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 僕の通っていた高校はいわゆる地域に根ざした公立伝統校で、『自主独立』なんて標語を掲げる自由な校風だった。
 みんな地元の国立大学か、首都圏の有名私立大学を目指して集まってきた連中だから、いちいち縛りつける必要がなくて、髪型とか持ち物なんかは放任と言っていいくらいなのに、ちゃんと勉強だけはやっているような学校だった。
 だけど、そんな高校でも、どうしておまえが合格したんだというやつはいる。
 ――僕だ。
 間違いやすい漢字って、誰にでもあるものだ。
 僕の場合も、『専門』を『専問』と書いてしまったり、『訪問』を『訪門』と迷ったり、『救急車』と『急救車』はどっちだっけとか、小学校の頃に何度も同じところで間違えてばかりいた。
 中学に入ってからも、そういう間違いはしょっちゅうだった。
『イタリアのローマ市内にある世界最小の国は』という問題に、『バカチン四国』と書いて、先生に『おまえはテツヤか! しかも四国ってうどんじゃねえんだから』とツッコまれたことがある。
 ――あの、僕、テツヤなんですけど。
 選挙のおじさんみたいに『ヒグチテツヤ、樋口哲也をよろしくおねがいします』と、何度心の中で唱えたことか。
 それに、四国がうどんって、香川以外の県に怒られるでしょ。
『ミカンか!』とか、『カツオか!』とか、あとは……『うず潮か!』くらいはつけたしておかないと。
 間違えるくせに、一応ちゃんと知識だけは頭に入っている。
 だからそんな高校にギリギリ潜り込めたんだろう。