「大丈夫ですの!? アレン!」
「あぁ、大丈夫だ。最悪、左肩が動かなくなる程度だろう」
「それは大丈夫とは――いいえ。それよりも、いまはミコトたちですわ!」
管制室を出たアカネとアレンは、地下室を目指していた。
互いに傷は負っているが、命にかかわるものではない。アカネに至っては、ほぼ無傷だと言ってもよかった。あの時の銃声は彼女の身動きを封じるためのもの。
その後に打撃によって意識を失った少女は、管制室に横たえられていた。
アレンがやってくるまで、アカネはただ眠っていたのである。
「それにしても、ダースはどういうつもりですの……?」
「分からない。ただ――」
肩を押さえつつ走りながら、アレンはそこまで口にして、しかし言葉を呑み込んだ。そして、あることを思い出す。それは、取り留めもないダースとの会話だ。
数年前にアレンとダースは、まだ幼いミレイの寝顔を見ながら語り合った。
短い、本当に何気ないやり取り。
それでも――。
『私が退場した時、ミレイお嬢様のことは――アレンに任せるわ』
なにかが、引っ掛かった。
彼は『死』という言葉を用いなかった。
それはまるで、舞台から降りることを表現するような……。
「ダース。お前は、もしかして……」
――いずれこうなることを理解していたのか、と。
そんな考えが、アレンの脳裏をよぎっていった。だが、それを彼はぐっと飲み込んで駆ける。答えは考えても出ないだろう。
おそらくは、それを知っているのはダース、ただ一人。
「くそっ――どうして、一人で抱え込むんだ!」
アレンは吐き出すように言った。
「オレたちは、ファミリーだろう!?」――と。
そして、間もなく地下へと続く階段というところで。
「アレン、今の……!」
「あぁ、急ぐぞ!!」
一発の銃声。
静寂の中に広がったそれは、次第に溶けていった。
◆◇◆
『お嬢様は、将来どんな女性になりたいですか?』
年端もいかない少女に、ダースは問いかけた。
自分はこの少女にとっての母親代わり。されども、憎き相手の娘。倫理の天秤にかけて、日々苦悶するのもまた己の罪なのだと、彼は考えていた。
そんな中で生まれたちょっとした余暇に、ダースはミレイに訊ねたのだ。
――貴女の将来の夢はなんですか、と。
この子に将来なんてない。
明るい未来など約束されずに、闇社会を生きることになる。
そんな当たり前を思いながらもダースは、幼いミレイにそう問いかけた。
『んー……』
玩具で遊びながら、おもむろにミレイは首を傾げる。
そして、しばし考えた後に言うのだった。
『ダースみたいな、やさしいお母さんになりたい!』――と。
それは、夢のような返答。
望んでも手に入れられなかった、そんな未来への可能性。
ダースは息を呑んで、そして小さく微笑む。叶わないと思っていても、この子のことが憎くても、それでもきっと、この純心に逆らうことは出来ない。
彼はそんな確信を持った。
その上で、自分の取るべき行動はなんなのか。
『それじゃ、一つ賭けをしましょう?』
『…………?』
そう考えて、ダースはほとんど考えなしにミレイに提案していた。
しかしそれは、決して彼女に対してではなく――。
『お嬢様を守る、素敵な王子様が現れるかどうか、ですよ』
きっと、自分に与えた一つの可能性だった。
◆
「あぁ、懐かしいわね……」
ダースは、懐かしい夢を見たようにそう呟いた。
それでも俺は、そんな彼に何も言葉を返すことが出来ない。
どうしてだろうか。涙があふれ出して、止めることが出来なかった。
「どう、して……!」
それでも、どうにか絞り出す。
彼への問いかけを。
「どうして、撃たなかったんだ――ダースッ!!」
震える手から、ただの鉄の塊となったものがこぼれ落ちた。
それでも放たれた弾丸は間違いなく、ダースの心臓を打ち抜いているだろう。止めどなく溢れ出す血が、それを物語っているようだった。
涙に濡れるそんな俺を、そっと抱きしめる彼。
その温もりはいつ、なくなってしまうのだろうか。
「ねぇ、ミコトちゃん。私には――あと、どれくらい時間があるの?」
優しく、いつもと変わらない声色で。
ダースは俺にそう問いかけた。
「――5分、だ」
「そう。ありがとう、ね」
膝をついて、彼はそう礼を口にする。
「それだけあれば、少しはお話もできるわね」
そして、視線をミレイの方へと向けてこう言うのだった。
「賭けは、貴女の勝ちですよ。――ミレイお嬢様?」