『はぁい、ミコトちゃん? 聞こえているかしら』
「あぁ、良く聞こえてるぜ」
スマホ越しに聞こえてきたダースの声に、俺は小さく苦笑しつつ答えた。
アカネの悲鳴には思わず立ち止まってしまったが、すぐに気持ちを切り替えて駆け出す。二人がやられたのなら、尚のこと急がなければならなかった。
現状でミレイを守れるのは俺しかいないのだから。
『さて、少しばかり昔話でもしましょうか』
スピーカー設定にしてあるそこから、ダースのそんな声が聞こえた。
耳を傾けつつも、俺は先を急ぐ。
『昨日、話したわよね? ――私とボス、そしてあの女の関係を』
答えないでいると、彼は淡々とそう語り始めた。
『私は憎かったの。私からあの方を奪った、あの女がね? 誰よりもボスのことを知っているのは、ずっと一緒にいた私だったのに! あの女はポッと出のくせに、私から大切な人を奪い取った!!』
そして、それは次第に狂気を持っていく。
地獄の釜のような熱量がこもった声色には、恐怖すら抱いた。彼の怒りは見当違いの方向へと向かっている。しかし、怒りというのはそういうものだろう。
制御不可のそれは我を見失わせて、判断力を鈍らせる。
怒りは狂気へ。
そして、その狂気は殺意へと移り変わるのだ。
『だから、私は殺したの――どさくさに紛れてだけど、私があの女を殺した』
でも、間違った感情の発露は精神を蝕む。
崩壊へと至らせる。
『でも、まだ憎くて、苦しくて仕方ないの! だから、今度は――』
その結果が、このダースという男なのかもしれない。
『ミレイを殺す。――この手で、ね』
◆◇◆
「ミレイ、大丈夫か!!」
「ミコトくん、無事だったのですね!?」
地下室――金庫の中に辿り着くと、そこには寝間着姿のミレイがいた。
俺が声をかけると彼女は涙目で、そう叫ぶ。俺の胸に飛び込んできて、大粒の涙を流すのだ。その背中を撫でて、落ち着くようにそっと抱きしめる。
きっとミレイも、今の状況を薄々に感じているのだろう。
だから、心優しい彼女は涙していた。
「早く、早くアレンと御堂さんを助けに行かないと……!」
「大丈夫だよ、ミレイ。落ち着いて」
「でも、ミコトくん!」
混乱しているのだろう。
ミレイが悲鳴に近い声でそう言うのを、俺は静かになだめ続けた。
そして、そうしているうちにタイムアップ。だけれども、こうなるのは分かっていた。だから俺は地下室に現われた気配に向かって、こう声をかけるのだ。
「よう、ダース。覚悟は出来てるか?」――と。
すると、その気配はピタリと足を止めた。
くすりと笑ってから、彼――ダースはこう答える。
「あら、それはこっちの台詞じゃない? ――ミコトちゃん」
「そうでもないだろ。もしかしたら、俺がお前を殺すかもしれない」
「うふふ、残念ね。あり得ないわよ、だってミコトちゃんはここで死ぬもの」
振り返り彼を見ると、そのタイミングで足元に鏡が転がってきた。
拾い上げるとそこに映っていたのは――。
「……………………」
俺の寿命だ。
示しているのは、1週間後ではない。
「どうかしら、ミコトちゃん。それを見ても平静を保てるかしら?」
――残り10分程度。
それが、俺に残されたミレイを守れる時間だった。