「問題あるよ。嫌だ。戻ってきて。というか絶対行かないで」
涙を堪えて必死に言う。ふと気配を感じて反射的に視線を向けると、谷向くんが私の右隣に立っていて焦ってるような表情を浮かべていた。
「おい。俺がお前をいじめてた理由が知りたいなら死ぬなって命令したこと、忘れたのかよ?」
「俺を追い詰めるためだろ? もう知った。だから思い残すことはもう何もない」
「まっ、待て! そうだけどそうじゃなくて」
「意味分かんねぇ……」
七瀧くんは心底呆れたようなため息をつく。
「駄目。死なないで。言ってなかったけど、私の生きる希望は、私にとってのヒーローは、七瀧くんなんだよ」
「……ヒーローって?」
尋ねつつ七瀧くんは私の手を引き剥がそうとしている。飛び降りる気満々だ。死なせてたまるかと両腕と手に力を込める。
「小四の時に、担任の先生が『最近、不審者を見かけたりしてないですか? もし声をかけられたら、すぐに防犯ブザーを鳴らして、大声を出して逃げて子ども110番の家に駆け込んでください。その後、必ずおうちの人や先生に報告してくださいね』って言って……。それを聞いた時、私はそういえば一昨日不審者っぽい人に会ったなぁって思った。念のため報告しておこうと思って、挙手した」
「小四って、確か同じクラスだったよな?」
七瀧くんが私の話を聞こうとしていたから少しだけ安堵して頷く。
「うん。……その後、私はみんなの前で、不審者って言うのかどうか分からないけど、高校生の男子が、私の後ろを通り過ぎた時に、お尻を軽く触ってきたことを打ち明けた……。私の話を聞いた先生は、それは何時頃の話なのか、場所はどこなのか、質問攻めした。私は、夕方の五時四十分ぐらいで文房具屋の公衆電話の前だって正直に言った。それから、友達が家にいるお母さんに迎えに来てって電話してるのを待っていた時に、触られたことも付け加えた。……報告すれば、何とかしてくれるって期待してたけどその期待は外れた。先生は……私を叱りつけた。『そんな遅い時間までそんなところにいたからだ。これからはまっすぐお家に帰りなさい』って。確かに寄り道してお喋りしてたけど、それってそんなに悪いことかな? 何で私のことだけ叱るんだろうってショックを受けて、そんな時だった。七瀧くんがかっこいい声で発言したのは」
「かっこいい声? 思い出は美化しがちっていうけど本当みたいだな」
七瀧くんが呆れたような声で言ってきたから妄想だと誤解される前に言う。
「ホントにかっこいい声だったんだってば! 『痴漢の被害を受けた生徒をお前が悪いって叱って終わりって、おかしくないですか? 天寿から詳しい話を聞いたのは別に間違ってないですけど、真に叱るべきは加害者である高校生の方だと思います』って言った時。……そういえば、小四の時までは天寿って下の名前で呼んでくれてたのに、小五の頃から苗字呼びに変えたよね? どうして?」
「小学校中学年までは、クラスメイトを苗字で呼ぶ方が珍しかっただろ」
「それはそうだけど……。下の名前で呼んで欲しい」
「今更呼べるか」
ばつが悪そうな声で却下されてしまった。でも、別にいい。私は七瀧くんの背中に頭をこすりつけながら、
「呼ばなくていいから……一生のお願い。大好きだから死なないで」
告白した。
好きな人に呼ばれるのは嬉しかったけど、私は天寿という名前が、心底嫌いだった。
天から授かった子供。天から授かったと、信じるわけないし、その子供が幸せな人生を歩めるかどうかは誰にも分からない。
現に、愛して欲しい母親から嫌われていることを苦に、私は十代のうちに自殺することを切望している。
天寿。なんて、残酷な名前だろう。
私のことを嫌っている母親がつけるわけがない。これは父親がつけてくれた名前だ。
娘が欲しいと思った父親は、二人目を作りたいと頼んだけど、母親は要らないと即却下した。
それでも、諦めずに何度も必死に頼んだ結果、母親の方が折れたらしい。
一人目の兄曰く、父親は私には甘いらしいけど、私はそう感じたことがあまりない。
「一生のお願いをこんなところで使うなよ」
「今、使わないでいつ使うのって感じだよ。七瀧くんが死んだら生きる意味失うから。天寿も天寿を全うするから、七瀧くんも天寿を全うしてよ」
ダジャレだ。くだらないって鼻で笑って、生きることではなく、死ぬことが馬鹿馬鹿しくなって欲しかった。
「分かった。死なないから離せ」
