「……遠距離は、無理か……?」
遠距離になったら、今までみたいに顔は見れなくなる。当然、寂しい。……と思う。しかし、鳴海は腐女子だ。二次創作を大量に接種している為、妄想は得意だ。
「大丈夫! 梶原の一人暮らし、毎日妄想するから! エブリデイエブリタイム妄想で補完するから!」
どん! と胸を叩くと、梶原は不安そうな顔を一転させて、この春の青空みたいに晴れやかに笑った。
「お前、本当に残念な、真性腐女子美人だな!」
「お互い様よ!」
破願した鳴海が言うと、いつの間に来ていたのか、栗里が梶原の隣に立ち梶原にピンクの花冠を渡した。
「文化祭ではこいつに盗られちまったからな。やり直しだ」
梶原は、にかっと笑って言うと、その可憐なピンクの花冠を鳴海にそっと被せた。
ピンクは由佳のイメージだって言ってたのに……。
急に頬が熱くなる。私、梶原にかわいいって思われてんのかな……。そうだったらどうしよう。やだ、なんか嬉しい……。
「心残りだったんだよ、これ。やり直せてよかった! 夏休みにお前が東京に来たら、二人でピーロランド行こうな!」
そう言って梶原が笑った時、校門付近に集まっていた卒業生たち、それから見送りの為にその場にいた在校生たちが、一斉に叫んだ。
「Congratulation!!!」
わあん、と生徒たちの声がその場に響き、それと同時に何か丸いものが空高く投げ上げられた。……まるで防衛大学の卒業式みたいな、そんな光景で、高く高く投げ上げられたそれらは、鳴海たちの周りにぽとんぽとんと降って来た。それは沢山のウイリアムとテリースのうつ伏せぬいたち、そしてクロピーのぬいぐるみだった。
餞(はなむけ)だ。鳴海と梶原のオタクを受け止めた上での、皆からの餞だ。
嬉しい……。鳴海が腐女子でも、梶原がゆめかわオタクでも、みんなは受け入れてくれた。隠すことはなかったのだ。
「市原さん! もっと一緒にウイリアムとテリースについて語りたかったよう!!」
叫んで話し掛けに来てくれたのは、香織。
「ごっ、ごめん!! 私ももっと早くから一歩踏み出してればよかったって思ってる! メッセ交換して!!」
「勿論よう!!」
さっとスマホを取り出して、ID交換をして、香織がぎゅっと鳴海に抱き付いてきた。ああ、こんな幸せな卒業式は想像していなかった。嬉しくて、同志と笑い合う。その様子を見ていた梶原が鳴海に右手を差し出してきた。香織が、お邪魔したね! と言って去って行くと、鳴海も梶原を向き直った。そして固く握手をする。その様子を少し離れたところに居た栗里が穏やかに微笑んで見つめ、その表情を見た清水が、ぐっと堪えた表情をしたのち、やや俯き、少し口もとに諦めの微笑みを浮かべた。
「これ(ぬい)、誰の発案? 梶原なの?」
「そうだ。俺ら、ずっとみんなを騙してたろ。だから、最後にみんなに知ってもらえたら良いかなって思ったんだ」
得意げに笑う梶原に、突っ込むことを忘れない。
「実は卒業しちゃうから出来たんでしょ」
「まあ、そういう面もあるな。でも、隠さなくてもこんなに晴れやかな気持ちで、お前という心と心を分かり合える真の恋人は出来たし!」
恋人、と言われて、ちょっと照れる。鳴海にとって、梶原とは、オタ活仲間の時間が長かったから。
「毎日、妄想日記送るわ。添削して」
「ホンットーに、お前って、残念美人!! でも、お前となら遠距離でも大丈夫って自信持てるわ!」
二人の笑い声が青空に吸い込まれて、周りからも一斉に爆笑が起きた。その賑やかな光景の中、梶原がふと、鳴海の指に、指を絡めて握った。……ちょっと、恥ずかしいじゃないか。でも、どっか胸の奥がぽかぽかして、頬に熱が集まるのを止められない。今までとは違った接触に照れくさくてもぞもぞとした鳴海の手を、梶原がしっかりと握りしめた。……ああ、梶原、ホントに私のこと……。そう思ったら、胸の中にじんわりとした甘いメープルシロップが満たされてきて、甘い匂いに溺れて酔ってしまいそうだった。
「改めて、卒業生の先輩方、おめでとうございます!!」
校門前に集まっていた卒業生たちが在校生たちの声に応じて、わあーっと腕を振り上げ、賑やかに校門を出ていく。
卒業だ。卒業だ。学び舎からの卒業、そして。
契約カップルから卒業して、本当の恋人になる――――。