「あぁ、お帰り。――ミレイ」
「ただいまです、ミコトくん」
俺が御堂邸の中庭でくつろいでいると、ミレイがやってきた。
どうやら今日も平穏無事な学生生活を送ったらしい。
「ミコトくんがいなくなって、みんな寂しがってますよ?」
「いやいや。俺はボッチだし、誰もそんな――」
「田中くんとか」
「田中……」
俺の腰かけるベンチ――その隣に座りながら、彼女はくすりと微笑んだ。
だが、ふっと息をついてから寂しげな表情になる。
そして、こちらの顔を覗き込みながら言った。
「もちろん、あの場でミコトくんに救われたみんなが感謝していました。いつでも帰ってきていいって、帰ってきてほしいって、みんなが言ってます」――と。
それを聞いて、俺もさすがにぐっとくる。
しかしもう戻れないのだ。俺が戻れば、ミレイの素性がバレる。
彼女が平穏な学生生活を送れないことの方が、俺にはもっと辛かった。だから「大丈夫だよ」と、そう笑顔を作ってミレイの頭を優しく撫でる。
俺はきっと、こうなる運命だったのだから。
ミレイと出会って、ダースやアレンと出会って、後悔などしていない。
「それに、もしかしたら御堂大学に行けるかもしれないからな!」
「え、本当ですか!?」
そう言うと少女はパっと表情を明るくした。
「それなら私、御堂大学を受験します! そしてまた、ミコトくんと同じ学校に通いたいです!!」
「ははは、ミレイは自分のやりたいことを優先していいのに……」
そして、胸の前でぐっと拳を握って意気込む。
そんな彼女に、俺は思わずそんな返答をしてしまった。すると、
「むぅ……!」
「へ……?」
途端にミレイは膨れっ面になり、どこか納得いかない目で俺を見つめる。
何がなんだかわからない俺は呆然としてしまった。そうなるとまた、少女は幼い態度を取るのである。そんでもって、
「やっぱり、ミコトくんは鈍感さんです!」
よく意味の分からない言葉をぶつけてくるのだった。
「鈍感さんって、そんな――」
「どーんーかーんーさーんー!」
「痛い、痛いって!?」
鈍感さんなる称号を撤回してもらおうとするが、ポカポカと叩かれてしまう。
そんな力を込めてはいないだろう。だが戯れるようなそれでも、痛いものは痛かった。なにこの状況、ホントに……。
「本当に、鈍感さん……」
「……ミレイ?」
しかし、それもじきに終わりを迎えて。
ミレイは俺の胸に顔を埋めて、ポツリとそう言うのだった。
「早くしないと、他の誰かのところ――行っちゃいますよ?」
「え……、それって?」
そこまで告げられて、俺はようやく理解する。
しかし、どこかで迷いが生じてしまった。本当にいいのか――と。
「ミコト、くん……?」
熱のこもった視線を向けてくるミレイ。
俺の名を口にする息遣いも、胸の鼓動も良く分かった。
「あの時の返事、今しても良いですか?」
ふっと、胸が温かくなる。
あぁ、ここまできたら目を背けるわけにはいかないな。
俺は覚悟を決めて、彼女に真正面に向き合った。
すると、ミレイも一つ頷いて……。
「大好きです。ミコトくん……」
夕日の差し込む中庭で。
俺とミレイの影は、ゆっくりと重なった。