しばし黙り込んだ七瀧くんはそう返答する。踏みとどまらせることに成功した。ダジャレのお陰かどうかは分からないけど、天寿と名付けてくれた父親に感謝した。
「嫌だ」
しかし、七瀧くんの願いは聞けない。
「痛いんだよ」
「でも……」
「離せよ。痛いのは嫌いだ。これ以上痛みを味わわせないでくれよ」
卑怯だ。そんなこと言われたら、何も言えなくなる。
「絶対死なないでよ!?」
強く釘を刺すと、「ああ」と七瀧くんは肯定したけど、心配だ。
「早く離せ」
頭を抱えて思い悩んでいると七瀧くんから急かされる。
「なあ。大好きって言ったよな? 大好きな人の言葉を信じられないのか? 嘘なんじゃないのか?」
そう言われてしまっては「嘘じゃないよ!」としか言い返すことしかできない。
私は大丈夫かな? とびくびくしながら離した。
七瀧くんが動いた。一瞬心臓が止まる。けど、私の方に身体を向けようとしているだけだった。
このままではぶつかって逆に落下してしまうと思って、三歩後退って七瀧くんが振り返って立つことができるかつ間違っても落下しないスペースを空ける。
「ありがとな……。赤根川。白侑」
七瀧くんが、この瞬間を狙っていたように目を細めてにやっと笑った。
やばい。ぞっとして全身が総毛立つ。
疲れ果ててホテルのふかふかのベッドの上に倒れ込むように。目の前にいた七瀧くんが仰向けに落ちて、私から離れていく。動きがスローモーションに見える。まだ間に合うと思った。前につんのめり、膝に強い衝撃を感じるなか、下に向かって思い切り手を伸ばす。
「七瀧くんッ!!」
間一髪掴めたのは左手の指だけだった。肩が外れそうだ。崖下に引っ張られていて気を抜けば落下してもおかしくない。
大きく見開かれた七瀧くんの二つの瞳には私が、いや映っているのは私だけではなくて。
谷向くん──。ハッと息を呑んで右隣を見る。
谷向くんが居て、七瀧くんの左手を、かろうじて掴んでいる私とは違い、がっしりと掴んでいる。
「赤根川さんに負担かけたくねーなら今すぐ右手動かして俺の左手掴めッ!!」
七瀧くんは谷向くんの顔を見上げてくしゃっと顔を歪めて、やがてその顔を隠すように俯いた。
私と谷向くんが掴んでいるから、七瀧くんは崖に落下せずに宙に浮いているというだけで、まだ助かったとは言えない危険な状況だ。
何よりも、このまま引っ張り続けると七瀧くんの指が心配だ。
突然の事態に動揺していたのか。谷向くんは掴めと言いながら差し出していなかった左手を、七瀧くんに向かって差し出した。
しかし、七瀧くんは俯いたまま何も言わない。
「透埜ッ!!」
谷向くんが七瀧くんの名前を久しぶりに呼んだ。
その声に背中を押されたように、七瀧くんは勢いよく顔を上げて、谷向くんの左手に向かって手を伸ばす。
谷向くんは七瀧くんの左手の指を掴んでいる私の手ごと掴んで、上に引っ張った。
「今、引き上げてやるからな」
「待て!」
「何でだよ!?」
七瀧くんの言葉に谷向くんが戸惑った声を出す。
「待ってくれ。……とりあえず掴んだだけだ。だから、もう離していいか?」
「何言ってんだよ!?」
谷向くんが怒鳴り、私も必死に止める。
「駄目だよ!!」
「白侑が俺をいじめていた理由も聞けたし、赤根川が俺を好きになってくれた理由も聞けた……。本当にもう思い残すことは何もないんだ」
「バカッ! 俺がお前をいじめてたのはお前のためだったんだぞ!?」
「俺のため?」
「そうだ!! そもそも、お前が頼んだんだぞ。俺の暴言を否定して欲しいって……。お父さんも姉ちゃんもじーちゃんもばあちゃんも、親戚の人たちも、みんなお前のことを責めなかったって。お前は悪くないから気にしなくていいって。それが……逆に辛いって。だから、『死ねよ』って吐き捨てた自分を自分が否定し続ける。白侑も否定して欲しい。お前は俺にそう頼んだよな?」
「……ああ。夏休み明けに頼んだ」
「だよな? ……小一の時、お前が咄嗟に死ねよってお母さんに言っちまったのは、しんじの野郎が死ねって何度も言いながら、殴ったり蹴ったりしたせいだろうが。怒った時に、耳と記憶に刻みつけられた暴言が口から零れても別に不思議じゃない。それに、お前が死ねよっていう直前になんか言われたって言ってなかったか? お母さんから」
「そうだよ。お母さんが先に言ったんだ。あんたを産んだこと後悔してる。死ねよって……」
「それでお前が、お前が死ねよって売り言葉に買い言葉でつい言い返しちまったんだよな。……でも、お前が、死ねよって一回言っただけで何で死んだんだ。メンタル弱すぎだろって言ったから……」
