――アレンの動向に注意しなさい。
 俺の頭の中では、その言葉がぐるぐると回っていた。
 ダースの可能性も捨てたわけではないが、それでもあの行動と寿命の変化を見れば、その線は薄いと考えるのが普通。そのため、身近な誰かというのがアレンになるのも、自然な推測だと思われた。思われるのだが……。

「なんだ、この違和感は……」

 どうしようもない、違和感が拭えなかった。
 仲間を疑いたくはないという気持ちが先行しているのか。それとも、あのような拷問を受けていたアレンを、そしてハジメを殺した彼を疑うことへの疑問なのか。
 考えれば考えるほどに、思考は泥沼の中に沈んでいった。

 ならば『裏切り者』がいるということさえも、嘘なのではないだろうか。

「いや、それはない」

 そこまで考えてから、仕切り直すように俺は首を左右に振った。
 何故なら、あの状況でアカネが嘘をつくとも思えないから。虚言を口にしたところで、アカネに旨味などないのだ。だから、彼女の忠告は重要な情報だった。

 そうなると『スパイ』であるダースを『裏切り者』と称したのか。
 つまりは、アカネの勘違いだ。

「………………」

 だがそれも違うように思われた。
 それとなると、ダースの口にした言葉の意味が分からなくなる。

 だとすると、つまり――。


「――だーっ!? どういうことだよ!!」


 そこで俺の脳みそは悲鳴を上げた。
 教室内の飾りつけをしながら、俺はついついそう叫ぶ。

「いや、お前がどういうことだよ」
「…………すまん」

 すると、隣で作業をしていた田中にツッコまれた。
 肩を落として謝罪する。すると、

「お前、さっきからブツブツ何か言ってたけど、疲れてるんじゃないか? ここは俺がやっておくから、あっちで休んでこいって。ずっと働き詰めだろ」
「……うい。そうする」

 そう提案されたので、素直に従うことにした。
 学園祭の準備は大詰めを迎えており、いよいよ高校に寝泊まりしての作業である。一部の生徒と交代で、今日は俺とミレイ、そして田中などが参加していた。

 というか、俺に至っては毎日なのだが……。

「それなら、心配されても当然か」
「お疲れ様です。ミコトくん! お茶をどうぞ」
「あぁ。ありがとう、ミレイ。そっちも今、休憩か?」

 さて、廊下に出て休憩用の椅子へと向かうとミレイと遭遇した。
 俺の表情を見た彼女は、すぐに飲み物を提供してくれる。

「はい、そうです。衣装の方は、あと少しで完成しそうです!」
「そっか、お疲れ様!」

 受け取って、嬉しそうに答える少女を見ていたら、なんだかこっちも嬉しくなってきた。俺は思わずそんな彼女の頭を撫でる。
 幸い他の生徒は作業中らしく、廊下には俺たちしかいない。
 共に椅子に腰かけると、ミレイは自然とこちらに身を預けてきた。

「ふふふっ。なんだか、不思議な気持ちになりますね……」
「……そう、だな」

 ふわりと香るシャンプーのそれに魅惑されながら、俺は短くそう答える。
 すると彼女は嬉しそうに、しかし静かにこう続ける。

「こんなに楽しいのは、本当に初めてです」

 それは心の底からの言葉だと、俺には分かった。
 ミレイにとって、普通の学生らしく過ごすことがどれほど貴重なのか。
 そのことを一番知っているのはいま、もしかしたら俺だけなのかもしれない。いいや、アレンやダースも分かってるとは思うのだが……。

「ぜーんぶ、ミコトくんのお陰です」

 きっと、この時を過ごせるのは俺だけだから。
 彼女の眠気を誘うような甘い声色に、同調するように頷いた。

「ミレイも普通の女の子だもんな。それを俺は、知ってるよ」
「ありがとうございます。ミコトくん……」
「いいや、こちらこそ」

 静かに時が流れていく。
 こんな時間をあと、どれくらい享受できるのだろうか。
 俺は自分の寿命のことを思い出す。体育祭のあとに確認したそれは、残り5年を示していた。だが昨日の夜に見ると、また短くなっていて――。








「あと、半年――か」








 さすがに、少しだけ肝が冷えた。
 このように幸せな時間も、あと6か月を経過すれば消滅する。
 その後はどうなるのだろうか。ミレイは、果たして無事なのだろうか。どうにもそれだけが気がかりで、不安になって泣きそうだった。

 でも、だからこそ。
 いまできる最大限を、ミレイのために使おう。
 毎夜のように悩むのだが、最終的な結論はいつも同じだった。

「なぁ、ミレイ?」
「どうかしましたか、ミコトくん」

 そう考えていると、自然と俺は――。

「……いいや、なんでもない」

 しかし俺は寸前で、言葉を呑み込んだ。
 きっと、この言葉は口にしてはならないと、そう思ったから。
 もしかしたら、半年後にはミレイを苦しめる言葉になりかねなかったから。

「むぅ……」
「ん? どうしたんだよ、ミレイ」

 と、考えたのだが。
 なにやら、俺の肩に頭を乗せた彼女は不満げにうなった。
 その理由がまったく分からずに、俺は首を傾げる。すると――。




「ミコトくん、いけずです……」




 上目遣いに、潤んだ瞳でこちらを見て。
 熱のこもった声色で、ミレイはそう言った。

「へ? ――え?」
「……ここから先を、女の子に言わせるんですか?」

 膨れっ面になって。
 そんな文句を口にするのだった。

「え、いや――ごめんなさい?」
「もういいですっ!」

 反射的に、意味も分からずに謝罪する。
 でも、少女はそれで満足できなかった様子だった。
 ミレイはまるで子供みたいにいじけて、そっぽを向いてしまう。チラチラとこっちを覗きながら、なにか言葉を待っている様は小動物のようで、可愛くもあった。

 でも、今はそれを楽しんでいる場合ではない。

「なぁ、ごめんって。ミレ――」

 早く機嫌を取らなければ、と。
 そう思って、彼女の肩に触れようとした時だった。

「――――――!?」

 息を呑んだ。
 また、ミレイの寿命は――。


「おーい、坂上。そろそろ休憩終わりにしてくれないかー?」
「なっ――――!?」


 いいや違う。
 今回は、話が違った。

「ん、どうしたんだ? 坂上」
「ミレイ、だけじゃない……!?」

 俺は田中の頭上を見て、驚愕する。
 そう。何故なら――。


「もしかして……!」


 俺は慌てて、手鏡で確認した。
 そして、



「なんだよ、これ……!?」



 思わずそう口にする。

 またもや大きくミレイの寿命は短縮されていた。
 だが今回はそれだけではない。


 教室内に駆け込む。
 それで、予感は確信に変わった。


「……嘘、だろ?」


 ミレイだけじゃない。
 俺も、田中も、クラスメイトも。
 その全員の寿命が、まったく同じ時を示していた。