「じゃーん!響子のイメソン『リンドウ』だよ!」
 いつにも増してテンション高めの奏に、わたしはおおっと拍手。
 今は奏の部屋で、わたしのイメソン発表会の最中。
「リンドウの花言葉は『正義』と『悲しみに暮れているあなたを愛する』。この歌は『悲しみは続かないから元気出して。つらいときはそばにいるよ』って寄り添ってくれるような曲なんだ。僕はそばにいるってことが天音にとっての『正義』だったのかなって思ってて。いつも優しくて、思いやり深い響子にぴったりだなって思ったんだけど……ってごめん!語りすぎた!」
「ありがと。想いは伝わった!めっちゃ好きなんだね」
 奏は照れながらも、まぁね、と頷く。そんな奏が面白くて、笑ってしまう。
 2人でひとしきり笑ったあと、奏がよいしょと立ち上がった。
「響子、こっちこっち」
「こっち……?」
「ピアノ。聴いてよ」
 にこっと笑う奏に、自分でも目が輝くのを感じた。


「この部屋だよ。どうぞ」
 奏がドアを開くと、部屋の真ん中に置かれたピアノが目に飛び込んできた。そして、その横に立てかけられたギター。
 そのまわりには──。
「花畑……?」
 あの夢の中によく似た花がたくさん咲いている。ガーベラ、ひまわり、チューリップ、すずらん、クローバー。
 この花は、トルコキキョウだ。
 となりにある白とピンクのひらひらした花。夢の中で、女の子が『これはトルコキキョウって言うんだよ』って男の子に教えてた。
 ひまわりやチューリップみたいに誰でも知ってるわけじゃないのに、珍しいな。
「花畑に見える?」
 振り向いた奏が花が咲くように笑う。
 その笑顔に、小さな違和感を感じた。
 どこかで何かが引っかかる、変な感じ。
 その違和感に気付かないふりをして、部屋を見回す。
「見える見える。あ、これ全部絵なんだね」
 最初に見たときは気付かなかったけど、花が咲いてるんじゃなくて、花の絵を壁に貼ってあるんだ。
「うん。僕が描いたんだ」
「そうなの!?」
 近づいて見てみれば、クレヨンや色鉛筆、絵の具など、花によって違うもので描かれている。ほんとに上手いや。
「奏、花好きなの?」
「妹が好きでね、描いて!って言われるから描いてるんだ」
 妹さんに頼まれて描いてあげるなんて、優しいなぁ。
 いろんな花を見ていたら、1枚の写真を見つけた。棚に置かれていて、その周りにも花の絵がたくさん。
 その写真に写っているのは、背が同じくらいの、男の子と女の子。たぶん、奏と妹さんだ。奏は今より少しだけ無邪気な笑顔を浮かべてて、妹さんは満面の笑み。
 …………あれ。
 また、小さな違和感。
 この2人、夢の中の2人に似てる。
「ねぇ奏、妹さんって歌──」

 ぱたん

 奏が、写真を伏せた。
 その瞳は前髪で隠れて考えてることが読めない。
 でも、口はいつもの笑顔の形じゃない。
 写真を勝手に見たのがいけなかったんだ。
 ごめんねって謝ろうとしたら、その前に奏が口を開いた。
「ピアノ聴いてくれる?」
 顔を上げた奏の笑みは、いつも通り優しい。なのに、どこか哀しそうだ。
 でも、その理由を訊いちゃいけない気がして、うん、と頷く。
 視界の端で、奏がイスに座る。
「リンドウ、弾くね」
 彼が深呼吸をする音がする。
 奏の瞳から哀しい色が消えて、真剣な表情になる。
 部屋に、ピアノの音だけが響いた。
 優しくて、透き通った音色。
 奏の指はしなやかに動いて、次々にすてきな音色を奏でる。
 はじめて聴いた、奏のピアノ。
 すごい。少し聴いただけで、奏の世界に引き込まれる。
 ピアノを弾く奏の瞳は真っ直ぐで、澄んでいて。かっこいいなぁなんて思ってしまう。
 やっぱり好きだ。
 奏も、奏の音楽も。
 奏の音楽は、柔らかくて、すごく優しい。
 すごく音楽が好きなんだろうな。
 そうじゃなきゃ、こんな音を鳴らせない。
 見惚れながら聴いていたら、急にピアノの音が途切れた。
「やっぱり無理だ……」
 奏は、ピアノの蓋を閉じてしまう。
「ごめんね。歌おうかなって思ったんだけど、喉の調子が悪くて……。スマホで流すよ」
「喉は大事にしなくちゃだめだから、全然いいよ!それに、ピアノ最高だった!」
 奏はありがとう、と笑って、音楽をかけてくれる。
 リンドウの第一印象は、悲しい。さっきピアノで聴いたときもそう思った。音も歌詞も悲しげで、聴いていてつらくなるくらい。
 でも、サビになると優しさが悲しさを拭い去っていった。優しさがあふれていて、どんなにつらくても大丈夫だと思えた。
 他の曲とは違ってゆったりしたリズムで、どこか切なさを感じるけれど、ずっと聴いていたくなる。
「気に入った?」
 曲が終わって、笑顔の奏に尋ねられる。
「うん。いちばん好き!」
 奏はよかった、と笑って、こう言った。
「じゃあ、早速はじめよっか。──Tシャツ作り!」

         *

「響子、今日はありがとね。はい、Tシャツ」
「ありがとう。やっぱこれ、めっちゃオシャレだなぁ」
 玄関で奏から受け取ったTシャツを抱きしめるわたしに、奏は苦笑い。
「気に入ってくれてよかったけど、夏祭りまでにボロボロにしないでよ?」
 これは、奏と一緒に作った、夏祭り用のオリジナルTシャツ。
 ショッピングモールに行ったのは、これの材料を買いに行くためだったみたい。
 わたしのは、奏が考えてくれたユニット名bouquet──日本語で花束という意味──をリンドウの絵で囲んだデザイン。
 奏は、それのスターチスバージョンだ。
 そして、お互いの花を小さく描き加えてる。
 わたしたちだけの、世界にひとつしかないTシャツ。
 やっと夏祭りのステージに出るのが現実味を帯びてきた気がする。
 早く帰ってギターの練習しないと。
 そう思って、バイバイを言おうとしたそのときだ。
「あっ、響子、ちょっと待ってて!」
 奏に呼び止められたと思ったら、どこかへ走り去ってしまう。
 そして、戻ってきた奏の手には小さな包み。
「夏祭り、成功しますようにっていうお守り!……って言っても、キーホルダーなんだけどね」
 開けていいよと言われて、そっと開けてみる。
 すると、中から出てきたのは、ギターを抱えたオオカミのぬいぐるみキーホルダー。
「えっ、めっちゃかわいい!ありがとう!」
「この前見つけたとき、響子に似てるなぁって思ったんだ。絶対成功させようね、ステージ」
 にっこり笑う奏に、わたしも笑い返す。
 『リンドウ』に、奏のピアノに、Tシャツに、お守り。
 今日だけで、奏からたくさん幸せをもらった。
 いつかまた、奏に抱えきれないくらいの幸せをお返ししよう。