数日後の日直は宇佐見と二人で務めることになった。

「海藤って宇佐見のこと狙ってんだろ?今日日直だしチャンスじゃん」

 例のやり取りをたまたま耳にしていた僕の数少ない友達、木下に煽られる。

「バカなこと言うなよ。木下こそさっさと部活行けよ。マネージャーのこと好きなんだろ?」
「はあ?そんなんじゃねっての」

 木下が笑いながら言い返す。こんな軽口を言い合える相手はあまりいない。


 クラスメイトが全員下校するか部活に行くかした後、黒板掃除をしていると、宇佐見に質問された。

「ねえ、海藤君。この間、なんであんなこと聞いたの?」

 教室で二人きりというシチュエーションでそんなことを聞くと言うことは、おそらく「生徒会長・海藤栄介、宇佐見姫花に恋してる説」の真偽を確かめようとしているのだろう。わざわざ、あだ名の「会長くん」ではなく、本名の「海藤君」なんて真面目な呼び方をされたので、冷や汗をかいた。大勢の前で聞かないのは彼女なりの配慮なのかもしれない。

 しかし、断固としてそういった意味ではないことを主張しなければならない。ストーカー疑惑でもたてば、生徒会長として、優等生として積み重ねてきたすべての信頼が台無しである。僕は波風を立てたくなかった。

「この間も言ったけど、僕は本当に学年全員の作文を読んだんだ。気に障ったかな、ごめんね」

「海藤君ってさ、頭いいでしょ」

 僕はこの質問が苦手だった。首席で入学し、新入生代表挨拶をつとめて以来ずっと定期テストは一位。頭が悪いですと言えば嫌みになってしまうが、頭が良いですと自慢するのはあまりにも不遜な気がした。

「僕は宇佐見さんの英語力がうらやましいよ。僕が使ってるのって所詮受験英語だし。それに、宇佐見さんってフランス語もしゃべれるんだよね」

 うまいこと相手をあげつつ、感じ悪いと思われないように。大人の顔色をうかがう技術と同世代に嫌われないためのテクニックは使い分けが難しい。

「おー、模範解答だ」

 宇佐見がぱちぱちと拍手をした。何か間違えてしまったのだろうかと不安になった。

「世界を壊したいなんて本気で言うヤツって絶対頭がおかしいか、病んでるかどっちかでしょ。そんなヤバい人間に首突っ込むようなバカじゃないでしょ、海藤君って。でも、ネタを全部本気でとらえちゃうほど空気の読めない人間にも見えないんだよね」

 宇佐見の声は普段より心なしか低く聞こえた。黒板消しクリーナーにかけた手が思わず止まった。

「それを踏まえて、なんであんな変な質問したの?って聞いてる」
「それは……」

 言葉に詰まる。黒板の文字ではなく、変な質問をした事実を消してしまいたかった。

「当ててあげようか?ずばり、海藤君も世界を壊したいと思ってる」

 心臓がドクドクと鳴った。

「何言ってるの……?僕のことからかって遊んでる?」

 ごまかそうにも作り笑いしかできず、喉がからからに渇いた。

「バイオリン、二歳の時からやってるからアタシ絶対音感あるんだけど、今心臓の音と声色が変わった。図星かな?」

 教室のドアの小窓から廊下を覗き、誰もいないことを確認した。こうなれば観念するしかない。

「そうだよ、その通りだ」