「ダース、貴方……」
「私は二つの顔を持っていました。貴女の母親を殺した咎人としての顔と、貴女の母親代わりとしての顔――最初は前者だけが大きくて、どう苦しめてミレイお嬢様を殺そうかと、そればかりを考えていたのです」
掠れた、しかしよく通る声でダースは語った。
自らのこれまでの行いを素直に、憂いを失くすように。
「でも、できなかった……。たとえ貴女の母親が憎くても、貴女は私の愛したあの人の娘ですもの。どっちつかずな気持ちのまま、私はあの日――貴女に一発の銃弾を放った。だからでしょうね、それはミコトちゃんによって阻まれた」
口の端から、一筋の血を流しながら。
それでも今までのことを語ろうと、必死に。
彼はその顔を涙で、くしゃくしゃにしながら懺悔するのだ。
「私は決めました。この子――ミコトちゃんが、あの日に冗談めかして賭けた王子様なら。私がそれを認められたら、潔く身を引きましょう、と」
俺の頭を撫でながら、ダースはそう笑った。
そして、こう叱咤激励する。
「ほら、王子様がそんなに泣き崩れていてどうするの? 貴方はその手で、間違いなくお姫様を守ったのよ。悪い魔女の手から救い出した英雄なのだから」――と。
それを否定したかった。
ダースはそんな人間ではない、と。
たしかにミレイが憎かったのかもしれない。だけどきっと、その何倍も、何十倍も、ミレイのことを大切に想っていたに違いない人だったのだ。
その終わりが、こんなのって――ないだろう?
たしかに、ダースの犯した罪は拭いきれない。
それでも彼が彼女を愛した気持ちは、計り知れないものだったのだから。
「みんな! ――ダース!?」
「ミコト!!」
その時だった。
地下室に、アカネとアレンが現れた。
彼らは血相を変えて、俺たちのもとへと駆け寄ってくる。
「二人とも、無事だったのか……」
束の間の安堵に、俺も力が抜けてしまった。
すると同時に――。
「……ダースっ!」
力尽きたように、大きな身体がすり抜けるように倒れ伏した。
みんなが彼を囲み仰向けに起こす。アレンは止血を試みるが、それでももう間に合わないことは明白だった。何よりも、俺の目にはそれが見えるのだ。
あと――1分。
なにか、彼の生涯の手向けに相応しいものはないか。
考えるが、まるで思いつかない。
焦燥感が全身を覆いかけた。
その瞬間――。
「ミレ、イ……?」
おもむろに、ミレイがダースへと歩み寄った。
そして静かに目を閉じ、
「ありがとう。大好きな――」
こう口にする。
「大好きな、お母さん」――と。
――あぁ、それはなんて慈悲深い言葉なのか。
なんてそれは、清らかな感謝なのか。
俺は見た。
『お世話に、なりました……』
最後に、言葉にならないけれども、ダースの口がそう動いたのを。
彼は最期にいつもの微笑みを浮かべて、息を引き取った。
大切な、家族たちに看取られながら……。
一連の出来事から、一ヶ月が経過した。
俺の寿命は元通り――とまではいかないまでも、これから半世紀は生きられるまでは回復。ミレイの寿命もまた大幅に延長された。
相も変わらず危なっかしいところはあるけど、前のようなことはない。
学校も再開され、彼女は平凡で貴重な生活を謳歌している。
「ミコトは、戻りたいと思わないのか?」
「戻れるわけないだろ。あんな大見得切って、俺は完全にマフィアの一員だよ」
リビングでアレンと二人。
ボンヤリとしていると、彼がそんな馬鹿なことを口にした。
俺は半笑いでそう答えると大きく伸びをする。するとアレンは顎に手を当てて考え込み、しばしの間を置いた後にこう言った。
「大学からなら、名前を変えて普通の生活に戻れるんじゃないか?」――と。
それは要するに、偽名を使ってということか。
天井を見上げながら考えた。
「たしか、アカネの家が経営する私立大学があったよな。偏差値が馬鹿高いとこ」
「そうだな。そこなら、身元もバレずに学生生活を送れるだろう」
「ミレイの成績ならともかく、俺は無理だって」
俺は茶化して、手を左右に振る。
今さら表社会で生活するなんてこと、夢にも思っていなかった。それはあの時に、すべて投げ捨てたものだったから。だけど、アレンはこう続けた。
「お嬢様も、それを望んでいる。また、兄弟と学生生活を送りたい、と」
「ミレイが……? 俺との学生生活、ねぇ」
果たして、俺との学生生活にそこまでの価値があるのだろうか。
こちらとしては願ってもない申し出だが、その点に関しては甚だ疑問だった。そんな風に考えていると、何やら冷たい物を後頭部に突き付けられる。
「あの、アレンさん……?」
「お前な、兄弟。これ以上、お嬢様の気持ちを弄ぶならキレるぞ」
「へ…………?」
なかなかにシャレになってない。
というか、アレンさんの声のトーンがガチだった。
理由はとんと不明ではあるが、どうにも俺が大学に入るのは既定路線らしい。
「……分かったから、銃を下ろしてくださいません?」
「分かったなら、ひとまず良いだろう」
震え声で言うと、彼はそう言ってブツを仕舞った。
今ので、寿命が10年は縮んだんじゃないだろうか……?