怒涛の勢いで明かされていく内容の数々。私の脳は混乱して全然追いつけなくて、自分がどうするべきなのか分からなくて、二人の会話を見守ることしかできずにいた。
黙り込んでいる私と同じように七瀧くんも黙り込む。
「お前のお母さんは既に追い詰められてる状況だったんだと思う。自分の息子に向かって死ねよって思わず言ってしまうぐらい。そんな時に、お前から死ねよって言い返されて……。お前の一言が止めの一言だったんだ。……人間は自分が実際に経験しねぇと本当の意味では理解できないっていうからな。実際に追い詰めて、追い詰められてる状況下で、俺がお前に死ねよって言ったら、傷つくかどうか体験して、理解して欲しかった……。追い詰めるためにいじめた」
違う。さすがに口を挟まずにはいられなかった。
「谷向くんは七瀧くんをいじめる必要なんてなかった」
「……どうしてそう言い切れる?」
『死にたくなるぐらい傷ついたなら今すぐ謝るから』
七瀧くんの言葉を思い出しながら言う。
「七瀧くんはちゃんと理解してるから。言葉の暴力は時に人を自殺に追い込むことがあるって。理解してるからこそ、七瀧くんは人と接する時に、自分の言葉で相手が傷ついたのかどうかを、過剰に確認する。……お母さんは女性だったから特に女性に対しては特に」
「だから俺たちよりお前に確認する回数の方が多かったのか?」
谷向くんに訊かれて「多分」と返す。七瀧くんは私と目が合った瞬間に目を逸らした。肯定も否定もしない。
「七瀧くんのお母さんは、七瀧くん一人に追い詰められてたわけじゃないと思う。何に追い詰められていたのかは、七瀧くんのお母さん本人にしか分からないことだよ」
「けど、本人はもういないんだからどうしてですかって訊けないだろ? 理解してんなら何で、メンタル弱すぎって言ったんだ。自分が傷つけた母親に向かって。……やっぱり理解できてねーんだよ。だから俺が力尽くで理解らせてやるって決めて、今まで頑張ってきたんだ……。俺はどうすりゃよかったんだ? 辛かったなって慰めるだけで、お前は救われたか?」
「救われねぇよ」
谷向くんの質問に七瀧くんが消え入りそうな声で答えた。
「赤根川が言ったことは当たってる。だから口を挟まなかった。……白侑は俺のために頑張ってくれたんだな。それが聞けてよかった。俺は、止めの一言だって信じたくなったんだ。だからメンタル弱すぎだろってつい……。俺が悪い。……ありがとな、白侑。もう腕も肩も限界だろ? 手、離せよ……」
七瀧くんの言葉でハッとして見れば、谷向くんの腕がぷるぷると震えていた。限界をとっくに超えているのが分かる。
「手を離せば楽になるし、俺も楽になる。死なせてくれ」
七瀧くんは涙を流していないことを不思議に思うぐらい、泣き顔にしか見えない笑顔を浮かべていた。
そんな顔しないで、と胸が張り裂けそうになる。
「離せよ。赤根川もいつまで俺の指握り締めてんだよ。離せ」
「嫌だ、離さない!」
「分かった」
「えっ!?」
谷向くんの方に顔を向ける。谷向くんは苦しそうに顔を歪めていて、額からは汗が零れ落ちている。
「何驚いてんだよ……。お前も当然離すんだぞ。お前の力だけじゃ、透埜は引き上げられねぇからな」
確かに谷向くんの言う通り、もし谷向くんが離せば、私は何もできずに七瀧くんと一緒に落下してしまう。
「透埜。お前が落ちたらすぐに俺も場所をずらして落ちるから」
谷向くんは静かな声でそんな宣言をした。
自分が手を離して七瀧くんが落下した後、谷向くんは後追い自殺をするつもりなんだ。……それなら。
「私もそうする。一緒に死ぬ」
「お前は生きろ!!」
七瀧くんと谷向くんの二人が同時に同じ言葉を言った。
納得がいかない私が文句を言いかけた直後、谷向くんが呻き声を上げて前のめりになる。
手は離さなかったけど、腕や手の痙攣は見る見るうちに激しくなっていく。
「俺は地獄に逝くから、天国にいるお母さんには会えない。でも。もし、何かのミスで、再会できたら、ちゃんと謝りたい」
「……ごめんな、透埜。いじめて、追い詰めて、ごめん。俺が全部間違ってた」
「謝んなよ、お前は悪くねぇ。お前なりに必死に考えてやったことなんだから俺は責めない」
「……否定して欲しいって頼んだお前の気持ち、分かった気がする。否定しろよ」
「俺をいじめた理由。想像の斜め上をいくものだったから動揺したけど、否定しない。死ぬ前に否定したくねぇ」
「ごめん……。もう謝ることしかできねぇよ」
