うっかり口から飛び出た言葉に食いつかれて鳴海は焦った。ここで腐女子であることを知られるわけにはいかない。
「いやいや!! 私の話ではなく!! なんか妄想って言葉を時々聞くから!!」
慌てて言い訳をする鳴海を興味津々で見ている栗里に、梶原が釘を刺す。
「その辺にしとけよ、栗里。市原を怒らせたら怖いからな。リッツカートルトンホテルでアフタヌーンティーおごらされるから」
そのカートルトンでゆめかわ世界にキャッキャしたのは何処のどいつだと言いたかったけど、ぐっと言葉を飲んだ。しかし栗里は梶原の言葉にも動じない。
「別に市原さんの為なら幾らでもおごるけど」
全く、くじけない男だな。こういう男、鳴海の好きなBLの世界では当て馬なんだよな。強引故に、主役の受けはよりやさしい攻めへの気持ちを自覚すると言う展開。つまり、こういうキャラは幸せになれない。鳴海はそう思って栗里からツンと顔を逸らした。
「それに、市原さんが顔赤くしたのは見逃してないし。結構脈ありかな、って思ったんだけど?」
うっ、それを言われるとごまかしようがない。何せこんなにウイリアムに似た声を発するとは思っていなかったのだから。
鳴海を見てくる栗里に対して、一旦息を吸い込んでから応じる。
「声が良いことは認めるわ。でもドキッとしたのは不意打ちだったからだし、栗里くんが言うようなドキッとじゃないから」
「あれっ、声の良さは認めてくれるんだ。じゃあ、そっちから攻めようかな」
調子に乗った栗里を前に、鳴海は反射でもドキッとしてしまったことを後悔した。ウイリアムはこんなに軟派じゃないし、テリースに一途な愛を抱いてその愛を捧げている貴公子だ。恋愛をおもちゃにする栗里とは全然違う。
「栗里くんに何されても、私は栗里くんの思い通りにはならないから。そこ、把握しておいてよね」
ああ、梶原に怒りをぶつけていたのに、その矛先が栗里に向いてしまって、梶原の不義理を指摘する気力もなくなってしまった。丁度予鈴が鳴って、三人は教室に戻った。席に着く直前に梶原が鳴海の腕を引いて、俺は笑ったわけじゃないぜ、と言うと、
「昨日の恩もあるしな。お前に全面的に協力してやるよ」
と言った。感情の矛先が栗里に向かっていて一瞬何を言われたか分からなかったが、翌日なんと、鳴海があれだけ探して見つからなかったウイリアムとテリースのアクリルキーホルダーを手渡されて、鳴海は感涙でむせび泣くかと思った。
「うっそ! 何処にあったの!? 私もめちゃくちゃ探したけど、この二人はどうしても見つからなかったのよ!?」
「俺が本気出せばこんなもん朝飯前だぜ。何年クロッピのグッズを探して彷徨ってたと思うんだ」
成程、同じオタク同士、超えてきた修羅の道は、己をグッズへの敏感センサーを発達させたという事か。なんにしろ、鳴海があれだけ探しても見つからなかったウイリアムとテリースのアクキーだ。鳴海は手渡された二人のキーホルダーをうっとりと眺め、そしてポーチの中の鏡を入れていた巾着袋に二人を大事に収めた。考えてみれば、最初のデートの時に買ってもらって鞄についているクロピーのキーホルダーは偽装の為の贈り物だったが、この鳴海の推しの二人のキーホルダーは、正真正銘、梶原が鳴海の為に探して買ってくれたものだ。梶原の心遣いが染み入る。契約とはいえ付き合い始めてから初めての、真の意味でのプレゼントを貰って、鳴海はちょっとだけ、じんわりと心が温まる思いがした。正直に言おう。すごく、嬉しい……。
「……ありがとう……」
梶原を前に頬が緩んで、心の底からの笑みが浮かぶ。梶原も、満足そうだった。