赤羽ミレイの寿命は延長された。
 先ほどの一件のことは謝罪していま、帰り道を歩いている。
 突然に突き飛ばしたことで怒られたり、あるいは嫌われることも考えた。それでも、ミレイは苦笑いを浮かべて――。

「大丈夫だよ。……よくあるから」

 そう口にした。
 よくある、というのはどういうことか。
 確実に言えるのは、それというのは俺が彼女を突き飛ばしたことではない、ということだった。ミレイは自分が狙撃されたこと理解している。
 そして、それを「よくある」と、そう表現した。

「ミレイ、あのさ……?」
「どう、しました。ミコトくん」
「あー、いや。やっぱりなんでもない」

 俺はその違和感を訊こうとして、踏み止まる。
 それを訊かれると察知したのだろうミレイの肩が、大きく弾んだのだ。それはつまり、彼女自身そのことを訊かれることを、その先に踏み込まれることを恐れている。その証拠に他ならなかった。

「…………」
「…………」

 だから、互いに無言の時間が続く。
 そしてそれは、永遠に続くようにも思われた。その時だ。



「お嬢様ぁん! 申し訳ございませんでしたぁん!」



 …………ん?
 なんだろうか、空気をぶち壊す男性の声が聞こえた。
 しな垂れかかるような、背筋が凍る声色。それが、後方から……。

「……うわぁ」

 自然とそんな声が漏れた。
 内股で走り寄ってきたのは、声の主に相違ないように思われる。
 屈強な2メートル以上はありそうな身体を黒服に包み、サングラスをかけていた。二つに割れた顎に、突き出された分厚い唇。そして、腋をキュッと締めている。そんな感じで両手を上げながら、彼はこちらへとやってきた。

「……ダース」
「やっぱり、知り合いなんだ……」

 その男性――ダースの名を口にしたミレイに、俺はがっくりと肩を落とす。
 出来れば関わりたくはなかったが、関係者なら仕方ない。
 俺は小さく会釈をしてみせた。すると、

「あらぁ? 礼儀正しい、可愛い子じゃない。わたし、興奮しちゃう!」
「その反応、手順を数段飛ばしてませんか?」

 そんなことを言うので、俺は初対面にもかかわらず冷めた声でツッコむ。
 ダースはそれを受けてくすりと笑った。しかし突然、

「それよりもぅ、お嬢様――申し訳ございませんでしたぁ!」

 ミレイに向かって、深々と頭を下げる。
 そこには先ほどまでのふざけた色などなくて、心からのそれがあった。
 どういう意味なのかは分からなかったが、俺はひとまずミレイの反応を待つことにする。すると彼女は柔らかく微笑んで、髪を撫でながら答えた。

「……大丈夫です。ミコトくんが、守ってくれましたから」

 そう、少しだけ悲しげに。
 俺はそんなミレイに、かける言葉を持たなかった。
 それに反応したのはダースという男性。彼は俺を見ると、こう口にした。

「小さな英雄さん? この度は、うちのお姫様を守ってくれてありがとう」
「は、はぁ……。どういたしまして……?」
「だけど――」

 そして、声色を変えて続ける。




「ミコトちゃん? 貴方はもう、関わらない方が良いわ」――と。




◆◇◆


 俺はダースと二人きりで話をすることにした。
 さっきのことがあったが、ミレイの寿命は大丈夫そうだ。そのため心苦しいが、ここは状況把握のために離れた方が良い。
 どうやらこの話をするのは、ミレイが嫌がる様子だったから。

「それで、どういうことなんですか?」

 それでも視界に入る位置に彼女を置いて、俺は突然現れた男性に訊ねた。
 彼は少し考えると、こう訊き返す。

「むしろ、ミコトちゃんがどこまで知っているか。それが知りたいわ」
「なにも……。俺はあくまで、ミレイの友達なだけです」
「友達……、ね」

 なんだろう。俺の返答に、ダースの瞳が潤んだ気がした。
 だがすぐに気を引き締めると、彼はこう言う。

「お友達なら、もっと距離を置いた方が良いわ。命が惜しければ……」
「命が、惜しい――だって?」

 それに、俺は眉をひそめた。
 ハッキリとしない、大事なところを隠されている。そう思えた。
 だから、ダースの目を真っすぐ見つめてこう告げる。

「もう、はっきり言って下さい。ミレイは――」

 それは、決定的なこと。


「彼女は、何者なんですか……?」


 その問いかけに、相手は鋭い眼差しでこう返した。

「ミレイお嬢様は――」

 事実だと、それに込めて。




「フランスのマフィア――『イ・リーガル』のご令嬢よ」