すぐ右隣から谷向くんの鼻を啜る音が聞こえた。
限界なのだろう。かろうじて掴んでいるという状態のの自分から手を離そうとしていることに気づく。
どうしよう。どうすれば。駄目だ。救えない。何もできない。自分の無力さを痛感して涙が溢れてきた。
「赤根川……。俺がお母さんを自殺という最悪な選択肢を選ばせた人殺しっだって知っても、人殺しって言わないでくれてありがとう。……俺、お前にだけは人殺しって言われたくないみたいだわ。もし言われたら、傷ついて立ち直れなくなる。もう言ってもいいけどな。死ぬから」
「死ぬ直前だからといって言うわけないし。駄目だよ……。死なないで。お願い」
泣きながら懇願した。
けれど、七瀧くんは私の右手ごと自分の左手を掴んでいた谷向くんの手を躊躇なく引き剥がしていく。谷向くんは声を発することも、七瀧くんの手を再び掴もうとすることもなかった。
七瀧くんは、まだ自分の左手の指を掴んでいる私の指も引き剥がすと、谷向くんの右手の指を引き剥がす。
七瀧くんが崖底に向かって落下した瞬間、私は必死に手を伸ばして七瀧くんの手を掴んだ。残っている全ての力を振り絞って上に引っ張る。
「離せ赤根川っ!! 何してんだよ!?」
七瀧くんがぎょっと目を剥いて叫ぶ。返事をする余裕は微塵もない。手が、腕が、肩が、身体がぶっ壊れたって、私だけ落ちてぐちゃぐちゃになったっていい。七瀧くんに生きて欲しいと思った。駄目だよ。七瀧くん。きっと、七瀧くんには幸せな未来が待ってる。こんなところで死んじゃ駄目だ。
私と七瀧くん、なぜかどちらも落ちなかった。ふと気づけば、下に引っ張られる力が弱まりふわりと軽くなっている。
ひょっとして、奇跡が起きて空中に浮遊する魔法がかかった? 混乱するなか、上から手を握られるような感触と確かな温もりがあることにハッと気づいて、固まる。
「邪魔しにきたぞ。……天ちゃん、もう大丈夫だよ。俺たちがぜってー死なせねぇから」
「…… 榎塚くん?」
声を聞いて何となく榎塚くんかもしれないと思っただけだったから、自信がなかった。
視線だけ右に向けると、涙でぼやけた視界の中に、困ったように笑っている榎塚くんがいた。
「りがかって呼んで欲しかったな。俺が天ちゃんって幼稚園の時につけたあだ名で呼んだから。ううんいいや。いつまでも覚えてんのは俺だけだよな。……天ちゃんもシローもお疲れ。もう力抜いていいぞ。後は俺たちの力で持ち上がるから」
早口で言った榎塚くんは「雫音!!」と大声で呼んだ。
「おう、いつでもいいぜ!」
榎塚くんの横にいる犬嶋くんが明るく返事をする。
「じゃあいくぞ。……せーのッ!!」
榎塚くんの掛け声が耳に届いた後、榎塚くんと犬塚くんが七瀧くんの両手を掴んで上に引っ張った。
七瀧くんが崖上に引っ張り上げられるのと同時にどすんと音がして振動が地面から臀部に伝わる。
「よっしゃあッ!!」
「救助完了!!」
続けざまに大きな声が鼓膜を揺らす。私は崖上に無事に生還したうつ伏せ状態の七瀧くんに近寄った。
「七瀧くん!!」
「おい。生きてるか……?」
谷向くんの問いかけに七瀧くんは「んー」と言葉になっていない返事をした。
「七瀧くん!」
私が背中を軽く揺すると、七瀧くんは静かに身体を起こした。深く長い息を吐きながら足を伸ばす。
「ねぇ。生きてる、よね?」
「……ああ、生きてる。残念ながら死に損なった」
「残念じゃない。私は七瀧くんが助かって心の底から嬉しいよ……。あのまま落下しなくてホントによかった。ここに、生きて戻ってきてくれてよかった……」
私が手の甲で涙を拭いながら微笑みかけると、七瀧くんは目を丸くして、やがて僅かだけど口元を緩めた。
「なあシロー。いじめっ子が人命救助したらおかしいか? でもよ、あのまま放っておいたら透埜も赤根川は二人一緒に落ちて、二人を追いかけてお前まで飛び降りそうだったから」
犬嶋くんがそう言うと谷向くんは静かにかぶりを振った。
「いや、別におかしくねぇよ」
と、谷向くんは緩んだ口元を引き締めて、榎塚くんと犬塚くんに向かって深々と頭を下げた。
「悪かった。お前らが来なかったらマジでそうするつもりだった……。お前らのお陰で助かった。心の底から感謝する。ありがとう」
「どういたしまして、って返せばいいんだよな?」
犬塚くんは榎塚くんに顔を向ける。
「ああ、それでいい。こーゆうのは目撃するだけでも心臓に悪いし心中なんてふざけた真似すんなよ? 二度目は助けねぇぞ」