「ところで、さ――」
まぁ、この話はまた今度にしよう。
そう思って俺は、アレンにある話題を振った。
「ダースは、報われたのかな」――と。
その言葉に、アレンが息を呑んだ。
そしてしばし考えた後に、一つ頷いてこう言う。
「報われたに違いない――とは、言い切れない。それでもオレたちにできるのは、ダースが残してくれたものを壊さないように守り続けていくだけじゃないか?」
「残してくれたもの……?」
それに、俺は少し首を傾げてしまった。
アレンはふっと、まるでダースのように微笑んでこう続ける。
「失ったものも、たくさんあるだろう。それでも――新しい絆が生まれた」
自分たちは、新しい家族として歩み始めたのだ、と。
俺はその言葉から、そんな意図を汲み取った。
「新しい、絆か……」
天井を見上げて、ふっと息をつく。
きっとダースが残したのは、生前に彼が最も欲しかったものだろう。
彼は自身の罪と良心の狭間で揺れ動きながら、最期に、それを残す選択を取った。俺のことを試していて、こちらが逃げるようなら容赦なく殺していたのだろうが――その辺に関してはご愛嬌、なのかもしれないな。
「ありがとうな、兄弟。改めて礼を言う」
「ん、どうしたんだ?」
俺があの時のことを思い返していると、アレンがそんなことを口にした。
彼の方を見ると、そこには真っすぐな眼差しを向ける美男子。
胸に手を当てて少しばかり、礼をしていた。
「すべてお前のお陰だ。ミレイお嬢様の命も、ダースの心も、ファミリーの大切なもののすべてをお前が守ってくれた」
――オレは将来、お前の下で働きたい。
アレンは、真剣な口調でそんなことを言うのだった。
それを受けた俺は、少しばかり考えた後に、ニッと笑って。
「ばーか。俺は、そんな器じゃねぇよ」
一言、そう伝えるのだった。
「御堂大学に入りたい、ですって?」
「いいや、俺はそこまでじゃないんだけど。アレンがアカネに頼めってうるさくてさ。それで実際のところどうなんだ。入ろうと思えば、入れるのか?」
「無理、ということはありませんが……」
アカネの部屋を訪ねて、アレンからの提案を説明する。
彼女の自室は意外にもテディベアや小物が並ぶ、非常に女の子らしいところだった。ただ一点、天蓋付きのベッドは少女らしさの欠片もなかったが。
そんなベッドに腰かけて、アカネは考え込む。
俺はその隣に座り、彼女の答えを静かに待つことにした。
「そうですわね。条件を出すとしましょう」
「条件……?」
そうしていると、不意に少女はそう口にする。
俺はどういうことか分からず、首を傾げることになった。が――。
「おわっぷ!?」
その時である。
俺はアカネにベッドへと押し倒された。
そのまま馬乗りになった少女は、口元にどこか熱っぽい笑みを浮かべる。
「あのー、アカネさん? これはどういう――」
「条件ですわ。ミコト、貴方はわたくしの物になりなさい?」
「…………なんですと?」
そして、そんなことを仰った。
そこで俺の思考は凍り付き、身動きを取れなくなってしまう。
「抵抗しないのでしたら、続けますけれど?」
「いや、それは困るな……」
ボンヤリとしていると、アカネはそう言った。
苦笑しつつ何とかそう返すと、彼女は少し残念そうにこう口にする。
「まぁ、いいですわ。でも、わたくしの物になる、というのは絶対条件ですわよ。具体的に言えば、そう――家にいる間は、専属の執事になっていただきます」
そして、出てきた言葉は意外なもの。
俺はあまりに想定外のそれに、思わず間の抜けた声を上げた。
「……へ、執事?」
「そうですわよ。なにか不服がありますの?」
「いや、そうでなくて……」
そこでついつい、頬を掻きながらこう言ってしまう。
「てっきり、今みたいな相手をしろ、的なのかと」――と。
瞬間、部屋の中には沈黙が生まれた。
アカネは目を丸くして、今の俺たちの体勢やらなにやらを確認。
そして、瞬きを何度も繰り返した後に、顔を真っ赤にして――。
「ふ、不潔ですわ――――――――――っ!!」
「べぷらっ!?」
――ベチコーン!!
