『ミコト。アレンが家を出ましたわ』
「そうか、了解」

 俺は1人、今はもぬけの殻となった闇医者のいた部屋にいる。
 御堂邸からさほど距離のない、そして人気のないここにアレンを呼び出したのだ。アカネとダースにはそのことを確認してもらっている。
 都合上、スマホで連絡を取り合えるのはアカネだけ。
 彼女は緊張した声色で、俺にこう言った。

『でも、本当にアレンが? なにを根拠に、そう言っていますの』
「それは、これから分かるさ」

 だが、その問いかけに俺は半端な答えを返す。
 一つ息をついてから、銃の中にある残弾を確認した。カチャリ、と小気味の良い音。たった1発のそれを見て、また仕舞う。
 これからの勝負のためには、心細いものだった。
 それでも、変な動きをすれば計画が破綻するのは目に見えている。

「それに、俺が命を張らないで――誰が張るっていうんだ」

 残り1週間を切った寿命。
 どんな策を練っても、それが増えることはなかった。
 だとすれば俺の命はやはりそこまで、ということ。それまでにミレイを取り巻く環境を変えなければならなかった。きっと、それが俺の命の意味。

「なぁ、アカネ? 一つ、いいか」
『なんですの?』

 そう思って、俺はアカネにこう声をかけた。


「アカネ。俺がいなくなっても、ミレイの友達でいてやってくれるか?」――と。


 瞬間、電話口からでも彼女が息を呑むのが分かった。
 しばしの間を置いてから、明らかに涙ぐんだ声が聞こえてくる。

『――もちろん、ですわ。それを貴方が望むなら』
「ありがとうな。アカネ……」

 酷なことを言っている自覚はあった。
 それでも、アカネがそう答えてくれたことで、憂いはなくなる。何故なら彼女は『裏切り者』ではないのだから。友人として、信用に足る人物だった。

 だとするなら、いったい誰が『裏切り者』なのか――。

「そろそろ、動くかな」

 それを考えて俺が、小さく漏らした時だった。

『ミコト、今――』
「あぁ、聞こえた――動き出したか!」


 一発の銃声が、スマホ越しに。


 俺は自身の予想が的中したことに、幾ばくかの悲しみを覚えた。
 だけども、それに浸っている暇はない。

「――ミレイ!」

 愛しい女の子の名前を口にして、俺は御堂邸へと駆け出した。


◆◇◆


 ――数分前。
 ある部屋に一人の男性が現れた。
 その人物は、目的の相手――ミレイがそこにいないことを確認して、舌を打つ。おそらくは騙されたことへの苛立ちだろうか。
 しかし、そこまで悲観しているわけでもないらしい。
 すぐに切り替え、部屋を出ようとした。

「――――動くな」

 そんな男性に銃口を向ける者があった。
 彼は静かに、感情を殺したような鋭利な声をかける。人情深い彼ではあるが、今ばかりは冷徹にならなければならない。
 何故なら、目の前にいるのは敵なのだから……。

「本当にお前が『裏切り者』だったんだな」

 淡々とした口調で、いつもとは違う声色で。
 それがきっと、マフィア――『イ・リーガル』としての彼だった。
 しかしそんな彼に、相手はなにも応えずに振り返る。そして無言のまま、銃を取り出した。二人は互いに銃口を向け合いながら、静かに呼吸を重ねる。

 沈黙が続く。

 それを打ち破ったのは――。

「どうして、だ……」

 後から入ってきた者による、こんな問いかけだった。
 相手は静かに、同じく静かに一言。

「さぁ、ね」――と。

 小さく、笑った。
 そして次の瞬間――。




 一発の銃声が、鳴り響く。




「が――!?」

 それはきっと、一瞬の気の緩み。
 微笑みがあまりに思い出深い、それだったから。
 だから『アレン』は、即座に反応することができなかった。

「本当に、甘いわね。――アレン」

 うずくまる彼を見下ろしてから、もう一人は部屋を出て行った。
 最後にそんな言葉を残して……。


 アレンは一人となり、苦々しい表情を浮かべてこう言うのだ。





「どうしてだ。『ダース』……ッ!」――と。