「……人間を、創れるん、ですか?」

 千夏が意を決して発した言葉を聞いて、赤いエプロンの青年はくすっと笑った。
 エスコートし終えて店内に戻って来た青いエプロンの青年を呼び寄せると、なあに、ととことこと近付いて来た。そしてぎゅうと赤いエプロンの青年の腕に抱き着くと、仲睦まじいその様子は雑誌のグラビアそのままだ。

 「初めてのお客さんだから自己紹介して」
 「はーい。初めまして。累の弟型アンドロイド《YUI》だよ。ユイって呼んでね」
 「……え?」
 「俺が累ね。棗累。ユイは俺の弟がモデルなんだ」

 ユイはにっこりと微笑んだ。よく挨拶できたなー、と累はよしよしと頭を撫でている。
 とても成人男性とは思えない可愛がり方で驚くが、それ以上にユイの言葉は衝撃だった。

 「え!?あ、あなたアンドロイドなんですか!?」
 「うん」
 「嘘ですよ!こ、こんな、人間じゃないですか!」
 「でしょー?えへへ。僕高性能なんだ」
 「……い、生き返らせたって……テレビで……」
 「ああ、あれは生きた人間に見紛うくらい精巧だって比喩だよ」

 精巧、で済ませて良いのだろうか。
 これほどのアンドロイドを作れるともなれば時代を一歩先に進めるようなものではないだろうか。
 半信半疑でいる千夏に気付いたのか、ユイはチカチカと目を点滅させた。黒目の中心がグリーンに点滅している。だがいくら見ても眼球が作り物には見えない。強いて言うなら目頭付近のまつげがつけまつげの様な違和感が無くもないが、だがそれも言いがかりに近い。人間が目を光らせることに成功したと言われたらその方が信じられる。
 どこからどう見ても人間でしかない奇跡のアンドロイド。そんなものを作れる人間がいるのか、そう思ったところで千夏はハッと息を飲んだ。

 (……そうか!これが夏目翔太のアンドロイド!)

 伝説の開発者監修にしては残念としか言いようのないこのカフェが、それでも美作の名を冠してオープンしている理由はこれかと千夏の呼吸は興奮で荒くなっていく。

 (じゃあユイさんを作ったこの人が、累さんが夏目翔太……)

 千夏はクールで気難しく口を開こうとしない恐ろしい人間をイメージしていた。
 それがまさか弟を猫かわいがりする、こんなに感情豊かで柔らかい雰囲気であるなどとは思いもしなかった。しかも隠れる事も無く店長に座しているなんて。
 千夏はため息を吐いて累と結を呆然と眺めるしかなかった。

 「で、悪いんだけどユイは予約制なんだ。今日は予約でいっぱいでね」
 「合間にまた来るよ」

 まだ何も分かっていないのに、ユイはばいばーいとフロアへ戻って行ってしまった。
 その姿はどう見ても人間で、何も知らずに入店した人が見たらアンドロイドなどと気付かないだろう。
 千夏はじいっとユイを見つめていると、突如視界が黒い何かで遮られた。

 「わあ!」
 「猫好き?ハイ」
 「えっ、え、あ」

 黒い物体は子猫だった。
 ひょいと膝に乗せられた子猫は小刻みにぷるぷると震えている。そっと撫でるとふわふわで温かく、その身体はとても柔らかい。
 客席で接客に出ている猫型のロボットもいるが、決まった範囲で決まったパターンの行動を繰り返すそれとは違い、膝の上でうろうろしたり床に飛び降りたかと思えばまた膝に戻り寝息を立て始める。
 やはりこうして生きている猫を目の前にすると、ハイクオリティでもやっぱりロボットはロボットだな、と拭いきれない違和感を実感した。

 「ここペット可なんですね」
 「不可だよ。そいつはロボット。猫のロボットね」
 「え!?」

 千夏は驚いて膝で眠る子猫を凝視した。
 確かめるように撫でるとにゃあ、と鬱陶しそうにすり抜け累のところへ行ってしまう。
 慌ててメニューを見ると、動物型ロボットの人気ナンバーワンとして掲載されている。名前はリリィで、モデルになったのは店長の累と弟の結が飼っていた猫らしかった。

 「寿命で死んだんだけど、結があんまりにも泣くから似せたロボットを作ったんだ。可愛いだろ」
 「……生き返らせたんですか」
 「似せたロボットを作ったんだよ」

 だとしても、ロボットだと気付かれなければ生き返ったのと同じだ。
 ましてや動物は言語が通じない。もし入院して、退院した時にこのロボットを渡されたら果たして本物が死んだことに気付けるだろうか。
 嘘は嘘だと明らかにならなければ真実であり続ける。必ずしも真相を告げる事が幸せとは限らない。
 一体何が生きているのか死んでいるのか分からなくなり、千夏は頭を抱えた。すると窓がビル風でガタガタと揺れ、視界の端で季節外れのソメイヨシノが目に入った。

 「……あのソメイヨシノ。あれもあなたが生き返らせたんですか?」
 「人工樹だよ。遊園地なんかにはよくあるだろう?違うのは好きな時に開花させられるってとこかな」
 「そ、そんなことできるんですか」
 「できるよ。アンドロイドが瞬きする頻度を設定できるのと同じ」

 夢見ていた全てが現実にひっくり返され、ああ、と千夏は肩を落とした。
 
 「ソメイヨシノって全部クローンなんだよ。挿し木で増やしたから全部同じ存在といえる。だから全国で開花時期が同じなんだ」
 「クローン……」
 「店の看板モチーフがソメイヨシノって皮肉だよな。アンドロイドはクローンじゃないのに」

 累はポケットからスマホを取り出し千夏に見せると、そこには一枚の画像が表示されていた。

 「これがユイのモデル。結ぶって書いて結《ゆい》。もういない俺の片割れだよ」

 それは双子がぎゅうと抱き合っている写真で、雑誌のグラビアと構図が良く似ている。
 さきほども目の前で全く同じ光景を見たが、あれはアンドロイドのユイだ。だがこの写真の青年は本当に結という人間だろうか。これがアンドロイドのユイだと言われても分からない。それくらいユイは生きた人間に見える。
 累はロボット猫のリリィを抱き上げそっと撫でた。いや、もしかしたら目を放した隙に本物と入れ替えってるかもしれない。千夏はモデルになった猫が本当に死んでいるかどうかを知らないのだから、すり替えられていても分からない。
 千夏がぐるぐると頭を回していると、累がくすっと微笑んだ。

 「それで、君は誰を生き返らせたいのかな」

 千夏の心臓がびくりと震えた。
 アンドロイドはクローンじゃない。錬金術の人体練成でもない。作り物だ。動くマネキンだ。
 それでも千夏は思ってしまった。

 (鬼才、夏目翔太。この人なら千春を『創れる』かもしれない)