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 高校に入学する時、芸術科目を選択しなければならなかった。
 僕の高校は音楽、書道、美術の三つから希望を出すことになっていた。
「おい、樋口、おまえ何にすんの?」
 入学説明会で、後ろに座っていた同じ中学出身のダイキに背中をつつかれた。
 合格発表から一週間後、三月の体育館はまだ少し寒くて少し前からトイレに行きたくなっていたから、「ほわっ」と思わず大きな声を出して飛び上がってしまった。
 選択科目の説明をしている壇上の先生に早速にらまれてしまう。
 入学前から要注意生徒として目をつけられるのは勘弁して欲しい。
 まわりの知らない女子たちも笑いをこらえている。
「どれも苦手だから決められないよ」と、少しだけ背中を反らせて答えておく。
「おまえ音痴だもんな」
 僕はカラオケでアイドルグループのノリノリのヒット曲を歌ってるのに、「あれ、もう閉店?」と、みんなが『蛍の光』かと間違えて帰り支度を始めてしまうくらい歌が下手だ。
 書道にしても、じっと座って一画一画丁寧に線を引いていくのが無理。
 消去法で美術かというと、これもまたキリンを描いたのにダックスフントかと言われるし――どこが伸びてるんだよ――、鹿を書いたら「こんな馬いないだろ」と文字通り馬鹿にされるレベルだ。
 だけど、美術に関しては、二つ武器がある。
 どういうわけか、僕は遠近法というか、パースというやつが得意らしい。
 まっすぐな廊下が奥に向かってすぅっと一点に収斂していく、あれを表現するのがうまいんだそうだ。
 自分でもどこがいいのかよく分からないんだけど、「いいよ、いいね、実にいい。すごいよ、ぞくぞくするね」と怪しいグラビアカメラマンみたいに美術の先生に褒められたことがある。
 あと、中学の夏休みの宿題で、画用紙いっぱいに小さな四角をひたすら描きまくって、『緑を大切に』という標語を書き加えたポスターを提出したら、市の芸術祭に出展されて優秀賞をもらったこともある。
 見渡すかぎりビルだらけの大都会が逆説的に緑の大切さを訴えているなんて、描いた本人が一番赤面するような評価がついて、全校生徒の前で表彰された。
 絵は下手だけど、アイディア次第でなんとかなるかもしれない、なんて思ったのが間違いだった。
 僕は美術を第一希望として提出し、入学してからものすごく苦労することとなる。