「……そろそろ帰ろうぜ?」
七瀧くんが言った。
申し訳なさそうな表情から、みんなの瞳に光るものが溜まっていることや、息が詰まりそうな深刻な空気になっているとに気づいたことが窺えた。
「そうだな」
真っ先に返事をしたのは谷向くんで、「帰ろうぜ」とみんなに向かって言う。
「もうすぐ雨が降り出しそうだしさ。俺、傘忘れたんだよ」
「あっ、俺も忘れた! 最悪じゃん!」
顔を顰めた犬塚くんに榎塚くんがくすりと笑う。
「もし降ったら俺の傘に入るか?」
「お、マジ!? サンキューかがり!」
「うん。あっ、天ちゃんは傘持ってきた? 天ちゃんが忘れたなら入れたげる。雫音を出して」
「お、おい! 何でだよ!?」
「さすがに三人は無理だから」
「いやそういうことじゃなくてだな……、」
「こんな時だけど、久しぶりに話せたし相合い傘をするチャンスを逃したくない」
まだ喋っている犬塚くんをその場に放置して、私に近寄ってきて目の前でぴたりと立ち止まる。
「天ちゃん、俺の傘入る?」
「……ううん。私、忘れてないから。夕方から大雨降るっていう予報見て持ってきた」
「持ってきたの? マジかぁ……。残念」
榎塚くんはしょんぼりとした顔をした。けれど、私には少し大袈裟に見えて演技ではないかと疑ってしまう。
「これだけは誤解して欲しくないんだけど誰とでもってわけじゃないよ。俺は、天ちゃんと、相合い傘したかったんだ」
「どうして?」
私と、の部分は嘘だと確信しながら尋ねる。
「天ちゃんのことが好きだから。初恋なんだ」
榎塚くんから突然告白された。告白にしてはあっさりとした言い方だった。だから告白も嘘でからかっているだけなんだな、と思った。
「……見られたくなかったな」
「えっ?」
「透埜をいじめてる時も辛かったけど、それを天ちゃんに目撃された時は、もっと辛かったかな。……いいよ。ただの独り言だから気にしなくて。告白の返事。遠慮なくしちゃって」
「確認なんだけど……告白されたの、私」
「うん、そうだよ。俺は透埜をいじめた。許せないのは当然だろうし、そーいう怒りの感情とか色々全部ぶちまけちゃって……俺のこと、こっぴどく振ってよ。そしたら俺、その瞬間に諦めるから」
「私もかがりくんが初恋の人なんだよ」
榎塚くんはぽかんと口を開けた後、
「マジかよ!?」
大声を出す。
「うんマジ。……幼稚園の時、私の髪の毛引っ張ってきた男子にやめろって真っ先に注意してくれた時に、好きになった。あと、小二の時も、下校途中に、重そうなレジ袋を沢山持ったおばあちゃんにすっと駆け寄って、『持ちましょうか?』って優しく声をかけた姿を見て、ますます好きになった。でも。……ごめん。なかなかクラスが同じにならなくて、話すことが少なくなって、心の距離も遠くなって、好きっていう気持ちが薄れてしまって」
りがか、というのは、榎塚くんの下の名前である燎を、逆から読んだあだ名で、幼稚園頃に私がつけたものだ。
私も覚えていると伝えたくて、久しぶりに「りがか」と呼んだ。
「そんな時に好きな人ができて、今も好きなの。初恋の人っていうのは変わらないんだけど……。ごめん」
榎塚くんは寂しそうに笑った。
「うん。好きな人が誰なのかは、言わなくても分かるよ」
どきっとした。分かるの!? 思わず榎塚くんの後方で歩いている七瀧くんの背中に視線を向けてしまう。榎塚くんの視線を感じたから、すぐに戻す。
「あーあ、初恋は叶わないって話は本当だな。でも、俺が悪い。友達に天ちゃんが好きなことがバレて揶揄われて、羞恥心から話しかけなくなった俺が意気地なしだった……。天ちゃんがさ、あいつにばっか熱い視線注ぐようになったことに気づいた時は、眠れなくなるぐらい落ち込んだ」
「え、そんなに!? ご、ごめんなさい……。ホントに」
「謝んなくていいよ。天ちゃんは何も悪くないから。……秘密にしておくし応援する。りがかってあだ名をまだ覚えててくれて、呼んでくれて、嬉しい。ありがとな」
榎塚くんが浮かべたのは、また寂しそうだったけど嬉しそうにも見える笑みだった。だから私は、心に決めた。
「これからも、りがかって呼び続けるよ」
「……ありがとう」
榎塚くんの言い方が、私の言葉を噛み締めるように聞こえたのは、気のせい、だろうか。
「透埜」
榎塚くんが私から離れて走り出して、向かった先は七瀧くんの真後ろで、躊躇なく肩をとんとんと叩く。
「自殺図って迷惑かけたから気持ちを伝える資格ないって躊躇してっと、後々後悔するかもしんねぇぞ」
榎塚くんは意味深長な言葉を口にした。七瀧くんはハッと目を見開いた。
「……誰かに気づかれてるなんて思いもしなかった。後悔、はしたくねぇな」
「俺もまだまだ諦めきれそうにない。モタモタしてると危ないぞ」
「何だよ、それ……。了解。そうだな。ボタン。ボタンって何使ったら穴開けられっかな」
七瀧くんがぼそっと独り言を呟く。
「ボタン?」
聞き返した榎塚くんに「背中押してくれてさんきゅー」と七瀧くんは笑う。二人が何の話をしていたのか分からなくて、モヤモヤしていると、
「卒業式の日にお前に頼みたいことがあるんだ」
