「あら、意外と驚かないのね? もしかして、そんな短くなかったかしら」
「そうでもないさ。でも、やっぱり知ってたんだな」
「うふふ……」

 ミレイを背に、俺はダースと言葉を交わす。
 互いに感情のこもらない声。こちらはあえてそうしているのだが、相手方は果たしてどうか。笑っているようで、笑っていないそれと表情。不気味にも思えたが、これから相手にする男は狂人なのだ。
 その程度の違和感、今回は無視した方が良いのかもしれない。

 だが、これだけは訊いておこう。

「どこで、気付いたんだ?」

 そう思って、問いかけた。
 いったいどこで、俺の力の存在に気付いたのか。
 するとダースはふっと微笑み、銃口を向けてこう答えた。

「おかしいって思ったのは、初めて会った時よ。だっていくらレーザーに気付いたとして、即座に狙撃があると判断した上で、あんな行動を取れる者はいない」

 ――ましてや、一般人ならなおさら、と。
 彼はそう言った。そして、

「2つ目に、コスチューム店での行動。この辺りから確信に変わってきたわ――ミコトちゃん。貴方、御堂の家での時もそうだけど、鏡でなにかを確認したわよね」

 そう続ける。
 そこまで言われれば、最後の判断はいつか、俺にも分かった。

「それで、体育館裏でのあの行動か。もし俺が止めなかったら、本気で――」
「えぇ、死んでいたわ。その可能性に目を瞑って、自殺しようとしたのだから」
「狂ってるな。まさか自分の命を投げ出してまで確認を取るなんて、思いもしなかったよ。お陰様で、俺の推測はどれも後手に回ることになった」

 こちらの言葉に、ダースは目を細める。

「あら、狂ってるのはミコトちゃんもそうじゃない?」
「それほどでもないさ。あいにく、俺はそこまで大物じゃない」

 そう言って俺は笑った。
 自分の寿命は残り10分未満だと、その事実を胸に。

「そうね、貴方はそんな大物ではない。だって――」

 そして、ダースは俺の胸中を見透かすかのようにこう告げた。




「いっつも、震えていたものね? この家にきてからはずっと、まるで赤ん坊のように。夜一人きりになると、ベッドで泣いていた」――と。




 彼は凶悪な笑みを浮かべて言うのだ。
 それこそ、弱者を見下すように。

「いまだって、逃げたくて逃げたくて仕方ないのでしょう? ――本職を舐めないでね。それくらい一目見れば分かるの。きっと、アレンもね」
「……………………」

 なにも、言い返せなかった。
 だってそれは、覆しようのない真実だったから。

「ここまでよく頑張ったわね――ミコトちゃん? 今からでも遅くはないわ、この一件から手を引きなさい。そうすれば、もう少しだけ生きれるわよ」

 俺の呼吸が、微かに乱れているのを察知したのだろう。
 最後にダースはそう口にした。

 でも、俺は首をゆっくりと左右に振り――。


「そうじゃねぇよ、ダース。お前は勘違いしている」


 そう言った。
 ほんの微かにだが、彼は眉をひそめる。
 その姿を見て、俺はしっかりと銃を向けてこう伝えた。


「俺はな、ここで引いたら――それこそ、死んじまうんだよ」


 それは、決意の言葉。


「ミレイのために捧げたこの命。ここで臆病風に吹かれちまったら、それまでの想い、すべてを否定することになる。それは、俺の『魂の死』だ」――と。



 俺はミレイが好きだから、ここまでやってこれた。
 こんなに誰かを好きになるなんて、思いもしなかった。
 情けなかった俺を男にしてくれたミレイに、感謝しかなかった。だから、ここで引くという選択肢はまず、あり得ない。たとえそれで――。

「ミコト、くん……?」
「あぁ、ミレイは心配するなって。すぐに終わることだ」

 事情が読み取れないのだろう。
 ミレイは、目を見開いて戦況を見つめるだけだった。
 そんな彼女に俺は初めて――。








「愛してるよ、ミレイ」








 この胸の想いを伝えた。
 言葉にした直後に、感情の奔流が俺を襲う。
 目頭が熱くなり、涙がこぼれ落ちた。ダースに向けていた銃口は揺れ、膝には力が入らない。今まで無視を決め込んできた恐怖に対する怯えが、顔を出した。



 それでも、言葉にして良かったと。



 もしかしたら、ミレイにとっては呪いとなるかもしれないけど。



 それでも俺は最後の最後に、この胸に秘めた純粋な気持ちに向き合った。



「さぁ、ダース。そろそろ終わりにしようか……!」



 ふっと、息をつく。
 鏡で確認するまでもない。
 きっと、今の俺はとてつもなく不細工だ。



 そんな俺でも。
 なんの取り柄もない俺でも。
 誰かのためになら、こんなに強くなれるのだ。



「えぇ、いらっしゃい。ミコトちゃん?」



 彼の言葉を合図に始まる。
 俺は一直線に、ダースの懐へと向かって駆けだした。


 
 背中に、愛しい女の子の悲鳴を受けながら……。