「悪いな、アカネ。変なことに巻き込んで……」
「構いません。むしろ、ここで手を貸さなければ気が済みませんわ。それに、わたくしも無関係ではないですから、ね」

 実家を離れた俺は御堂邸に身を寄せていた。
 それはミレイやアレン、そしてダースも同じくだ。少しばかりの気後れはあったが、素直に甘えさせてもらうことにする。
 あのまま同じ場所に留まっていては、いつ襲撃を受けるか分からない。
 その点で御堂邸なら、セキュリティも整っているし、最適だった。

「それで、あの話は本気ですの……?」
「あぁ、本気だよ。本当はこんな手を取りたくはないけど――学校が休校になってる間に片付けないと、ミレイの生活に支障も出る」
「本当に、赤羽ミレイが基準なんですのね。ミコトは」
「ははは、それほどでも!」
「褒めてはいませんわ……」

 だだっ広いリビングで今後について話し合っていたのだが、何故か呆れられてしまった。俺の話はそんなに変だったのか、自分では分からずに首を傾げてしまう。
 そうしているとアカネが咳払い一つ。
 真剣な表情で、こう言うのだった。

「でも、もしかしたらミコト自身が危険な目に遭うかもしれませんわよ?」

 それは俺の覚悟を問うようなもの。
 昨夜遅くに、俺はアカネにある作戦を伝えた。その内容を驚きをもって迎えた彼女は、最後にそう確認する。
 不安が大きいのだろう。
 しかし、それを打ち消すように俺は笑ってみせた。


「大丈夫だよ。きっと、後悔はしないから!」


 そして、そう告げる。
 もう迷いなんてなかった。あるはずがない。
 俺の命はあの日から、あの子のために捧げられているのだから。


◆◇◆


 ――御堂邸の正門前。
 ダースは、そこで番をしていた。
 集中を切らさない彼に、労うように俺は声をかける。

「お疲れ様、ダース」
「あら。ミコトちゃん? どうしたのかしら」

 すると、彼はその顔にいつもの優しい笑みを浮かべ、こちらを出迎えた。ミレイも彼のことは母親代わりだと、そう語っていたが、偽りはないように思われる。
 慈愛に満ちたその表情は、マフィアである以前に、一人の人間としてのそれだ。
 そんなダースに、俺はやや遠慮がちにこう言う。

「いや、ちょっとだけ。ダースと話をしておきたいと、そう思ってさ」

 彼にはたくさん訊きたいことがあった。
 ミレイのこれまで、そして彼女の両親のこと。さらには、あの日に見せてもらった写真に映る光景について。たくさんの、知りたいが詰まっていた。
 今日はその中でも、最も重要なことを訊ねることにする。

「ダースにとって、ミレイはどんな存在なんだ?」
「ミレイお嬢様のこと、ね」

 それは、彼の娘といっても過言ではないミレイについてのこと。
 ダースはあの子のことを、どう思っているのか。
 俺はそれが知りたくて仕方なかった。

「そう、ね――」

 彼はこちらの質問に、少しだけ悩んだ後にこう答える。


「敬愛するボスの愛娘。最初は、そう思っていたわ」――と。


 ゆっくりと、言葉を選んで語り始めた。

「以前に写真を見せたけど、私たち――ボスとお嬢様のお母様、そして私は学友だったの。中でもボスと私は幼馴染みでね? 彼の家のことは、昔から知ってたわ」

 そこで一度、言葉を切ってから彼は目を細める。
 昔を懐かしむように。そして――。

「そんなある時に、あの人が留学してきた。色々あって、仲良くなるにはそれほど時間は必要なかったのよ。それと同時に、ボスが彼女を好きになるのも、ね?」
「いまの俺が、ミレイを好きになるみたいに?」
「ふふふ。ミコトちゃんほど、急激ではなかったけどね」

 そんな彼に問うと、冗談めかしたように笑った。
 でもすぐに、深く息をついて続ける。

「私が二人を守ろうと思ったのは、自然な流れだったわ。ただ、ある抗争の中で彼女は亡くなって――産まれたばかりのお嬢様と、失意に暮れるボスが残された。それから、少しずつ『イ・リーガル』の内部がギクシャクし始めて、私たちは逃げることになったの」

 ――だから、お嬢様はご両親の顔をほとんど知らないの、と。
 少し寂しそうに、胸に手を当てて。

「でも、こうやって日本にやってきて良かったと思うわ」
「ん、それってどういう……?」

 話はそこで終わりかと、俺は話しかけようとした。しかし、不意に笑顔を向けられて首を傾げる。するとダースは、頬に手を当てて呆れた。
 そしてふっとため息をついて……。

「これは、お嬢様も大変ね」――と。

 そんな、よく分からないことを言うのだった。
 頭上に疑問符を浮かべるこちらを、彼はくすくすと笑う。

「いつか分かればいいの。それが、いつかにもよるけど、ね?」

 さて――と。
 話はここまで、といった風にダースは口にした。
 どうやら、そろそろ本題に入ろうと、そういうことらしい。

「それで、ミコトちゃん? ――例の作戦は、今夜なのね」

 声のトーンを落として、真剣な表情になりそう言った。
 俺はその言葉に頷く。そして、こう告げた。


「あぁ、今夜こそ決着をつける。『裏切り者』は――」



 固唾を呑んで、その名を口にする。







「アレンだ」――と。