「ああ、悪ィ。そんなこと言って、燎くんのことだから絶対助けてくれるくせにー」
「にー」
「うっせぇ。雫音も、白侑の語尾だけ繰り返すなバカ」
「あー、バカって言う方がバカなんだぞ!」
犬塚くんが小学生のような発言をしてみんなが笑い声を上げた時、七瀧くんがふらふらと立ち上がった。
地面につきそうなほど深く頭を下げて、「恩に着る」と真剣な声で言う。
「雫音、燎、白侑、赤根川。あり、」
がとうと言い終わる前によろけたから慌てて立ち上がって支える。
「無理しないで。生還したばっかりなんだから」
顔を窺ったら七瀧くんは唇をわなわなと震わせていた。
「お前から礼言われると、なんか複雑だし罪悪感で胸がきゅってなるな」
犬塚くんが苦々しい表情で言うと同じような表情をした榎塚くんが、
「お前が今日自殺図ったのって、俺らがいじめたからだろ。……ごめんな。白侑から話を聞いて、死ねよって一回言われただけで死んだ。メンタル弱い母親が悪い。俺は悪くないって反省せずに開き直ってると思ってたんだ」
「俺は悪くないなんて思ったことは一度もねぇよ。俺が悪い。俺は、お前たちからいじめられる前から何度も死のうとしてた。母親を殺した自分が普通に生き続けるのはおかしいって思ったから。……けど、自殺するのは、母親を自殺させた罪悪感や苦しみから、逃げることとイコールだと思った。だから、俺は六歳の時から今までずっと死ぬに死ねなかったんだ。……正直、いじめられたことは俺にとってアンラッキーでもありラッキーでもあった」
「アンラッキーでしかねぇだろ」
「いや……。いじめられてる時に死ねば、俺は罪悪感や苦しみから逃げたわけじゃない。いじめによる苦しみから逃げるだけだって、自分にそう言い聞かせることができるから、その点においてはラッキーでしかなかった。今なら死ぬことができる。絶好のチャンスだと思って、飛び降りたんだ」
「お前は六歳の時点で既に追い詰められてたのか……。何も知らなかった。勝手に決めつけたりしないで、お前の口から直接聞くべきだったな。……お前は人殺しなんかじゃねぇ。いじめて、本当にごめんな」
榎塚くんが七瀧くんに向かって頭を下げると、「ごめんッ!」と犬塚くんも勢いよく頭を下げた。
「とーや……。俺も反省してないって完全に誤解してた。取り返しがつかないことをした。傷つけて、ごめん」
「いい、謝んなよ。二人とも、助けてくれてありがとう。お母さんを殺したのに法律では裁かれなかった俺を、罰してくれてありがとう」
七瀧くんは無理に笑っていると分かる苦しそうな笑顔で笑う。それを間近で目にしている、その場にいる全員の目が潤む。無論私も。
「七瀧くんはもう充分理解してるし反省してる。罰せられるべき人間じゃないよ。苦しみや罪悪感から、『逃げる』んじゃなくて、解放されていいんだよ。それから……お母さんを殺したことにはならないと思う」
私の言葉に七瀧くんは弱々しくかぶりを振った。
「行方不明になった年は殺したも同然だと思ってたけど……違う。殺したんだ」
私の言葉を受け入れなくていいから、これ以上苦しんで欲しくないという私の気持ちだけは受け止めてくれたらいいな、と思う。いつか。
「……そろそろ帰ろうぜ?」
七瀧くんが言った。
申し訳なさそうな表情から、みんなの瞳に光るものが溜まっていることや、息が詰まりそうな深刻な空気になっているとに気づいたことが窺えた。
「そうだな」
真っ先に返事をしたのは谷向くんで、「帰ろうぜ」とみんなに向かって言う。
「もうすぐ雨が降り出しそうだしさ。俺、傘忘れたんだよ」
「あっ、俺も忘れた! 最悪じゃん!」
顔を顰めた犬塚くんに榎塚くんがくすりと笑う。
「もし降ったら俺の傘に入るか?」
「お、マジ!? サンキューかがり!」
「うん。あっ、天ちゃんは傘持ってきた? 天ちゃんが忘れたなら入れたげる。雫音を出して」
「お、おい! 何でだよ!?」
「さすがに三人は無理だから」
「いやそういうことじゃなくてだな……、」
「こんな時だけど、久しぶりに話せたし相合い傘をするチャンスを逃したくない」
まだ喋っている犬塚くんをその場に放置して、私に近寄ってきて目の前でぴたりと立ち止まる。
「天ちゃん、俺の傘入る?」
「……ううん。私、忘れてないから。夕方から大雨降るっていう予報見て持ってきた」
「持ってきたの? マジかぁ……。残念」
榎塚くんはしょんぼりとした顔をした。けれど、私には少し大袈裟に見えて演技ではないかと疑ってしまう。
