センパイみたいなイケメンに他をあたれと言われたからそうしたんだろう。
センパイは、自分から聞いてきたのに「ふーん」とまた興味なさげ。
「レベル上げする?」
「なんのですか」
「キス」
「…そういう事は、彼女としてください」
地味子をなんだと思っているのか。からかい甲斐のあるおもちゃ程度だろうか。
「彼女いない」
「そう、ですか」
まぁ、そうか、普通彼女がいたら他の人にキスしたりしないか、と納得。
いや、でもあの速水センパイなら、彼女じゃない女の一人や二人いてもおかしくない。
むしろ、居ないほうがおかしい。
「地味子」
「はい」
(え、でも待って)
彼女でもないのに、キスってするもの?
「彼女になって」
「はい」
(彼女になって…?)
彼女ってなんだっけ。もはや恋愛経験ゼロの私には哲学の領域になってきた。
「じゃ、よろしく、俺の彼女さん」
「えっ?…いや、違、今のナシ!」
「ナシはナシ」
どこか弾んだ速水センパイの声。
繋いだ手に力が入って、センパイの顔が近づいてくる。
「ま、待って…くださ」
右腕で顔を隠すも、センパイの左手に掴まれてはがされて。
「待ったもナシ」
2回目のキスは、チョコの味がした。
ゴールデンウィークが終わって、学校が始まり席替えが行われた。
私は廊下側の一番後ろの席という、透明人間になるにはベストな席。でも、ちょっと残念なことに左隣は、次期ポスト速水と言われる高土くんだった。彼の周りにはいつも人が集まるから、ちょっと肩身が狭い。
ゴールデンウィークを挟んで、嫌がらせがなくなるかと思ったけど、甘くはなかった。
速水センパイのファンの子たちは、そんなことじゃ忘れないらしい。
「岸野さん、ごみ捨て変わって」
「今日の委員会、変りに出てくれるよね」
「これ、田中先生に渡してきて」
クラスの子たちからは、前にも増して雑用を押し付けられるようになったし、他のクラスの子からは、相変わらず地味にちょっかいが出されていた。
(こんなの、かわいいもんだ)
もともと、友達など居なかったから、失うものもなければ、傷つくことも無かった。
3年前と今では、違う。
「岸野」
放課後、私に高土くんが遠慮がちに話しかけてきた。
「お前、大丈夫か?」
何のことかは、すぐにわかった。
きっと女子から受けている嫌がらせの事を言っているのだろう。今日のHRでは、体育祭の借り物競争を押し付けられてしまったのだ。
「大丈夫って、何が?」
それでも私は、知らない振りをした。
「何がって、嫌がらせだよ。借り物競争だって、あんな無理やりさ…。嫌なことは嫌って言ったほうがいいぞ」
「あ、うん、でも大丈夫。私、慣れてるし」
嫌だって言ったところで、何も良い事なんかないんだから。
「慣れてるって、」
「嫌なことは嫌って言うから、大丈夫。心配してくれてありがとう。じゃぁ、私塾あるから帰るね」
高土くんを遮るように言って、私は鞄を持った。心配してくれている高土くんには申し訳ないけど、これで話はおしまい、と遮断した。
このクラスには、速水センパイのファンはたくさんいるけど、高土くんの事を本当に好きな女子もいるのを、私は知っていた。
体育やトイレなどで話しているのを何度か聞いたことがある。
だから出来るだけ、高土くんとの接触は避けたかった。
3年前の事を思い出すーーーー
中学2年の2学期、事件は起こった。
それまで、私は今みたいに透明人間になりたいわけでも、息をひそめていたわけでもなく、ごく普通の女子だったと思う。
けれど、歯車が狂い始めたのは、私が友達からの勧めで眼鏡からコンタクトに変えて、髪型を変えた頃。
「岸野って、かわいくなったよな」
委員会から戻ってきた教室の手前で聞こえた、男子の話し声。話題が私だと気づいて驚いた私は思わず足を止めてしまった。そして、委員会が同じだった石川さんも同じく止まっていた。
「好みかも」
その声が、山本君だと気づいた時には、石川さんは走り出していた。
そう、石川さんは山本君のことが好きだったのだ。
「待って、石川さん!」
「来ないで!」
悲鳴のような叫びに、胸が痛くなる。
「あの、私は、」
私は、なんだというのだろう。
自分で言い出しておいて、言葉が続かなかった。
「かわいいとか言われていい気分だよね、夏菜子ちゃんは」
「そんなことないよ」
「前も、私が山本君のこと好きなこと知ってて、楽しそうに話してたよね」
「え、それは、皆もいたし…」
「ひどい…、好きだったのに…」
その次の日登校すると、上履きがなくなっていて、クラスの女子全員が私を無視しはじめた。
私は、石川さんの好きな山本くんに手を出した最低な女、というレッテルを貼られて完全にクラスで孤立してしまったのだ。
それは冬休みを挟んでも続き、私は精神的に病んで3学期はほとんど保健室登校になっていた。それでも、学年が変わってクラス替えがあり、泉と同じクラスに慣れたことで学校にも行けるようになってなんとか卒業することができたのだけど。
