一連の出来事から、一ヶ月が経過した。
俺の寿命は元通り――とまではいかないまでも、これから半世紀は生きられるまでは回復。ミレイの寿命もまた大幅に延長された。
相も変わらず危なっかしいところはあるけど、前のようなことはない。
学校も再開され、彼女は平凡で貴重な生活を謳歌している。
「ミコトは、戻りたいと思わないのか?」
「戻れるわけないだろ。あんな大見得切って、俺は完全にマフィアの一員だよ」
リビングでアレンと二人。
ボンヤリとしていると、彼がそんな馬鹿なことを口にした。
俺は半笑いでそう答えると大きく伸びをする。するとアレンは顎に手を当てて考え込み、しばしの間を置いた後にこう言った。
「大学からなら、名前を変えて普通の生活に戻れるんじゃないか?」――と。
それは要するに、偽名を使ってということか。
天井を見上げながら考えた。
「たしか、アカネの家が経営する私立大学があったよな。偏差値が馬鹿高いとこ」
「そうだな。そこなら、身元もバレずに学生生活を送れるだろう」
「ミレイの成績ならともかく、俺は無理だって」
俺は茶化して、手を左右に振る。
今さら表社会で生活するなんてこと、夢にも思っていなかった。それはあの時に、すべて投げ捨てたものだったから。だけど、アレンはこう続けた。
「お嬢様も、それを望んでいる。また、兄弟と学生生活を送りたい、と」
「ミレイが……? 俺との学生生活、ねぇ」
果たして、俺との学生生活にそこまでの価値があるのだろうか。
こちらとしては願ってもない申し出だが、その点に関しては甚だ疑問だった。そんな風に考えていると、何やら冷たい物を後頭部に突き付けられる。
「あの、アレンさん……?」
「お前な、兄弟。これ以上、お嬢様の気持ちを弄ぶならキレるぞ」
「へ…………?」
なかなかにシャレになってない。
というか、アレンさんの声のトーンがガチだった。
理由はとんと不明ではあるが、どうにも俺が大学に入るのは既定路線らしい。
「……分かったから、銃を下ろしてくださいません?」
「分かったなら、ひとまず良いだろう」
震え声で言うと、彼はそう言ってブツを仕舞った。
今ので、寿命が10年は縮んだんじゃないだろうか……?
「ところで、さ――」
まぁ、この話はまた今度にしよう。
そう思って俺は、アレンにある話題を振った。
「ダースは、報われたのかな」――と。
その言葉に、アレンが息を呑んだ。
そしてしばし考えた後に、一つ頷いてこう言う。
「報われたに違いない――とは、言い切れない。それでもオレたちにできるのは、ダースが残してくれたものを壊さないように守り続けていくだけじゃないか?」
「残してくれたもの……?」
それに、俺は少し首を傾げてしまった。
アレンはふっと、まるでダースのように微笑んでこう続ける。
「失ったものも、たくさんあるだろう。それでも――新しい絆が生まれた」
自分たちは、新しい家族として歩み始めたのだ、と。
俺はその言葉から、そんな意図を汲み取った。
「新しい、絆か……」
天井を見上げて、ふっと息をつく。
きっとダースが残したのは、生前に彼が最も欲しかったものだろう。
彼は自身の罪と良心の狭間で揺れ動きながら、最期に、それを残す選択を取った。俺のことを試していて、こちらが逃げるようなら容赦なく殺していたのだろうが――その辺に関してはご愛嬌、なのかもしれないな。
「ありがとうな、兄弟。改めて礼を言う」
「ん、どうしたんだ?」
俺があの時のことを思い返していると、アレンがそんなことを口にした。
彼の方を見ると、そこには真っすぐな眼差しを向ける美男子。
胸に手を当てて少しばかり、礼をしていた。
「すべてお前のお陰だ。ミレイお嬢様の命も、ダースの心も、ファミリーの大切なもののすべてをお前が守ってくれた」
――オレは将来、お前の下で働きたい。
アレンは、真剣な口調でそんなことを言うのだった。
それを受けた俺は、少しばかり考えた後に、ニッと笑って。
「ばーか。俺は、そんな器じゃねぇよ」
一言、そう伝えるのだった。