「これだけは誤解して欲しくないんだけど誰とでもってわけじゃないよ。俺は、天ちゃんと、相合い傘したかったんだ」
「どうして?」
私と、の部分は嘘だと確信しながら尋ねる。
「天ちゃんのことが好きだから。初恋なんだ」
榎塚くんから突然告白された。告白にしてはあっさりとした言い方だった。だから告白も嘘でからかっているだけなんだな、と思った。
「……見られたくなかったな」
「えっ?」
「透埜をいじめてる時も辛かったけど、それを天ちゃんに目撃された時は、もっと辛かったかな。……いいよ。ただの独り言だから気にしなくて。告白の返事。遠慮なくしちゃって」
「確認なんだけど……告白されたの、私」
「うん、そうだよ。俺は透埜をいじめた。許せないのは当然だろうし、そーいう怒りの感情とか色々全部ぶちまけちゃって……俺のこと、こっぴどく振ってよ。そしたら俺、その瞬間に諦めるから」
「私もかがりくんが初恋の人なんだよ」
榎塚くんはぽかんと口を開けた後、
「マジかよ!?」
大声を出す。
「うんマジ。……幼稚園の時、私の髪の毛引っ張ってきた男子にやめろって真っ先に注意してくれた時に、好きになった。あと、小二の時も、下校途中に、重そうなレジ袋を沢山持ったおばあちゃんにすっと駆け寄って、『持ちましょうか?』って優しく声をかけた姿を見て、ますます好きになった。でも。……ごめん。なかなかクラスが同じにならなくて、話すことが少なくなって、心の距離も遠くなって、好きっていう気持ちが薄れてしまって」
りがか、というのは、榎塚くんの下の名前である燎を、逆から読んだあだ名で、幼稚園頃に私がつけたものだ。
私も覚えていると伝えたくて、久しぶりに「りがか」と呼んだ。
「そんな時に好きな人ができて、今も好きなの。初恋の人っていうのは変わらないんだけど……。ごめん」
榎塚くんは寂しそうに笑った。
「うん。好きな人が誰なのかは、言わなくても分かるよ」
どきっとした。分かるの!? 思わず榎塚くんの後方で歩いている七瀧くんの背中に視線を向けてしまう。榎塚くんの視線を感じたから、すぐに戻す。
「あーあ、初恋は叶わないって話は本当だな。でも、俺が悪い。友達に天ちゃんが好きなことがバレて揶揄われて、羞恥心から話しかけなくなった俺が意気地なしだった……。天ちゃんがさ、あいつにばっか熱い視線注ぐようになったことに気づいた時は、眠れなくなるぐらい落ち込んだ」
「え、そんなに!? ご、ごめんなさい……。ホントに」
「謝んなくていいよ。天ちゃんは何も悪くないから。……秘密にしておくし応援する。りがかってあだ名をまだ覚えててくれて、呼んでくれて、嬉しい。ありがとな」
榎塚くんが浮かべたのは、また寂しそうだったけど嬉しそうにも見える笑みだった。だから私は、心に決めた。
「これからも、りがかって呼び続けるよ」
「……ありがとう」
榎塚くんの言い方が、私の言葉を噛み締めるように聞こえたのは、気のせい、だろうか。
「透埜」
榎塚くんが私から離れて走り出して、向かった先は七瀧くんの真後ろで、躊躇なく肩をとんとんと叩く。
「自殺図って迷惑かけたから気持ちを伝える資格ないって躊躇してっと、後々後悔するかもしんねぇぞ」
榎塚くんは意味深長な言葉を口にした。七瀧くんはハッと目を見開いた。
「……誰かに気づかれてるなんて思いもしなかった。後悔、はしたくねぇな」
「俺もまだまだ諦めきれそうにない。モタモタしてると危ないぞ」
「何だよ、それ……。了解。そうだな。ボタン。ボタンって何使ったら穴開けられっかな」
七瀧くんがぼそっと独り言を呟く。
「ボタン?」
聞き返した榎塚くんに「背中押してくれてさんきゅー」と七瀧くんは笑う。二人が何の話をしていたのか分からなくて、モヤモヤしていると、
「卒業式の日にお前に頼みたいことがあるんだ」
七瀧くんは私のところにやってきて、そんなことを言う。
「なに? でも、まだ中一だよ。卒業式の話するなんてちょっと気が早くない?」
「早すぎるけど、別に事前に頼んでも問題ないだろ。……赤根川。俺の第二ボタンをもらってくれ。第二ボタンは……俺の心だ。お前に話しかけられようになって最初の頃は、マジで迷惑だって思ってたけど、徐々にお前と喋ってたら時間が早く感じるようになって、いつからか、お前に話しかけられんのを楽しみにしてる自分がいることに気づいた……。
