「ど、どう、なに、なんで、尖、うそ、だってうちに遺骨が」
「たしかに俺の骨は家にある。でも肉はここにある」
「ひいっ!」
硝子は尖に腕を掴まれ、殴るようにその手を振り払った。
いてっ、と尖は口を尖らせて、その拗ねた顔は生きていた頃の尖そのものだった。
「どうして、なんで生きてるの、あの時、あの時、たしかに」
確かに尖は死んだのだ。
その遺体を確認して火葬もし、だから遺骨がある。当時の姿でそのまま闊歩するはずが無いのだ。
しかも少し成長しているように見える。尖が死んだのはまだ幼さの残る容姿をした十二歳の頃だったが、目の前の少年はもう少し上で十五歳かそこらに見える。
顔がどんどん土気色になっていく硝子を見て、尖はくくっとあくどい笑みを浮かべた。
そしてガツガツと乱暴な歩き方で硝子を壁まで追いつめ、ずいっと顔を近づけて硝子の顎を掴み上げた。硝子は、あうっ、とうめき声をあげた。
そして尖はにいっ、と口角を吊り上げ気味悪く笑った。
「ごめんな。せっかく殺したのに出てきちまって」
「……は?」
*
尖が入院していた病院の傍には崖があった。
断崖絶壁というわけではないが、落ちたら大怪我をするか海に呑まれてしまうのは確実で、投身自殺や落下事故もあり立ち入り禁止となっていた。
しかしそれも柵があるだけで侵入は可能だ。
そして硝子は尖を連れて崖に立ち、ぶつぶつぶつぶつと呟いていた。
「もう無理なんだね……もう無理なの……」
尖はお姉ちゃん、お姉ちゃん、と硝子の手を掴んでいた。これ以上後ろに下がれば落ちてしまう。それなのに硝子はじりじりと歩を進めてくる。
お姉ちゃん、と尖は叫んだ。何度も叫んだ。そして硝子は――
「うわあああああああああああ!!!」
尖の手を振り払ったのだ。
そしてその十日後その場所で、尖の遺体が発見された。
「俺を見つけたのは警察だった。それも死後十日も経ってからだ。そしてあんたは捜索願を出してなかった。理由は気が動転して頭が回らなかったから?いいや、違う」
硝子は迫りくる尖の向こうに金緑の姿を見つけた。
恐怖に顔を歪めて助けを求める硝子に手を振った。そして尖はガアンと音を立てて硝子の顔の真横を踏みつけた。
「せっかく殺したお荷物を見つけてほしくなかったんだよな!」
「いやあああっ!!」
硝子は耳を塞いで床に転がった。
ははは、と尖は声を上げて笑っていたけれど、さすがに見かねたようで、金緑が後ろからぺんっと尖の頭を叩いた。
「いじめるのはそれくらいにしたらどうだい」
いつも通りの穏やかで美しい声に硝子は勢いよく金緑を見上げた。
硝子が手を伸ばすと金緑はその手を取り立ち上がらせてくれる。ほっと一息つき金緑の背に隠れようとしたけれど、金緑は硝子を掴んで尖の前に突き出した。
「ほら、すっかり怯えてしまった。これからまた二人で一緒に暮らすのに、これでは気まずいじゃないか」
「……一緒、に、暮らす?」
「何を鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてるんだい?当然じゃあないか。弟の面倒はお姉ちゃんが見てあげないと」
「ま、まって。まってよ。あなたが連れて来たんでしょ。あなたがどうにかしてよ!」
「ええ?僕は連れてきてないよ。勝手に来たんだよ」
「姉さんは俺と一緒は嫌なのかよ。まあそうか。殺したいほど憎い弟だもんな」
「ちが」
「違う?憎くない?じゃあよかった!一緒に帰ろう!」
「え、え、ええ、え」
事態に頭が付いていかない硝子はきょろきょろと辺りを見回す。
誰かがいるわけはないのに、誰か、誰か、と唇を震えさせた。もう金緑に助けを求める事すらできない。
裏切られた、硝子は心の中で泣き叫んだ。あれほど楽しい毎日は全て嘘だったのだ。こうして尖に差し出すために繋ぎとめていただけだったのだ。
硝子はぼろぼろと涙を流した。
しかし金緑は何も言わず、尖はふうん、とつまらなそうに眉をひくりと動かした。
そして硝子の耳元に唇を寄せてこそっと呟いた。
「金緑さんが好きなの?駄目だろ。姉さんは弟殺しの罪悪に苦しみながら生き続けるんだから」
硝子はぎょっと驚いたような顔をして、ふるふると首を振って尖から距離を取った。
しかしそんな事を尖が許すはずも無くて、硝子は尖に抱え込まれた。
「俺と引き換えに入れたものを見せてくれよ、姉さん」
そう言って尖はひょいっと硝子を抱き上げた。
硝子はなすすべなく、震えながら抱き上げられるしかなかった。
「君のアレキサンドライトはどんな二面性を持っているのか、磨きあがりが楽しみだね。罪悪の姫」
金緑はただ美しく微笑んでいた。