七瀧くんが言った。
申し訳なさそうな表情から、みんなの瞳に光るものが溜まっていることや、息が詰まりそうな深刻な空気になっているとに気づいたことが窺えた。
「そうだな」
真っ先に返事をしたのは谷向くんで、「帰ろうぜ」とみんなに向かって言う。
「もうすぐ雨が降り出しそうだしさ。俺、傘忘れたんだよ」
「あっ、俺も忘れた! 最悪じゃん!」
顔を顰めた犬塚くんに榎塚くんがくすりと笑う。
「もし降ったら俺の傘に入るか?」
「お、マジ!? サンキューかがり!」
「うん。あっ、天ちゃんは傘持ってきた? 天ちゃんが忘れたなら入れたげる。雫音を出して」
「お、おい! 何でだよ!?」
「さすがに三人は無理だから」
「いやそういうことじゃなくてだな……、」
「こんな時だけど、久しぶりに話せたし相合い傘をするチャンスを逃したくない」
まだ喋っている犬塚くんをその場に放置して、私に近寄ってきて目の前でぴたりと立ち止まる。
「天ちゃん、俺の傘入る?」
「……ううん。私、忘れてないから。夕方から大雨降るっていう予報見て持ってきた」
「持ってきたの? マジかぁ……。残念」
榎塚くんはしょんぼりとした顔をした。けれど、私には少し大袈裟に見えて演技ではないかと疑ってしまう。
「これだけは誤解して欲しくないんだけど誰とでもってわけじゃないよ。俺は、天ちゃんと、相合い傘したかったんだ」
「どうして?」
私と、の部分は嘘だと確信しながら尋ねる。
「天ちゃんのことが好きだから。初恋なんだ」
榎塚くんから突然告白された。告白にしてはあっさりとした言い方だった。だから告白も嘘でからかっているだけなんだな、と思った。
「……見られたくなかったな」
「えっ?」
「透埜をいじめてる時も辛かったけど、それを天ちゃんに目撃された時は、もっと辛かったかな。……いいよ。ただの独り言だから気にしなくて。告白の返事。遠慮なくしちゃって」
「確認なんだけど……告白されたの、私」
「うん、そうだよ。俺は透埜をいじめた。許せないのは当然だろうし、そーいう怒りの感情とか色々全部ぶちまけちゃって……俺のこと、こっぴどく振ってよ。そしたら俺、その瞬間に諦めるから」
「私もかがりくんが初恋の人なんだよ」
榎塚くんはぽかんと口を開けた後、
「マジかよ!?」
大声を出す。
「うんマジ。……幼稚園の時、私の髪の毛引っ張ってきた男子にやめろって真っ先に注意してくれた時に、好きになった。あと、小二の時も、下校途中に、重そうなレジ袋を沢山持ったおばあちゃんにすっと駆け寄って、『持ちましょうか?』って優しく声をかけた姿を見て、ますます好きになった。でも。……ごめん。なかなかクラスが同じにならなくて、話すことが少なくなって、心の距離も遠くなって、好きっていう気持ちが薄れてしまって」
りがか、というのは、榎塚くんの下の名前である燎を、逆から読んだあだ名で、幼稚園頃に私がつけたものだ。
私も覚えていると伝えたくて、久しぶりに「りがか」と呼んだ。
「そんな時に好きな人ができて、今も好きなの。初恋の人っていうのは変わらないんだけど……。ごめん」
榎塚くんは寂しそうに笑った。
「うん。好きな人が誰なのかは、言わなくても分かるよ」
どきっとした。分かるの!? 思わず榎塚くんの後方で歩いている七瀧くんの背中に視線を向けてしまう。榎塚くんの視線を感じたから、すぐに戻す。
「あーあ、初恋は叶わないって話は本当だな。でも、俺が悪い。友達に天ちゃんが好きなことがバレて揶揄われて、羞恥心から話しかけなくなった俺が意気地なしだった……。天ちゃんがさ、あいつにばっか熱い視線注ぐようになったことに気づいた時は、眠れなくなるぐらい落ち込んだ」
「え、そんなに!? ご、ごめんなさい……。ホントに」
「謝んなくていいよ。天ちゃんは何も悪くないから。……秘密にしておくし応援する。りがかってあだ名をまだ覚えててくれて、呼んでくれて、嬉しい。ありがとな」
榎塚くんが浮かべたのは、また寂しそうだったけど嬉しそうにも見える笑みだった。だから私は、心に決めた。
「これからも、りがかって呼び続けるよ」
「……ありがとう」
榎塚くんの言い方が、私の言葉を噛み締めるように聞こえたのは、気のせい、だろうか。
「透埜」
榎塚くんが私から離れて走り出して、向かった先は七瀧くんの真後ろで、躊躇なく肩をとんとんと叩く。
「自殺図って迷惑かけたから気持ちを伝える資格ないって躊躇してっと、後々後悔するかもしんねぇぞ」
榎塚くんは意味深長な言葉を口にした。七瀧くんはハッと目を見開いた。
「……誰かに気づかれてるなんて思いもしなかった。後悔、はしたくねぇな」
「俺もまだまだ諦めきれそうにない。モタモタしてると危ないぞ」
「何だよ、それ……。了解。そうだな。ボタン。ボタンって何使ったら穴開けられっかな」
七瀧くんがぼそっと独り言を呟く。
「ボタン?」
聞き返した榎塚くんに「背中押してくれてさんきゅー」と七瀧くんは笑う。二人が何の話をしていたのか分からなくて、モヤモヤしていると、
「卒業式の日にお前に頼みたいことがあるんだ」