「お兄ちゃん、なにやってるの……?」
「静かに! いいか、音をたてるなよ?」

 俺は早速、ミレイと黒服の男性を尾行した。
 流れとはいえ海晴もついてきてしまったが、これは不可抗力。
 なるべく家族は巻き込まないように。そう思っていたが、仕方なかった。

「昨日はまだ、そんなに短くなかったはず」

 リミットは2時間後。
 昨日、学校で会った時はまだ余裕があったはず。
 それだというのに、いったいなにが彼女の寿命を縮めたのか。その可能性を考えると、相変わらず肝が冷える。だけど、俺は深呼吸をして思考を巡らせた。

「あの男は、ボディーガードのはず」

 状況を改めて確認する。
 いま、俺たちがいるのは街角を曲がった先にある路地裏だった。
 普段なら間違えても入らない、そんな場所。そこにミレイは警護の男性と二人きりで入っていった。そして、迷わずに進んでいく。
 それを考えると、何かしらの目的がある、ということか。
 そうなると――。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん? これってストーカー?」
「ぶふっ……!」

 そのタイミングで、後ろに隠れた海晴がそんなことを言いやがった。
 俺の思考はそこで一度、寸断される。

「な、なに言ってんだ!?」
「だって。お兄ちゃんの好きな人って、あの女の子なんでしょ? それを黙って追いかけるなんて、正直言って気持ち悪いよ」
「うるさいな! これには、深いわけが……」

 身の潔白を証明するために、俺は小声で必死に訴えた。
 だが、そうしていると。

「……って、見失った!?」

 いつの間にか、ミレイたちはどこかへ消えていた。
 ええい。こんなアホな会話のせいで、あの子を死なせてたまるもんか!

「海晴、お前はここで待ってろ! いいな!?」
「あ、え? ちょっと、お兄ちゃん!?」


◆◇◆


「くそ、どこに行ったんだ……?」

 俺は路地裏を駆け回って、彼女たちを探した。
 しかしすでに、どこかの建物の中に入ってしまったのか。どこを見回しても、それらしい影に出会うことは叶わなかった。
 次第に焦りが強くなってくる。
 ここまでか、と。そんな気持ちまでもが生まれた、その時だった。

「ん、この声は――ミレイ!?」

 微かにだが、彼女の声が聞こえた。
 それは一つの建物の中から。俺は少し考えてから――。

「いいや、考えてる場合じゃない、よな」

 すぐにそう結論付けて、そこへと足を踏み入れた。
 その瞬間。



「――――動くな、手を挙げろ」



 カチャリ、と。
 右側頭部に、黒く硬いなにか冷たいものを突き付けられた。
 聞こえたのは男性の声。その声には、聴き覚えがあった。それは、

「ほう。ずっと尾行されているから、誰かと思えば……」

 ミレイの護衛の男。
 彼は感情のこもらない声で、そう言った。

「お嬢様のことをつけていた、か。そういえば、あの時もそうだったな」

 男性は淡々と言葉を並べていく。
 どうやら、俺のことをかなり警戒している様子だった。

「お、俺は――」
「おっと、喋るなよ? 数秒でも長く生きていたいならな」

 弁明を計ろうにも、その権利さえ奪われる。
 不味い、と。背筋を冷たいものが伝っていった。
 このままでは、ミレイを助ける前に俺が死んでしまうかもしれない。それではダメだ。しかし、寿命が見えるだなんて話が、こんな状況で通じるとは思えない。

 静寂の中には、張り詰めた緊張感。
 その中で、心臓の鼓動音だけがやけにうるさい。

「さて、状況から考えて。お前は消しておいた方が良さそうだな」

 そして、ついに男性はそう口にした。
 引き金に指をかける音。俺は、ここまでかと、唇を噛んだ。





「――――待って、アレン!」





 瞬間、悲鳴に近い彼女の声が聞こえた。
 男性の動きが止まる。

「ミレイ……?」

 俺は声のした方向――薄暗い店内の、その奥へと視線をやった。
 すると、そこにいたのは……。




「…………へ?」




 思わず、そんな声が漏れた。
 そこにいたのは、アニメキャラのコスプレをした彼女だったのだから。