『ごめん。今日は行けない』
 スマホに表示された、もう何度目かも分からないメッセージ。
 奏と会えなくなって、もうすぐ1ヶ月がくる。
 それはあまりにも突然だった。
 奏と会えなくなって1週間くらいは、体調が悪いのかなと思ってた。
 でも、いつまで経っても奏が現れることはなくて、何かあったんだって分かった。
 だけど『大丈夫?』ってメールを送っても、返信は来ない。
 なぜ急に来なくなってしまったのか、今でも謎のままだ。
 心にはぽっかり穴が開いてしまって、その穴に風が吹き込むたびに胸が痛む。
 わたしにできることはギターを克服して楽しむことくらいだ。
 ギターケースを開いて、いつものようにお守りを握りしめる。
 解散期限は、どんどん迫ってきてる。
 なのに、奏と音楽ができない。
 もどかしいよ。
 どうすれば、また奏に会えるのかなぁ。
 スターチスを弾いていたら、奏を思い出してしまって、涙があふれてくる。
「奏…………っ」
 彼の名前を呼んでも、会えるわけじゃないのに。
 呼べば呼ぶほど、虚しくなるだけなのに。
 涙を拭ってくれる彼は、もういない。
 窓の外、堤防沿いの方を見つめる。
 ついこの前まで、あそこで一緒にいたのに、いつのまにか距離が開いて、わたしたちの音楽は──止まった。
 奏。続きは、いつ鳴らせますか?
 また音楽が奏でられるように、わたし、待ってるから。
 だから、戻ってきてね。
「よし。弾こう」
 いつまでも悩んでても、時間だけが過ぎていく。
 わたしはわたしにできることをする。
 自分で涙を拭って、深呼吸をする。
「リンドウ……」
 リンドウは、今のわたしの心の支えだ。
 奏がいなくて心細くても、この曲を聴くと、きっとまた会えるって思える。
 リンドウの楽譜を探していたら、紙切れが落ちてきた。
「なにこれ……?」
 拾い上げて、目を見開く。
 奏だ。奏の文字だ。
 奏の文字を見ただけで懐かしさが込み上げてきて、また泣いてしまいそうだ。
『響子のギターを聴くと元気がでるんだ。ありがとう。夏祭り楽しもうね』
 いつのまにこんなの書いてたんだろう。
 優しいなぁ。好きだなぁ。
 頑張れって言わないところが優しい。
 つらいときに頑張れって言われると、もう十分頑張ってるのにって思っちゃう。
 奏が頑張れって言わないのは、もしかして、奏もつらい思いをしたことがある?
 耐え切れないほど、大きな何かを背負ってる?
 奏の優しさの裏には、何かが隠されているような気がして。
 だけど、わたしにはそれを知る術もなくて。
 ベッドに寝転がって、枕に顔をうずめる。
 目を閉じれば、奏のいろんな表情が浮かんできて、何かを掴みかけた気がしたけど、そのまま眠ってしまった。
   
         *

 暗闇で、何かを叫ぶ女の子。
 なんでそんな暗いところにいるの?
 なんで今日は歌ってないの?
 あの男の子は、どこ?
『おねがい、きづいて……!』

 急いで身を起こして汗を拭う。
 見たこともない、夢。
 気付いてって、なにに?
 わたし、なにかを見落としてるんだろうか。
 とにかく心を落ち着けようとおまじないをするけど、全然効かない。
 1回音楽を聴こう。
 そう思って、スマホを手に取る。
「消えた高校生シンガー……?」
 そう呟いたわたしの声は、静かな部屋によく響いた。
 その部屋で白く光るスマホの画面。そこに表示された、『天音』の検索結果は、思いもよらないものだった。
 まず、天音は今、活動していないこと。その原因ははっきりとしていないそうだけれど、調べていると『誹謗中傷が原因で、声が出なくなった』というのが最も有力みたいだ。
 それと、天音は────。
「奏……?」
 『7musicにて、スターチスを歌わせていただきました!』というSNSの投稿。それに添えられた写真の中の『天音』の笑顔が、奏と重なる。
 今までの小さな違和感が全部つながった。
 奏が頑なに歌わないのも、やたらと天音に詳しいのも。
 全部全部、奏が天音だからなの?
 誹謗中傷って、何があったの?
 スマホを持つ手が震える。
 怖い。知りたくない。目を背けたい。
 でも、奏はわたしの相棒なんだ。かけがえのない、1人だけの相棒。
 この前、音楽が嫌いになりそうだったとき救けてくれたのは、紛れもない、奏だった。
 今度はわたしが救ける番だ。
 待ってるだけじゃだめだ。
 奏に会わなきゃ。
 奏の花が、枯れてしまうその前に──。