――数日前。
俺はアレンに作戦を伝えた。
それは、アレンが『裏切り者』だと伝えることで本物を炙り出す、そんな賭け。俺がアレンを呼び出し、あえて守りをがら空きにした。そう見せかけたのである。
もちろん、ミレイは別の場所に隠れてもらって、だ。
『すべては、オレたちだけで――か』
『穴だらけの作戦だと思う。それでも、やるしかないんだ』
この作戦は、アカネにも伝えていない。
何故なら、僅かながら彼女にも疑惑があったからだ。
それと同時に、本当の『裏切り者』へのアピールの意味もあった。本気で俺がアレンを敵だと誤認している、という誤情報の発信。
あとは、どちらかが網にかかってくれることを祈る。
本当に穴だらけの作戦だった。
『……分かった』
『いいのか、アレン?』
それでも、俺の兄弟は頷いてくれた。
思わず訊ねると、彼は微かに頬を緩めて言うのだ。
『オレは兄弟を信頼し、尊敬しているからな』――と。
それは、少し意外な言葉だった。
『信頼、はいいとして……尊敬?』
まったく想定外のそれに首を傾げると、アレンはこちらの肩に手を置く。
そして、真っすぐな視線を俺の顔に向けるのだった。
『あぁ、尊敬だ。ミコトのような力があれば、もっとたくさんのことが出来たはず。それこそ私欲を満たすような、汚い使い方を。だがお前は、その力を純粋に――ミレイお嬢様のためだけに使ってきた』
――きっとそれは、並大抵の気持ちでできることではない、と。
アレンは、俺の今までを肯定してくれた。
『………………ありがとう、アレン』
すると自然、感謝の言葉がこぼれる。
力を抜けば感情もこぼれそうになってしまったが、どうにか堪えた。それは本当に最後まで、『最期』のその時まで、我慢しなければならない。
だから、笑った。
ちゃんと笑えているか、自信はなかったけど。
『こちらこそ、だ。――兄弟』
結局、どんな顔をしていたのだろうか。
アレンは俺の表情を見て、歯を食いしばりながらそっと抱きしめてきた。彼の肩は震えている。だから、あやすように背中をポンポンと叩く。
俺は自分のことを、つくづく幸福な男だと、そう思った。
だって、こんなに想ってくれる人たちに出会えたのだから……。
◆◇◆
『すまない、兄弟――俺の責任だ』
「心配するな、アレン。すぐにそっちに向かうから!」
無線の先からアレンの声がした。
しかし、彼がダースを前に感情的になるのは、想定の範囲内。
だから俺はすぐに、次のフェイズに移った。それは相手よりいち早く、ミレイのもとへとたどり着くこと。ここからは時間の問題だった。
「アカネ! ダースの動きは分かるか!?」
『いま、3階ですわ! 赤羽さんはどこにいますの!?』
息を切らせて、俺は御堂邸の前までやってくる。
これなら間に合いそうだ、と。俺はそう思いながらアカネへ伝えた。
「地下室、あの金庫の中だ!」――と。
◆
――御堂邸管制室。
アカネはミコトからの情報を受け取り、監視カメラの画面を切り替えようとした。しかし緊張からかその手は震え、思ったように作業は進まない。
「分かりましたわ。今すぐに――」
それでも、それを表には出さないように彼女はミコトに語りかけようとした――その時。カチャリ、という音が彼女の後ろから。
そして、聞き慣れた男性の声。
「あら、なにが分かったのかしら?」
「――――――!」
背中にはなにか、無慈悲で冷たいものが突き付けられた。
声の主は間違いない――ダース。彼は息を呑むアカネとは対照的に、どこか余裕を感じさせる声色でこう続けるのだった。
「どうやら、ミコトちゃんと繋がっているみたいね。それで、アカネちゃん? 貴女に訊きたいことがあるんだけど、答えてくれるかしら」
「…………………」
彼女は何も言わない。
だがしかし、ダースはそれでも構わないように、こう口にした。
「ミレイお嬢様は、どこ? ――教えてくれるわよね」
弾丸を装填する音が、ガランとした管制室に。
アカネは、思わず発狂しそうになる心を落ち着かせながら――不敵に笑った。そして肩越しに『裏切り者』を見つめながら、こう言う。
「残念ですわね。わたくし、こう見えて義理堅いんですの」――と。
それは、紛れもない拒否の意思だった。
「そうなの。残念ね」
「えぇ、本当に残念ですわ」
「ならもう、貴女に用はないわ」
淡々としたやり取りの後。
管制室では、少女の悲鳴がこだました。