そうして、お前は俺の心に、少しずつ少しずつ穴を開けていった。……俺が人殺しって知っても、関わりたいから関わる、味方だって言い切ってくれたあの日。虫を克服したあの日。白侑たちがいなくなった後、お前はずっと傍にいてくれたよな……。そして、今日。俺は言葉で人を殺すこともあると痛いほど理解してるからこそ、自分が口にした言葉で相手が傷ついていないかどうかを、異常なぐらい確認するようになった。このことを、お前は俺が打ち明けずとも理解してくれていた。自殺しようとする俺を必死に引き止めてくれたし、一緒に死ぬとまで言ってくれた。……俺はあのまま静かに落ちるつもりだったし、白侑ももう掴まなかったのに、お前だけは俺の手を掴んで引っ張り上げようとしてくれたよな? 確実に自分も道連れになるってのに。こんな、生きてる価値もねぇ俺を必死に生かそうとしてくれた……。その瞬間、俺の心のど真ん中はお前にぶち抜かれたんだ」
私は七瀧くんの話をちゃんと聴いていたし、真剣に考えてみたけど、よく分からなかったから真剣に聞き返した。
「つまり、どういうこと?」
すると、七瀧くんは初めて耳にする「あ゙ーっ」と濁った声を発しながらがしがしと頭を掻いた。
「つまり、」
「つまり?」
「好きなんだ! 俺にはお前が必要だ!!」
榎塚くんに続いて七瀧くんに告白されて、頭が真っ白になる。しかし、私はその告白を素直に受け取ることができなかった。
だって、七瀧くんにとってのヒーローは今でも谷向くんで、私は七瀧くんのヒーローになることは一生できないと思う。両想いだ! って浮かれることも、できない。
「七瀧くんが本当に必要なのは私じゃなくて谷向くんで、七瀧くんは谷向くんのことが好きなんじゃないの?」
七瀧くんは目を瞬かせる。数秒後に、勢いよく噴き出して、腰を折り曲げながら笑った。まるで、七歳の男の子に返ったかのような、無邪気な笑い方だ。
谷向くんと榎塚くんまで爆笑し始める。ぽかんとした顔をしているのは、犬塚くんと私だけだ。
「久しぶりに腹抱えて笑った……。なあ、赤根川。俺がいつ、白侑のことを好きだって言ったよ?」
「言ったことはないけど……」
「お母さんが行方不明になってから幼馴染の白侑に依存するようになったことは認める。けど、白侑に対して恋愛感情は抱いたことなんて一度もねぇよ。そもそも俺が好きなのは赤根川天寿。生涯お前だけだよ、天寿」
「な、名前!!」
心臓が破裂しそうになる。不意打ちの呼び捨ては狡い。しかも下の名前。
「もらってくれよ、天寿。卒業式前日に大穴を開ける予定の俺の第二ボタン。お前にど真ん中ぶち抜かれた俺の心を」
七瀧くんは笑った。一眼見ただけで、憑き物が落ちたと心の底から安堵するような、眩しい笑顔だった。
「うん。必ずもらうって約束する。私も好きだよ。透埜」
「不意打ち透埜はやめろ。俺の心臓が破裂する」
「そっちこそ不意打ち天寿、やめてよ。もう破裂した」
「悪ィ」
「軽い!」
「そういえば、俺たちは二人合わせてテントウムシなんだよな?」
唐突に話題を変えてきたので戸惑ったけど頷く。
「てっきりちゃんと聞いてないし覚えてないと思ってた。覚えてたんだね……。あのね。何でテントウムシかっていうとね」
「待て」
私が理由を説明しようとしたら七瀧くんが途中で遮った。
「分かってるから、いい」
「分かってるの?」
「ああ。お前からテントウムシだと聞いたあの日の夜、考え始めて三分で分かった。天寿のテンと透埜のトウでテントウムシだろ? 俺の苗字に七入ってるからナナホシテントウでもいいと思ったけどな」
「ううん。ホシがないからナナホシテントウにはなれない」
「そういうもんか? よく分かんねぇけど」
七瀧くんが喉の奥で馬鹿にするように笑うから、ムカついてそっぽを向く。
「悪かった、悪かっ……」
七瀧くんの軽く詫びる声に被せるように「あっ」と声を上げたのは榎塚くんだ。
「そういえば、白侑が言ってたけど。二人だけじゃテントウムシにはなれない。やむかいしろう。名前にムとシが入ってる俺がいて初めてテントウムシになれるって」
「おい、余計なこと言うな!!」
谷向くんは少し焦っているような表情で榎塚くんに向かって怒鳴る。
「そっか……。私たちは三人合わせてテントウムシなんだね」
「ちょっと待て。俺は透埜をわざと傷つけた。そんな俺を仲間に入れていいのかよ?」
谷向くんは私の顔色を窺っていることも、入れていいわけがないと心の中で思っていることも、容易に伝わるような表情で問うた。
声も震えているのもわざとか。いやわざとではないだろうな、と思った。
