「ありがとうございます!!」
60分後の約束の時に巾着袋(中身入り)を渡したら、女の子は泣いて喜んでくれた。もう駄目かと思った……、と安心した様子の女の子に、これからは忘れないようにね、と付け加えて鳴海たちは今度こそホテルを出た。
「あー、すごいデートだった!」
「ははは。悪いな、巻き添えにしちまって」
悪びれもせず、梶原が言う。
「いいのよ、こう言う時は巻き添えになったって。だって誰にでも推しは大切にしてほしいもんね」
鳴海が言うと、その通り、と梶原は笑った。
「あ、ところでさ。あの子に言ってたけど、何で『俺はクロピーが好きだからな』が理由だったの?」
クロッピな、と鳴海の言い間違いを注意しておいて、梶原は話をし始めた。
「市原はクロッピの経歴を知らないだろ。クロッピは大怪盗の父親と教育ママの母親の間で育ったペンギンで、忙しい両親に代わって妹のクロナを守って育ててるんだ。クロナが、父親が泥棒だからってことでいじめられっ子なのを庇って、よくいじめっ子とよくケンカするけど、本当は父親が金持ちから盗んだ金品を貧しい人たちに配っていることを誇りに思って、自分もその手伝いをしたりする、すごく正義感の強いペンギンなんだ。いずれ世の中をお金のことで困らない世界にしたいっていう夢を持っていて、クロッピは父親の跡を継ぐつもりなんだ。先祖伝来の家業がつぶれちまうこの世の中で、父親の背中を見て、その偉大さを分かってるクロッピはちびのくせにすげー奴だと思うよ」
俺は妹居たことないから、妹を守る大変さってのは分かんねーんだけどよ、と、梶原は更に続ける。
「子供心に『おれもクロッピみたいに、よのなかのこまってるひとをたすけたい!』って思ったんだよな。子供に貧富や格差の解消とか社会の平等性を説いたクロッピは、本当にすげーキャラだと思うぜ!」
昔の少年少女が鼠小僧に憧れたみたいなもんか。しかし幼児期の男の子は大体ロボットものに憧れるものだと思っていたけど、とんだ曲者がいたもんだ。
今まで隠しに隠していた鬱屈の分なのか、梶原は鳴海の前でポップコーンが弾けるように、クロピーの話で盛り上がっていた。
「俺は姉が二人居るから、おもちゃが全部おさがりでさ。クロッピはピーロランドのキャラクターの中でも唯一男が持っててもおかしくない黒いペンギンのキャラクターだったから、最初は外見からだよ。でも、おもちゃで遊んでたらそんなキャラだって知って、一気に好きになったんだ。クロッピが盗みに入った場所には印として『Do my ideal』って書いたメッセージカードを置いて行くんだ。それがまたカッコよくってよ!!」
目をきらきらさせて推しについて語る梶原を見て、鳴海は、自分たち腐女子が推しについて語る時と同じ心を持っている、と感じた。梶原とは、対象こそ違えど、推しを全力で推しているという点で、心友も同然だった。
「お子様騙しのゆめかわ趣味、だなんて思って悪かったわ、梶原。あんたのその心意気、私がウイリアムとテリースを愛する気持ちと全然変わらないのね。そうよね、崇拝する推しがいる時点で、私とあんたは同等の心友たる存在だったんだわ」
「市原! 俺のこの、クロッピに捧げる気持ちを分かってくれたのか!! つくづくお前って、いいやつだな!! クロッピについてこんな風に誰かに語れる日が来るなんて、思ってなかったぜ!」
感動で泣き出しそうな梶原に、すっとハンカチを差し出す。
「いくらでも語って。推しを崇める気持ちを理解できる私なら、あんたのその暑苦しい思いを受け止められるわ。同志がいなくて今まで孤独だったでしょう。クロピーの良さは正義の味方的な平凡な事しか分からないけど、あんたにとって凄く大事な存在だってことは分かるわ」
「だから何度言ったら分かるんだ! 『クロッピ』だろ!!」
いちいち細かいことに煩いけど、梶原の推しに対する熱い気持ちが分かって、鳴海は全くの同類として梶原を見た。