私はただただ驚いて、谷向くんを見詰めることしかできなかった。
「セブンティーン。お前からも懇願しろよ。俺とはもう関わらないでくださいってな」
「……何でだ。つーか、さっきからセブンティーンセブンティーンうるせぇよ。俺の名前は透埜だしまだサーティーンだ。大体何でそんなことを、赤根川に懇願しなくちゃいけねーんだよ。話しかけるなって言ったことは……あるけど」
 声が小さくなったことを不思議に思った私が目を向けると、七瀧くんは机の上で両手を組んで俯いていた。
「人殺し」
 物騒な単語が耳に飛び込んできて思わず息を呑む。
 声のした方に顔を向けると谷向くんが、険しい顔を七瀧くんに向けていた。
「昨日、お前から話を聞いた限り……お前のことを、母親に死ねよって暴言吐いて自殺に追い込んだただの人殺しとしか思えなくなった……」
 七瀧くんが人殺しって本当なの? 本当にお母さんを自殺に追い込んだの? 喉元まで出かかった言葉を、溢れ出た唾液と一緒に飲み込む。
「ほんとは誤解することがないように、両方から話を聞くべきなんだろうけど、お母さんはこの世にいないから聞けないからな……。お前が殺したせいでさ。俺がお前ん家の真向かいから坂の下に引っ越したから、騙せると思ったんだろ? 病気で亡くなったって自分の罪隠して、平気で嘘吐きやがって。実際六年間も、お前が昨日白状するまで騙されてた……。今日からお前のことは人殺しって呼ぶ。決定事項だから文句は認めない。……セブンティーンって呼ばれんの嫌って言ってたしちょうどよかったじゃんか。な?」
 七瀧くんは谷向くんの方を一度も見ようとしなかった。
 俯いたまま組んでいる両手に力を入れて、小さく首を横に振った。
「いや、セブンティーンでいい」
「人殺しって呼ばれるぐらいなら、か?」
「……ああ。呼ばれ慣れてるから名前が一番いいけど」
「透埜。お前が殺したお母さんがつけてくれた名前だって言ってたよな」
 谷向くんが薄笑いを浮かべながら言うと、七瀧くんがぴくりと反応して、ややあって顔を上げる。
 やめろよ、と言いたげな悲しそうな表情で谷向くんを見る。
「今この瞬間にその名前捨てろよ。そして二度と名乗るな」
 七瀧くんは口を開きかけたけどその口から声が発せられることはなかった。谷向くんの顔をちらちらと窺いながら手を組み直す。
「ねぇ、シロー。ちょっと聞こえちゃったんだけどさぁ……とーやがお母さん殺した人殺しってほんとうなの?」
 私が訊きたくても訊けなかったことを口にしたのは、純恋(すみれ)ちゃんだ。
 叶生(かのう)純恋ちゃんは、驚くほど顔が小さくて、足が細く、学年一美人な女子だと誰もが認めている女子だ。
「ごめん……。やっぱ私の聞き間違いだった?」
 純恋ちゃんは黙り込んでいる谷向くんと七瀧くんに向かって、申し訳なさそうな顔で手を合わせた。
「聞き間違いじゃねぇ。こいつは実の母親を殺した人殺しだ」
 七瀧くんではなく、谷向くんが先に口を開いて言い切ったその途端、教室内が一気にざわざわと騒がしくなった。
「は、人殺し!? とーやの奴マジかよ!?」
「冗談だと思って聞いてたけどガチなんだだったんだな」
「んなわけねーだろ。どうせ目立つために用意したネタだ。つまり二人ともグル。信じるバカがどこにいる」
「嘘でしょ、透埜くん……。初耳なんだけど」
「……これで七瀧の人気は確実に地に落ちる。アイドルみたいにチヤホヤされて調子に乗ってるから過去の過ちを幼馴染にバラされるんだ。ざまぁみろ……」
 クラスメイトのみんなが好き勝手に発言したなかで、私の耳で聞き取ることができたのはこれぐらいだった。
 大丈夫だろうか。心配になって七瀧くんの表情を窺う。瞼の下がピクピクと痙攣して、涙袋の下にある黒子が動いている。
 七瀧くんに優しくない声や言葉の数々をぶっ壊したくて、私は声を張り上げた。
「そんな話、私は信じない! 私は七瀧くんを信じるし、七瀧くんが言った言葉しか信じない!」