「入れていい。だって、谷向くんが言った通り、私たちだけだとテントウでテントウムシにはなれないから」
そう答えると、谷向くんは目を逸らして花が萎れるように俯いた。
「胸触ろうとして、ごめんな……。胸を触ればビンタすると思った。ビンタで俺のことを罰して欲しかったんだ」
「それ聞いて改めてビンタしなくてよかったと思うよ……」
「はぁ? した方がスッキリするだろ」
「するわけないよ。モヤモヤするし罪悪感で胸は痛くなるし心臓がばくばくして息が詰まる。……あっ谷向くんがあの時、俺が虫食べたら共食いになるって言ったのって自分の名前にむとしが入ってるからだったんだね」
「……まぁ。でもほんとにいいのかよ? 俺がいない方が……、二人合わせてテントウムシって方がラブラブでいいんじゃねーの?」
だから、いない方がとか暗い声でそんな悲しいこと言わないで欲しい。
「ううん。三人がいい。三人合わせてテントウムシの方がパワーアップした感じでなんか強そうだし。……でね。私たちはテントウムシは誰一人として欠けたらいけないんだよ。ね、透埜くん」
「一人ぐらい欠けたって問題ないだろ。特に俺とか」
「問題大アリだよ!」
私は七瀧くんを泣きそうになりながら睨みつける。
「あっ、そうだそうだ!」
谷向くんがこの場に相応しくない明るめの声を出した。
多分、ふざけているわけではなくて、不穏になった空気を何とか変えようとしたんだろうけど、会話を邪魔されたことに少し不満を抱く。
「透埜にあれを返し忘れてた」
「あれって何だよ?」
七瀧くんは怪訝そうな顔で食いついた。谷向くんはポケットの中から青色の物を取り出して七瀧くんに向かって差し出す。
「それって……!」
青色の物の正体が分かった私は思わず息を呑む。
「なんで……。お守りは、お前が崖の下に放り投げたはずだろ?」
「放り投げてねぇよ。追い詰めることが目的だったからマジで放り投げる必要はねぇ。……お前らが動揺して固まってから透埜がぶち切れて俺の胸倉を掴むまでの間に、こっそり戻したんだ。つーか、二人ともマジで全然気づいてなかっんだな。ひょっとして俺マジシャンに向いてるんじゃね? 新たな才能発見した?」
おちゃらけた自分の声を打ち消すように谷向くんは深いため息をついた。
「捨てるわけないだろ……。こんな大事な物」
「…………よかった。ホントによかった」
七瀧くんは心の奥底から絞り出したような声で呟くとその場にしゃがみ込んだ。その後、声を上げずに涙を流し始めた。
七瀧くんは今でもお母さんからもらった物を大切にしていて、お母さんのことを想い続けている。
死ねよというたった一言を取り消すことができたら。七瀧くんのお母さんが元気な姿でお家に戻ってきたら、どんなにいいか。
嗚咽を堪えて静かに泣き続ける姿を見て胸が張り裂けそうになる。けれど、七瀧くんが泣けたことに安堵している自分もいた。
泣きたくないのに涙が出てくることは辛いけど、泣きたくて堪らない時に涙が一粒も出てこないこともまた辛いからだ。
生きてていいのかな? 鼻を啜る音で半分以上掻き消されていたから、聞き逃してもおかしくなかった。でも聞き逃さなかった。
私の耳は緊張している時ほど音や声に敏感になるから。
「誰が? ……七瀧くんが?」
七瀧くんは交通安全のお守りを、泣き縋って親の足にしがみつく子供のようにぎゅっと握り締めながら、小さく頷く。
「生きてていいに決まってる。私。谷向くん。そして七瀧くん。誰一人欠けたらいけないし、」
私は背筋を伸ばして空を見上げた。今はまだ灰色だけど、いつかきっと。テントウムシが曇りのない青空に向かって飛び立つ、そんな光景を想像する。
「私たち、テントウムシは、幸せになっても全然〝問題ない〟と思う」
「テントウムシとかどうでもいい。俺は幸せになったらいけない」
「幸せになるの。七、……透埜が幸せにならなきゃ私は永遠に幸せになれない」
七瀧くんが弾かれたように顔を上げた。
ずっと溜め込んできたと思われる感情によって、くしゃくしゃになっているけど、綺麗だということには変わりはない。そんな、七瀧くんの顔に付いている、涙で溺れた二つの瞳には、私の顔が映っている。
「お前が幸せになれないのは……絶対に嫌だ。お前には幸せになって欲しい。だから……幸せをなれるように頑張ろうと思う」
「ありがと……っ!」
私は溢れ出てきた涙もそのままに、七瀧くんを強く抱きしめたら、最初は躊躇するようにおずおずと、やがて、痛みは感じない優しい強さで抱きしめ返してくれた。