同じ中学の子がほとんど行かない、少し離れた市外のこの高校を選んだのもそのためだ。
そして、今に至る。
必要以上に人と関わらず、ずっと壁を作って距離を保ってきた1年間。2年になってもそれは変わらない。
(だって…)
心を許した人からの拒絶は、3年前、鋭利な刃物となり私を八つ裂きにした。その痛みを、私は忘れていない。いや、忘れられないのだ。
もう、あの時の二の舞は踏みたくない。
だから私は、透明人間になりたい。
ゴールデンウィークが明けてからも、図書室での時間は変わらなかった。
速水センパイは、来たり来なかったり。
それでも、週に3日は来てくれているかもしれない。
彼女になって、と言われてからも、私たちの関係に変化は無かった。
キス以外は。
「いい加減、慣れたら」
図書室で、不意に唇を奪われて赤面する私を冷ややかな目で見るセンパイ。
私は、恥ずかしさを隠すため、カウンターに向き直る。
「無理です、地味子ですよ私」
「あ、そうだ、これ読んだ」
手渡されたのは、前に貸した小説。
「面白かった」
別に自分のことを褒められたわけじゃないのに、無償に嬉しい。
「地味子のおすすめ、他のも貸して」
「はい!明日持ってきますね」
今から、何にしようか、考えるだけでわくわくする。
「はは、地味子はホント本が好きだよな」
センパイの、屈託のない笑顔を初めて見た。
いつも気だるそうな、やる気のない表情が、くしゃっと笑うとすごくかわいい。
新たな発見が私をまた嬉しくさせる。
「センパイだって、相当好きなくせに。私よりずっと読んでますよ」
「は、なんでわかんの」
「えーと…履歴で…知ってます」
「うわ、職権乱用。地味子って実は俺のストーカー?」
「ち、違いますよ!私、いつも返却担当だから、好きな本があると、ついどんな人が読んだのか気になって、履歴みちゃうんです。それが、いつもたまたま速水センパイだったってだけです」
(変態だと思われちゃうかも…)
不安になって、偶然を強調してしまった。
「ふーん、俺の事、前から気になってたってこと?」
当の本人は、不敵な笑みを浮かべて、じりじりと詰め寄ってきた。
「そ、そうです、だから、購買で初めて話したとき、気が動転しちゃって…」
まぁ、あの速水センパイだからという方がインパクト大ではあったけれど。
「俺、嫌われてんのかと思ってた」
「センパイでも、そんな風に思うことあるんですね」
つい、思ったことが口からそのまま出てしまった。
「地味子は俺のことそんな風に見てるんだ」
「いや、い、今のは、言葉のあやといいますか」
カウンターに頬杖をついて、顔を覗き込んでくるセンパイ。
俯いて得意の髪の毛シェルターを作っても、センパイの指で耳にかけられてしまっては意味をなさない。
「こっち向いて」
センパイは、指の背で私の頬を撫でたかと思うと、その指は首をゆっくりと通って下っていく。
普段、人に触られることの無い首を撫でられて、ぴくりと体が反応してしまう。何をするのだろう、と思ったとき、センパイの指はブラウスのボタンをぷち、と一つ外したのだった。
「な、何してるんですか!」
「こっち向かないから、ボタン外した」
「いや、だから…」
「やっと向いた」
満足そうに笑って、近づくセンパイ。
薄い唇が、そっと重ねられる。
それは、優しさに溢れた口づけだった。
「え、夏菜子それ、完全に遊ばれてない?」
ちょっと、大丈夫?と心底心配そうな目を向けられた。
これまでの事の次第を、泉に話しただけなのだけれど。
「何か、おかしい?」
「いや、話すのが塾の帰りとお昼の図書室だけなんておかしいでしょ!付き合ってるなら、普通に校内で話したり、一緒に登校したり、土日遊んだりするでしょうが。それを隠れてこそこそなんて、それって遊ばれてる以外ないんじゃないの?」
泉のいうことは最もだった。でも、周りに知られていないセンパイとの関係は透明人間になりたい私には合っているというか…。
そもそも、「センパイの彼女」というポジションなど私には荷が重すぎる。
「まぁ、確かに言われてみれば…そうかも…」
そうか、あの速水センパイと付き合うってだけで思考が停止していたけど、よく考えてみれば、私、本命じゃないな。
いや、普通に考えれば当たり前か。地味子だし。
「でも、センパイ、すごく優しいよ?」
「いや、その扱いで塩対応だったらもはや彼女でもセカンドでもなんでもないから」
(そ、そうか…)
妙に納得してしまう。
「そういえば、好きとか言われてない…」
「ほらほらほらー!もー、夏菜子やだ!心配だよぉ!」
「え、でもどうすればいいの?」
「傷が浅いうちに別れよう。大丈夫、夏菜子はかわいいからすぐに彼氏できるよ」
ーーー別れる。
泉の言葉がドスンとお腹の中に重くのしかかった。
(この関係を終わらせるってこと?)
