硝子が変彩宝石堂に通い始めて二週間が経った。

 今日もいつものように金緑を訪ねていたが、特別な事をするわけでは無い。
 お茶を飲みながら他愛もない会話をしたり店の宝石を硝子に試着させたりと、どちらかといえば同じことの繰り返しだ。
 仕事の愚痴や日々の苦しみといったネガティブな話も嫌な顔をせず真摯な態度で聞いてくれた。
 今まで食う・寝る・働くしかしてこなかった硝子にとって美しい金緑と宝石に囲まれる時間はいつも新鮮で、今や何物にも代えがたいものになっていた。

 「帰りたくないな……」

 暗闇に飲まれていく窓の外を見てそう呟いた。
 硝子は無意識だったようで、すみません、と顔を真っ赤にしながら首をぶんぶんと左右に振った。
 金緑はいつものように、ふふ、と美しく微笑むと、しゃがんで床に落ちている硝子のアレキサンドライト原石を拾い上げた。

 「……あれ?それそんな綺麗な石でしたっけ」

 金緑が蛍光灯に透かして見ると、ただの石ころのようだったそれはいつの間にか青い宝石に姿を変えていた。
 まだところどころガタついているけれど、間違いなく宝石に見える。
 転がっている物に目をやると八割は原石のままだ。形は随分と直線的に整っているけれど、宝石になっている物はあまりない。
 金緑の美しさに目を奪われて気付かなかったが、確実に最初の頃とは違っていた。
 金緑はうっすらと微笑んだ。

 「君は今楽しいかい?」

 金緑は、コツン、とかかとを鳴らして硝子に一歩近づいた。

 「誰かと共に生きたいと思うかい?たとえば僕と」

 金緑は、コツン、とかかとを鳴らしてもう一歩近づいた。そして硝子に向かって手を伸ばし、硝子の頬をゆっくりと撫でる。
 いつになくひやりとしたその手のひらにびくりと震えて、硝子はおずおずと金緑を見上げた。
 金緑はアレキサンドライトの瞳でぎょろりと硝子を捕らえていた。

 「……金緑、さん?」

 金緑はいつものような美しい微笑みではなかった。

 「そろそろ宝石へと磨き上げよう」

 金緑は店の扉をゆっくりと開いた。

 「さあ、君が共に生きるのはこの子だ」

 そう言って金緑は誰かを店内に招き入れた。既に二十一時を過ぎていて、閉店しているこの店に客が来るとは思えない。
 どこか冷ややかな表情を浮かべる金緑にほんの少しだけ恐怖を感じて、その金緑が連れてきた人間の顔におそるおそる目を向けた。
 すると、そこにいたのは硝子が二度と出逢うことが叶わないはずの人物だった。
 クリソベリルのような瞳をしているその人物は――

 「久しぶり、姉さん」
 「……尖?」

 硝子の弟で、死んだはずの矢野尖だった。
 金緑は腕組みをして、床にへたり込んだ硝子を嬉しそうに見下ろしていた。