俺の頬を全力で引っ叩いた。
視界に星がいくつも、ちかちかと……。
「ふふふふ、不潔です! ななな、なにを仰っているのかしら!?」
「いや、流れからして……」
「ふえぇっ!?」
こちらの指摘に、アカネはさらに怖気づいたような声を発する。
先ほどまでの威勢はどこへやら。
「と、とりあえず!! ――ミコトは大学へ通う四年間は、わたくしの執事になるのですわ! いいですわね!?」
涙目になりながら、そんなことを言うのだった。
「分かったよ、ありがとうな」
「わ、分かったなら良いのですわ!」
答えると彼女は俺を解放する。
起き上がり、再び並んでベッドに腰かける形になった。
少しの間を置いてから俺はふと、アカネに対しての疑問を口にする。
「そういえば、どうして俺にそんなによくしてくれるんだ?」――と。
それは、かねてよりの謎だった。
初めて会ったのは、つい先日のはず。それだというのに、アカネは命懸けで俺の考えた作戦にも参加してくれた。どうして、彼女はそこまでして――。
「良いのですわ。貴方が、憶えていなくても」
「え……?」
考えていると、アカネは小さな声でそう漏らした。
そして、呆ける俺に向かって明るい笑みを浮かべてこう言うのだ。
「わたくしは、恩に報いているだけですわよ?」――と。
そこには、どこか寂しげな色も浮かんでいた。
「あぁ、お帰り。――ミレイ」
「ただいまです、ミコトくん」
俺が御堂邸の中庭でくつろいでいると、ミレイがやってきた。
どうやら今日も平穏無事な学生生活を送ったらしい。
「ミコトくんがいなくなって、みんな寂しがってますよ?」
「いやいや。俺はボッチだし、誰もそんな――」
「田中くんとか」
「田中……」
俺の腰かけるベンチ――その隣に座りながら、彼女はくすりと微笑んだ。
だが、ふっと息をついてから寂しげな表情になる。
そして、こちらの顔を覗き込みながら言った。
「もちろん、あの場でミコトくんに救われたみんなが感謝していました。いつでも帰ってきていいって、帰ってきてほしいって、みんなが言ってます」――と。
それを聞いて、俺もさすがにぐっとくる。
しかしもう戻れないのだ。俺が戻れば、ミレイの素性がバレる。
彼女が平穏な学生生活を送れないことの方が、俺にはもっと辛かった。だから「大丈夫だよ」と、そう笑顔を作ってミレイの頭を優しく撫でる。
俺はきっと、こうなる運命だったのだから。
ミレイと出会って、ダースやアレンと出会って、後悔などしていない。
「それに、もしかしたら御堂大学に行けるかもしれないからな!」
「え、本当ですか!?」
そう言うと少女はパっと表情を明るくした。
「それなら私、御堂大学を受験します! そしてまた、ミコトくんと同じ学校に通いたいです!!」
「ははは、ミレイは自分のやりたいことを優先していいのに……」
そして、胸の前でぐっと拳を握って意気込む。
そんな彼女に、俺は思わずそんな返答をしてしまった。すると、
「むぅ……!」
「へ……?」
途端にミレイは膨れっ面になり、どこか納得いかない目で俺を見つめる。
何がなんだかわからない俺は呆然としてしまった。そうなるとまた、少女は幼い態度を取るのである。そんでもって、
「やっぱり、ミコトくんは鈍感さんです!」
よく意味の分からない言葉をぶつけてくるのだった。
「鈍感さんって、そんな――」
「どーんーかーんーさーんー!」
「痛い、痛いって!?」
鈍感さんなる称号を撤回してもらおうとするが、ポカポカと叩かれてしまう。
そんな力を込めてはいないだろう。だが戯れるようなそれでも、痛いものは痛かった。なにこの状況、ホントに……。
「本当に、鈍感さん……」