(そんなの、無理だよ)
私の、今の心の支えは、紛れもなくセンパイとの時間だった。嫌がらせを受けても、学校に来れているのは、センパイが居るから。そのセンパイとの時間さえも失ったら、もう来れなくなるかもしれない、と急に不安が私を襲う。
グラン、と体が何かに押されたかのように頭がぐらついた。
「か、夏菜子…?!」
泉の驚いた顔と、ぽたぽたと、ノートに落ちていく水滴を見て初めて自分が泣いているのだと気づいた。
「泉…。私、、センパイが、好き。センパイが好きなんだ…」
もう、無かったことになんて、出来ないところまで来ていた。
早いもので、5月も終盤。
6月の頭には、体育祭が控えている。
幸い?というか、押し付けられた借り物競争に出る私は、それ以外に競技の出番はなく、個人競技のため練習も必要なかった。
当日、適当にやり過ごせばいいやと考えている。
「地味子」
「はい」
「キスしたい」
最近、センパイのキス攻撃が半端なくて困っています。
駅のホームでも、電車の中でも、図書室でも、ちょっと人目がないとすぐにキスしてくる。
泉とのやり取りもあって、センパイの全部が全部素直に喜べるわけでもないけれど、それでも、やっぱり、嬉しくて。
「大人のキス、してみる?」
センパイの言葉は、体の芯を揺さぶる。
「い、いや、レベルが足りません」
「はは、まだレベル上げ必要?」
笑いあっていると、キュッキュッと上履きの音が聞こえて、私たちは前を向いて居住まいを正した。
「あ、岸野、いた…」
ドアを開けて入ってきたのは、高土くん。
彼は、私の隣に座るセンパイを見て一瞬固まってから、センパイに軽く会釈をした。
「高土くん、めずらしいね。本借りに来たの?」
「あ、あぁ、うん、今月の図書だよりに載ってたおすすめ本、あるかな」
「今検索するね…」
マウスを動かして、カチカチと小説のタイトルを入力するクリック音が室内にやけに響いた。
「あのおすすめ本、岸野だろ書いたの」
「うん、そう。借りてくれるなんて嬉しい。…あ、大丈夫、あるよ、待ってて取ってくる」
私は立ち上がってカウンターから出て、小説を取りに行った。お目当ての小説を手に取って、戻ろうとするとすぐ後ろに高土くんが居てぶつかりそうになった。
「び、びっくりした」
「いや、びっくりしたのはこっちだって。なんで速水センパイがいんの?」
「え、あー、な、なんでだろうね、あはは、図書委員だから、かな」
「嘘つけ。あのセンパイが委員会なんてやるわけないだろ」
(確かに…)
「もしかして、付き合ってる…とか?」
「えっ、ないないないない!あの速水センパイだよ?!」
「だよなー!ごめん、馬鹿なこと聞いた」
(何、焦ってるんだろう、私)
「あ、これ、貸出手続きするから、ちょっと待っててね」
カウンターに戻って、バーコードを読み取ると機械から吐き出された紙を一枚はカウンターの箱に入れてもう一枚は本に挟んで高土くんに渡す。
「はい、期間は2週間です」
「さんきゅー」
高土くんは、じゃーなと言って図書室から出ていった。
ドアが閉じられて、静寂が訪れる。
(なんか、気まずい?)
気のせいかな。
「へー、付き合ってなかったんだね、俺ら」
気のせいじゃなかった。ばっちり聞こえてたようで。
「ご、ごめんなさい…つい」
恥ずかしいのと、もし噂になったら、と思うととても肯定は出来なかった。
「あ、センパイ、待って」
立ち上がったセンパイの背中にそう声をかけたけれど、センパイは振り向いてもくれなかった。