さて。短い気絶から目覚めると、いよいよ営業開始だ。
俺は受付と客引きを担当していた。いまのところ、問題らしい問題も起きていないので、順調といっていいだろう。
ミレイも楽しそうに仕事をしているし、文句なしだ。
そして時刻も12時に近づいて、いよいよ客の数も増えてきた頃合い。
「やぁ、我が親友よ。赤羽さんは指名できるかな?」
「残念ながらお客様、当店は指名制ではございません。そして、勝手に親友にしないでいただきたいのですが、言っても聞かないのは分かっています」
「ははは! ミコトっちも、最近ではなかなか話が分かるようになったじゃないか! ボクは一人の先輩として、嬉しいことこの上ないよ」
「うるせぇ、黙れ。いい加減にしないと、頭撃ち抜くぞ」
タイガがやってきた。
意気揚々と、ミレイへの贈り物であろう花束を手に。
俺は思いっ切り入店拒否をかまそうと思ったが、どうにもコイツは女子人気が高いとのこと。それを考えると、俺が対応を間違えればミレイの友人関係にも影響が出かねなかった。そんなわけで、不承不承ながら店内に案内する。
「お、おぉ……! これは、まさしくヘヴン!」
すると、タイガは大仰にそう言うのだった。
たしかにメイド喫茶というものは、比較的田舎なこの街にはない。そのことを考えれば、女好きであろう彼が歓喜するのは道理と思われた。
まぁ、喜んでもらえること自体は、悪い気はしない。
「それで、どんなオプションがあるのかな?」
「女子に少しでも触れたら、その手を切り落とすからな。マジで」
――でも、絶対にミレイには接客させないからな……!?
俺は大きくため息をついて、ひとまずこの変質者を席に案内した。
彼のファンらしき女子に接客は任せて、再び受付に戻る。その途中で、聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。なにやら、店の外で揉めているようだが……。
「って、アレは――」
俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
そして、何やら小太りな男性を外国語で罵っている人物に話しかける。
「なにやってるのさ、アレン……」
その人――アレンは相手の首根っこを掴んだまま、こちらを振り返った。
彼は俺を認めると、小さく頷く。そして、
「あぁ、ミコトか。少しこの男の挙動が怪しかったのでな、詰問していたんだ」
「いやいや。平和な学園祭で、キナ臭いことしないでくれな?」
「だが、この男のスマホを確認してみてほしい」
「スマホ……?」
俺へと男性のスマホを放り投げてきた。
すると、顔を真っ青にする男性。その様子を見て、俺も違和感を覚えた。
なので若干の罪悪感はあったものの、スマホを起動させてみる。どうやら直前にカメラを使用していたらしい。そんなわけで、撮ったものを見てみると……。
「………………盗撮、ね」
そこにはミレイの写真がズラリ、と。
中には、下着が見えそうな角度のものもあった。
「ち、違うでゴザルよ!? せ、拙者は依頼されただけで――」
「盗撮の依頼って、なんだよ。てか、否定はしないんだな」
「ほ、本当でゴザル!! まずは話を――」
「なぁ、ミコト。少しいいか?」
「ん? どうした」
男性の弁明を無視していると、アレンが声をかけてきた。
見ると彼は懐に手を突っ込んでいる。そして、
「日本でなら、盗撮の現行犯を殺しても構わないよな?」
ポツリ、そう言った。
「どの国でも駄目だと思うよ!?」
俺は思わず声を上げてしまう。
いや、この盗撮犯を擁護するつもりではないが。
それでも事を荒立てる必要はない。適度に、爪を一枚ずつ剥ぐとか、その程度の私刑で構わないと思われた。なので、ひとまずアレンに落ち着くよう言う。
「まぁ、その男の処遇はミコトに任せよう」
「あー、うん。とりあえず担任の先生に任せてくるから、待ってて」
すると、意外と素直に従ってくれた。
俺は職員室へ出向き、先生方に事情を説明して男を預けることにする。だがその道中で、何やら男は不思議なことを言っていた。
「拙者が撮ってたのは『女の子だけじゃない』でゴザル……」――と。
――いや、それ認めてるじゃん。
俺は心の中でツッコみを入れたが、どこか違和感も抱いていた。
「女の子『だけじゃない』って、どういう意味だ?」
職員室に男を任せてから、頭を悩ます。
なにか、大きな見落としをしているような気がした。
「少し、調べてみるか」
◆◇◆
「ミコトくん、どうしたんです?」
「いや、ね。ちょっとばかり気になっていることがあって……」
俺は教室に戻ると、少しだけ客払いをしてから調査を開始した。
調べるのは、あの男が撮っていた写真、そこに映しだされていた場所。気のせいかもしれなかったが、クラスメイトおよび俺たちの寿命が、一向に戻らないのも問題だった。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
最悪のケースを想定しながら、慎重に記憶を手繰っていった。すると――。
「マジかよ……」
本当にあった。
みんなの寿命を縮めていた原因が。
「ミコト。これって、もしかして……!」
「あぁ、そうだな。十中八九、その予想通りだと思う」
アレンも俺の手元を覗き込み、眉間に皺を寄せた。
彼に同意して、俺は固い唾を呑み込む。そして、思わずこう漏らした。
「時限爆弾なんて、映画の中だけにしてくれよ……」
刻一刻と進む、タイマー。
そこからは配線が伸びており、黒い塊に繋がっていた。
「ミコト。ここは任せろ、爆弾の解体なら覚えがある」
冷や汗を流すこちらに、アレンはそう告げる。
それなら安心だ、と。俺は彼に、
「あぁ、それなら任せ――」
「動くな! 全員、その場に伏せろ!!」
「なっ――!?」
委ねようとした、その時だった。
黒い服に目出し帽を被った集団が、教室の中に雪崩れ込んできたのは。そしてその集団のリーダーらしき者が、声高に宣言するのだった。
「この場所は、我々『イ・リーガル』が占拠した!」――と。