「……ミレイ?」
しかし、それもじきに終わりを迎えて。
ミレイは俺の胸に顔を埋めて、ポツリとそう言うのだった。
「早くしないと、他の誰かのところ――行っちゃいますよ?」
「え……、それって?」
そこまで告げられて、俺はようやく理解する。
しかし、どこかで迷いが生じてしまった。本当にいいのか――と。
「ミコト、くん……?」
熱のこもった視線を向けてくるミレイ。
俺の名を口にする息遣いも、胸の鼓動も良く分かった。
「あの時の返事、今しても良いですか?」
ふっと、胸が温かくなる。
あぁ、ここまできたら目を背けるわけにはいかないな。
俺は覚悟を決めて、彼女に真正面に向き合った。
すると、ミレイも一つ頷いて……。
「大好きです。ミコトくん……」
夕日の差し込む中庭で。
俺とミレイの影は、ゆっくりと重なった。
――それは、十数年前のこと。
フランス某所で一人の男が、複数人を相手に戦っていた。
男の名前はダース。マフィア――『イ・リーガル』の一員であり、その首領の右腕とも呼ばれている者だった。彼はいま、敬愛するボスの妻を警護している。
「奥様、もう少しで仲間と合流できます」
「ふふふ、貴方がいれば百人力ね? ――昔から、本当に頼りになります」
「やめてください。こんなところで昔話なんて、縁起でもありませんから」
どこか突き放したような、そんな口調でダースは言った。
学生時代からの仲とはいえ彼の恋敵。そして今では、自分の大切な人の最愛の相手だった。組織の一員として尽くすと心に誓ってはいるものの、複雑であることに変わりはない。それを知ってか知らでか、ボスの妻――赤羽コノハは、くすりと笑った。
「気にする必要なんてないでしょう? ダースが守ってくれますもの」
「それは――絶対ではありません。奥様……」
冗談めかす彼女に、ダースはどこか苛立った声色で応える。
二人に対して敵の数はその倍以上。この状況で冗談を口にできるコノハの精神が、ダースにはまるで理解が出来なかった。
ため息をつきながら、戦況を確認する。
正直なところ、増援がない限り勝利はあり得なかった。
ある建物の中に身を隠しているが、それを取り囲むように敵は配置されている。
「これでは、ジリ貧です。どうか奥様だけでも――」
「それはいけませんよ。旧友を見殺しにして、私に逃げろと言うのですか?」
「しかし、この状況ではどうしようも……!」
ダースの訴えに、首を縦に振らないコノハ。
頑として譲らないその姿勢は、まさしくマフィアの妻として正しかった。だが、その正しさがダースにとっては苛立ち以外のなにものでもない。
しかし、自身の上に立つ者の意見を無碍にもできない。
そのことに舌を打とうとした――その時だった。
「ねぇ、ダース? もしも、私がいなくなったら――」
不意に、コノハが窓の外を見て微笑んだ。
そして何かを覚悟したように言う。
「ミレイのこと、守ってね?」
その直後だった。
部屋のドアが乱暴に開かれ、銃を手に持った男たちがなだれ込んでくる。ダースはとっさに銃を構えて、そして引き金を――。
「――――コノハ!?」
それは、一瞬の出来事だった。
鳴り響く数多の発破音と共に、ダースの前に出たのは――コノハ。
彼女は微笑みながら、銃弾の雨に身を晒したのだ。そのことに怯んだのはダースだけではない。敵もみな瞬間に、なにが起きたのか理解できずに立ち尽くした。
その最中に、ダースには見えた。
彼女の口がこう動くのを。
『お願い、ね……? 私の宝物を、親友に任せます』――と。
刹那にダースの中では何かが弾けた。
声もなく銃を引き抜き、弾丸を打ち放つ。
「ああああああああああああああああああああああああああっ!」
