「張り切って生きてこうぜ」
最近、アオがすこし見えてきた。
年齢は、21。爺じの孫で、もう三年生だからそこまで躍起になって大学に行かなくてもいいらしい。そんなに楽なら私も大学生になってみたい。ただ、大学に行くつもりは毛頭ない。学がない。金もない。だからさっさと工場を辞めて、普通の会社に就職する。無資格無免許。空っぽの自分に他の何かより価値があると精一杯嘯いて、誰かを蹴落としてどこかしらの会社で忙しなく電話を取る。
瞼の裏でそんな妄想を繰り広げれば、なんだかちんけで笑けてくる。
世界が弱者に優しくないことを、歳を取るにつれ知ってしまった。
教師もの。昔見た、鬼教師が生徒達の更生を促すドラマで、教師がそう言っていた。政治家。お偉いさん。学歴があり、いい会社に入り、立場を得て、狡猾に人を動かす勝ち組と、世界にはその真反対が存在する。その割合に入れるのは本当に一握りで、満足した生活を送れるのは100人の内のたった6%だと。その残りの大半が不平不満に苦しみながら不満足に生き長らえ、したくもない仕事をし、勝ち組に媚び諂っていかなければならない。
なぜ、生きるのにこんなに苦労を有するのか。
なぜ、呼吸するのにこんなに労力を有するのか。
なぜ、しあわせを見出すのにほんの少しの笑顔さえ思い出すことが出来ないのか。
「ねねちゃん、ってクソ可愛い名前な」
朝の日差し。雲間から射す陽光に目を細めていたら、番台でアオがのんびりと呟いた。
「名前だけだとあんたほんと詐欺。そしてきっと可愛いと妄想した男たちの期待を挫くんだ」
「なんで私が悪いみたいになってんだよ。名前決めたの私じゃねーよ耳削ぐぞ」
「なんで二言目には喧嘩腰?」
そんな悪いこと言った? と持て余した服の袖を振りながらこわーい、って野次を飛ばしてくるアオがウザくて横髪を耳にかける。なんで今思えばこんな律儀に毎日ここに来てんだろう。日常がうまくはいけど、ストレス過多になるからとっとと爺じに帰って来て欲しい。
「爺さんの容態は? お前見舞いとか行ってんだろ」
「元気だよ。しばらくまだ寝たきりだけどね、寧々ちゃんに逢いたいって言うから、ねねって誰? アー、あのヤンキーねと」
「削ぐんだな」
踏み込んだら受付の戸を閉められた。手でハサミを作って耳を削ぐ真似をするのに、煙草屋は受付の中で挑発しながらべろべろばーしてくる。よし。舌を抜こう。
「…お前はどうなんだよ」
「うん?」
「名前。なんてーの」
「え、ど忘れした? アオだよ」
「そうじゃなくてフルネーム」
「えー。それ教えてくれたらなんかくれんの?」
「なんで見返りありきなんだよやんねーよ」
「くちわっっる」
ちょっと舌まで巻いて言われて、一々人の癪に障るのが本当に上手いらしい。それでもういいよ、って閉まったガラス戸に手のひらを置いて背を向けたら、雨のように落っこちた。
「聡介」