そして、直後に絶叫した。
悲鳴にも近い声が、建物全体にこだまする。
やがて出来上がるのは、真っ赤な血の海だった。
「コノハ、コノハ――!」
すべてが終わり、ダースは親友の身を起こす。
すでに息はなくしかし、口元には優しい笑みが浮かんでいた。そんな彼女の遺体を抱きしめて、ダースは大粒の涙をこぼすのだ。
そして思う。
思ってしまった。
『あぁ、よかった』――と。
これで、自分は呪縛から解き放たれるのだと。
愛憎という名の呪縛から、ついに解放される時がやってきた。
「あああ、ああああああああああああああああああああああああっ!?」
だがすぐに、その邪悪な思考に気付き絶叫する。
そしてある結論に至った。
「コノハは、私が――殺した?」
それから十数年の間。
彼は、その時の自責の念に苛まれることとなる。
◆
そして、それにも終わりがやってきた。
ダースはその生涯を終えて、深い眠りにつく。
すべてが終わった。自分の役割は、あの少年に任せた。
『――結局、私は何がしたかったのでしょう?』
暗い闇の中で、ダースは思った。
されども答えは出ない。
きっとそれは、あの時の自分しか知らない。
あの日、コノハの最期を目の当たりにした時の、邪な気持ちを抱いた自分だけ。
だけども考えてしまうのだ。
もしあの時に、もっと違う結末を辿っていたのなら――。
『それは、たられば、ね。どうしようもない、でも……』
自分は、親友に顔向けできるのだろうか。
願うならば最後にもう一度だけ、彼女に謝罪したかった。
守れなくて、ごめんなさい。
貴女の宝物を最後まで、守れなくて――と。
『ありがとう、ダース。もう十分ですよ?』
『え……?』
そう思った時。
不意にそんな声が聞こえた気がした。
そして、完全に意識が消えていく瞬間に、その答えへと辿り着いた彼は――。
『あぁ、それなら。良かったわ……』
大粒の涙を流しながら、笑みを浮かべたのだった。
◆◇◆
中庭にある墓の前で、俺たちは手を合わせていた。
そこに眠るのは大切な家族であり、ミレイの理想の母親だ。
「ダースは、満足してくれたかな」
俺は面を上げると同時に、ミレイにそう問いかけていた。
それはあの時の行動が最善だったのか、という憂いがあるから。要するに俺の中では、まだ後悔があったのだ。
彼もまた、一緒に笑って生きる道があったのではないか、と。
そう思えて仕方がなかった。
「大丈夫ですよ、ミコトくん」
「え……?」
悩んでいると、力強いミレイの声がする。
驚いて彼女の方を見ると、そこにあったのは慈愛に満ちた表情。
ミレイは大きく深呼吸をすると、ダースの墓を撫でながらこう言った。
「きっと――」
それは、憶測でしかないけれど。
「お母さんたちは、私たちの未来に賭けたんだと思います」
そうではないか、と。
不思議と腑に落ちる答えだった。
「だから、これで良かったんです。ダースは、それを分かっていました」
すっと身を寄せてくるミレイ。
俺はそれを受け止めながら、墓石に向かって小さく頭を下げる。
そして、改めて誓いを立てた。
『貴方の娘は、俺が責任をもって守ります』――と。
俺にはなんの取り柄もない。
強いて言えば寿命が見えるくらいで、それ以外には何もない。
「そろそろ、飯かな? ――冷えてきたし、行こうか」
「そうですね!」
ミレイにそう声をかけて、踵を返した。
しかし、もう一度だけ振り返って、こう呟くのだ。
「いつの日か、またみんなで――笑おうな」
静かに、それでも確かな決意を込めて。
再会を誓ったその言葉は、いつの日かきっと果たされるだろう。
俺はその日まで――最愛の人を守り続ける。